初めての感情を味わえる、衝撃を受けた作品たちです

 澤部 渡さんが選ぶマンガは、澤部さんのバンド「スカート」の楽曲同様、センチメンタルでありながら、どこかドライな印象も受ける、一言で表せない複雑な味わいの作品が多い。

「僕はどちらかと言えば、明確なゴール設定のないマンガが好きなんです。

 気持ちがガッと揺れるのも嫌いではないですが、それよりも、日常の中でセンチメンタルになる瞬間を切り取ったものや、かすかな気持ちの揺れを見たいと思うほうなので。

 理由を言語化できない出所不明のセンチメンタル、夏の午後を思わせる白くて静かなシーン、陰影が美しいコマ。絵にも物語にも、余白を感じさせるようなマンガに無性に惹かれます」(澤部さん)

 好みの作品を探し当てるコツを聞いてみると、「書店でマンガを選ぶときは、小口(本を開く側の部分)が白いかどうかを確認することが多いです」とのこと。

「余白の多いマンガは考える必要があるから能動的に読めるし、だからこそ、その世界観に没頭できる。読んでいる僕が僕でなくなっていくほど面白さを感じます。

 音楽も、『なるべく自分を無くしてしまいたい』と思いながらやっているところがありますが、マンガに求めるのも同じ。誰かとの共感よりも、トリップ感を得られるかどうかが大切なんです。

 これまで触れたことのない感情を体験することができたときの衝撃は、もう、言葉にできないんですよ」

さらりと出てくる、ものすごい構図と表現

「甘木唯子のツノと愛」久野遥子

 第17回文化庁メディア芸術祭「アニメーション部門」新人賞を受賞した、アニメーション作家としても活躍する漫画家の初作品集。

 表題作の主人公は、ツノを持つ少女とツノを持たない兄。ふたりの行き場のない思いが向かう先は……。

「以前、アルバムのカバーイラストをお願いした大好きな作家さん。中でも『へび苺』が本当に衝撃で。とんでもない話です」(澤部さん)

「甘木唯子のツノと愛」

久野遥子
KADOKAWA 720円

物語の妙に、思う存分酔いしれて

「虫と歌 市川春子作品集」市川春子

 肩を壊した野球少年の妹になったのは、とある物体。

 「ひとのくずとほしのちりの兄妹」が魅せるひと夏の物語をはじめ、優しく残酷で不思議な味わいの4篇と2ページの超短篇が収録された作品集。

「どの作品を読んでも気持ちがぐしゃぐしゃになる、おかしくなる。と同時に、こういう希望のある話が好きなことに気づく」(澤部さん)

「虫と歌 市川春子作品集」

市川春子
講談社 581円

少女時代のほろ苦さと、切なさと

「おともだち」 高野文子

 日本が舞台の3篇とアメリカが舞台の2篇を合わせた作品集。
 
 オペラ上演をめぐる女学生の繊細な心の動きと、光と影が鮮烈な印象を残す舞台シーンは必見。

「何回か読み返すうちに、すごい話だなあとじわじわ実感する。衣装のしっぽが取れちゃうシーンが特に心に残るんです」(澤部さん)

「おともだち」

高野文子
筑摩書房 1,600円

気が付かないうちに感情移入している

「ちづかマップ」衿沢世衣子

 古地図が大好きな高校生のちづかが、古地図片手に日本橋や新宿、青梅などを散策。

 その土地の豆知識を楽しみつつ、登場人物それぞれの心情に想像力を掻き立てられる。

「うつむき気味に犬を連れて、『2度もフラれた』って言う場面がエモい。『読んだ?』って友達に電話したくらい」(澤部さん)

「ちづかマップ」

衿沢世衣子
小学館 全3巻 743〜900円

孤独が愛しく思えてくる1冊

「惑星9の休日」町田 洋

 デビュー作である、全篇描きおろしの連作短篇集。宇宙の辺境の小さな星、惑星9で暮らす人々の日常は、地球の私たちの日常にどこか似ている。

 几帳面なまでに整然と並ぶ四角いコマに描かれる、白と黒のコントラストが美しい。

「書店で見かけた瞬間に面白いと確信して買ったら、本当に面白くて。『それはどこかへ行った』のコマがたまらない」(澤部さん)

「惑星9の休日」

町田 洋
祥伝社 743円

タイトルだけでもう、センチメンタル

「青い空を、白い雲がかけてった」あすなひろし

 熱狂的な支持者を持つ漫画家の魅力が詰まった短篇集。1976年から1981年まで雑誌に断続的に掲載された、中学3年生のツトムを主人公とした連作を収録。

 ギャグマンガでありながら、映画を思わせるカットと叙情的な表現が印象深い。

「コメディなんだけど常に寂しい人が出てくる。頭のいい繊細な子が精神病棟に入れられてしまう作品『風を見た日』が好き」(澤部さん)

「青い空を、白い雲がかけてった」

あすなひろし
KADOKAWA 上下巻 各760円

◆自身のアルバムのアートワークを 敬愛する作家に依頼

「トワイライト」スカート×鶴谷香央理

 『メタモルフォーゼの縁側』(KADOKAWA)の鶴谷香央理さんが、澤部さんのアルバムのために「架空のマンガの1コマ」を制作。

「トワイライト」

スカート
ポニーキャニオン 2,600円

澤部 渡(さわべ わたる)さん

「スカート」名義で活動するシンガーソングライター。マンガ好きとしても知られ、雑誌『フリースタイル』にて「このマンガを読め!」の選者を務めるほか、創作マンガの展示即売会「コミティア」にも出展した経験を持つ。

Text=Arei Matsuyama
Photograph=Masumi Ishida