「フェイスブックは悪意の塊」と言われることがある。それはどこまで本当なのか。『After GAFA』(KADOKAWA)と『アルゴリズムフェアネス』(KADOKAWA)の出版を記念し、インフォバーン共同創業者の小林弘人氏とIT批評家の尾原和啓氏が対談した--。(第1回/全4回)

※当対談は2020年3月4日に実施しました。

■GAFAはリスペクトの対象か、それとも悪意の塊か

【尾原和啓(IT批評家)】『After GAFA』(KADOKAWA)は衝撃的でした。小林さんが本を出されるという話は聞いていましたが、まさかこれほど直球でGAFAを批判する内容とは(笑)。僕は1カ月前に『アルゴリズムフェアネス』(KADOKAWA)を出しましたが、もし『After GAFA』が先に出ていたら書けなかったと思う。

【小林弘人(インフォバーン共同創業者)】まず、第一に誤解を解いておくと、批判本ではありません(笑)。起きたことを並べて、彼らへの世界からの視座がどのように変化したか、また、近未来において何が人々の畏れになるかを1章にまとめました。主旨は残りの全5章分にあります。でも、きっと尾原さんには「この野郎!」と言われるだろうなと思いました(笑)。

【尾原】僕が『アルゴリズムフェアネス』を書いたのは、ある種の恩返しと義務感からです。ありがたいことに、僕は小学生時代にコンピュータに触れてハマって以降、ずっとパソコンとネットの黎明期とともに成長してきました。

黎明期だったから、きれいなパッケージとして提供されるわけではなく、自分で試行錯誤しながらプログラムを書いたりする必要があった。逆説的ですが、そうやって鍛えられたので、学生時代も社会に出てからもコンピュータに生き方の自由を拡張させていただいたという感覚があります。

つまり今日の僕があるのは、ひとえにデジタル技術のおかげ。その社会的な恩恵を広く知ってもらうことが、恩返しになるんじゃないかと思ったんです。言い換えるなら、ネットやGAFAなどのプラットフォームに対して世の中に誤解があるとすれば、そこに異を唱えるのが僕の義務だろうと。

【小林】僕も、GAFAが悪意の塊だと思っているわけではまったくありません。むしろ、リスペクトするところもあります。しかし、ちょっと今までのネットの潮流を振り返ってみようと。その延長線上で、GAFAが僕たちの日常にどんな影響を及ぼしているのか現状を理解する必要があると考えました。

撮影=小野田陽一
インフォバーン共同創業者・代表取締役CVOの小林弘人氏 - 撮影=小野田陽一

【尾原】たしかに、書き方がすごくフラットですよね。

【小林】そこは意識しました。例えば先の東日本大震災のときも、グーグルはいち早く救済プログラムを立ち上げ、僕はそれをレポートしたことがあります。そういう側面もあると認識しています。『After GAFA』というタイトルなので、「じゃあGAFAが終わって次に何が来るの?」とかよく聞かれますが、そういう意味ではないんです。概して日本では、手放しで礼賛するか、もしくは一方的に怯えたり嫌ったりするところがありますから、もう少しGAFAと異なるやり方というものに目を向けられるよう、材料を提供したかったわけです。

■フェイスブックにあるのは「悪意」ではなく「作為」

【尾原】仰るとおりGAFAも天使ではありません。行き過ぎの面もあります。そこはしっかり考える必要がある。私達の問題意識は共通していますね(笑)。

【小林】そう。ただ、個人的にフェイスブックはよくわからない(笑)。悪意はないと思いますが、作為を感じます。例えば2018年、元CIA分析官のヤエル・D・アイゼンスタット氏がフェイスブックに雇われたのですが、わずか6カ月で辞めました。理由は、広告によるマニピュレーション(情報操作)があまりに著しくて嫌気がさしたそうです。政治と社会の公平性を目指す彼女がサジを投げたのは象徴的です。

【尾原】「作為」というのはいい表現ですね。主導しているのは、おそらくCOOのシェリル・サンドバーグじゃないかなと推測してます。もともとグーグルでアドセンスがきちんと動くように開発した方で彼女は株主期待を超える売り上げを支える義務があるので。

撮影=小野田陽一
IT批評家、実業家の尾原和啓氏 - 撮影=小野田陽一

【小林】非常に優秀な方ですよね。ただしユーザーの行動履歴や情報のやりとりをマネタイズしているわけで、ハーバード・ビジネス・スクール名誉教授のショシャナ・ズボフはこれを「監視資本主義」と呼んで批判しています。

悪意の有無はともかく、フェイスブックをはじめGAFAはいずれも営利を目的とした民間企業なんですよね。けっして公的機関ではない。僕たちはそのことをもっと認識して、どうつき合うかを考えたい。

■「GAFA解体」を公約に掲げたウォーレン上院議員

【尾原】実際、GAFAに対する世間の風当たりは強くなっています。

【小林】そもそも「GAFA」という言い方で4社を1つにまとめて論じたのは、スコット・ギャロウェイ(ニューヨーク大学スターン経営大学院教授・連続起業家)の『the four GAFA』ですよね。

【尾原】ギャロウェイがうまいのは、GAFAを「4騎士」として形容したことでしょう。それぞれ僕たちの欲望を刺激して、世の中をディスラプション(創造的破壊)していくと。そのまま進むと僕たちはいったいどうなってしまうのか、という話だと思うんです。

【小林】本でも触れましたが、テキサス州で毎年開かれるSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト=テクノロジーの大規模イベント)の2019年版は、前年までとは雲行きがずいぶん変わりました。「GAFA解体」を公約に掲げて大統領選挙の民主党指名候補争いに加わった(エリザベス・)ウォーレン上院議員(後に撤退)が登壇したり、フェイスブックの関係者が登壇したとたんにヤジが飛んだり。

尾原 和啓『アルゴリズム フェアネス』(KADOKAWA)

【尾原】SXSWって、日本ではツイッターやエアビーアンドビーが出てきたところ、というイメージを持たれがちです。つまりはネット関連のカンファレンスだと。しかしもともとは、テキサス州というアメリカの中でももっとも保守的な州の、オースティンというもっともカウンターカルチャーな都市で始まった音楽フェスティバルでした。

やがて回を重ねるうちに、そこに映画祭が加わり、さらにインタラクティブフェスの要素も加わり、その延長線上で出てきたのがツイッター。つまり、カウンターカルチャーについていろいろな表現を通じて語り合おうというのがSXSWの本来の趣旨ですよね。

その意味では、カウンターカルチャーが健全に機能しているという気がします。

■自分の「獣道」を探そう

【小林】国家には権力の分権があるけれど、GAFAにはそれがありません。一方、潤沢な資金とデータがあります。僕たちに必要なのは、ちゃんと監視すること。GAFAなどをおおいに利用しつつも完全に依拠するのではなく、おかしいと思えば文句を言ったり利用を止めたりすればいい。あるいは代替のサービスを見つけてもいい。その選択肢は僕たちが持っていると『アルゴリズムフェアネス』で説いておられますが、まさに主権はユーザー側にあると思います。

小林 弘人『After GAFA』(KADOKAWA)

一方、僕はGAFA、特にデジタル上のプラットフォームに対して、旧来の独禁法とは異なる法規制のようなルールが必要だと思っています。ガバナンスとテクノロジーは切り離して考えたほうがいいでしょう。

そしてもう1点、間違いなく今後のビッグイシューになりそうなのが、エシックス(倫理)の部分です。IoTなりAIなりを使うにしても、それを決めたクライテリア(判断基準)は何かを開示していなければ危険です。UIならユーザーを自らの利益に誘導していないか、AIなら社会的に正しいか否かなど……。

【尾原】エシックスの語源は「獣道」という説があります。以前、梅田望夫さんが仰っていたことですが、獣が王道を歩くと、狩猟者にかんたんに狙われますよね。だから生き残るためには、自分だけの山道を切り開くしかない。その中で、もっとも生存しやすい道が獣道。エシックスとは本来はそういうもので、つまりは精神的にみんなが生存しやすい獣道だと。

21世紀の地球は、イノベーションを起こさなければ持続できないことが確定しています。だから僕たちは、必死になってそれぞれ自分の獣道を探す必要がある。ではその作業はつらいかといえば、必ずしもそうでもありません。むしろ意識的に楽しむように仕向けるべきだと思います。

【小林】そうですね。例えば人とつながることも重要ですが、それは必ずしも地域や会社組織のコミュニティに依存する必要はありません。それこそ精神的なプロトコルでつながることもあるでしょう。そういう自由度が高くなることによって、個人の選択の幅も広がります。そうするとおのずと道は開けるんじゃないでしょうか。

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小林 弘人(こばやし・ひろと)
インフォバーン共同創業者・代表取締役CVO
『ワイアード』『サイゾー(2007年に売却)』『ギズモード・ジャパン』など、紙とウェブの両分野で多くの媒体を創刊。2016年よりベルリンのテクノロジーカンファレンス「TOA(Tech Open Air)」の日本公式パートナーとして、日独企業の橋渡しや双方の国外進出支援を行なう。著書に、『ウェブとはすなわち現実世界の未来図である』(PHP新書)、監修、解説書として『フリー』『シェア』『パブリック』(ともにNHK出版)ほか。
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尾原 和啓(おはら・かずひろ)
IT批評家
1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクルート、ケイ・ラボラトリー(現:KLab、取締役)、コーポレートディレクション、サイバード、電子金券開発、リクルート(2回目)、オプト、Google、楽天(執行役員)の事業企画、投資、新規事業に従事。経済産業省対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターアドバイザーなどを歴任。著書に『モチベーション革命』『アフターデジタル』(共著)、『ザ・プラットフォーム』『どこでも誰とでも働ける――12の会社で学んだ"これから"の仕事と転職のルール 』『ITビジネスの原理』などがある。
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(インフォバーン共同創業者・代表取締役CVO 小林 弘人、IT批評家 尾原 和啓 構成=島田栄昭)