9年勤めた会社を辞め、今年4月に独立した作家・岸田奈美さん。

櫻井翔さんと密会で30分間、対面したら2kg太った
「1時間かけてブラジャーを試着したら、黄泉の国から戦士たちが戻ってきた」
「最愛の母に『死んでもいいよ』と言った日」

これらはすべて、岸田さんが「note」に発表したエッセイなのですが…

会社員時代に何気なく書き始めた文章をきっかけに、どんどん仕事が舞い込むようになった岸田さん、今では糸井重里さんやZOZO創業者の前澤さんなど、数々の“大物”たちとも仕事を実現しています。

「いなくならない父のこと」(ほぼ日刊イトイ新聞より)
https://www.1101.com/n/s/kishidanami/index.html

「書かせて!前澤さん」(岸田さんのnoteより)
https://note.kishidanami.com/m/m6641120d3c7e


僕たちビジネスパーソンもできれば岸田さんのように、「この人と一緒に仕事をしてみたい!」と思ってもらえるような人になっていきたいもの。

そこで今回岸田さんに「次につながる仕事の仕方」をテーマにお話を伺ったのですが…取材は“会社員時代の壮絶なお話”から始まったのでした。

〈聞き手=サノトモキ〉


【岸田奈美(きしだ・なみ)】100文字で済むことを2000文字で伝える作家。一生に一度しか起こらないような出来事が、なぜだか何度も起きてしまう。2020年2月〜講談社「小説現代」でエッセイ連載。2020年1月「文藝春秋」巻頭随筆を担当。経済メディア「NewsPicks」プロピッカー(2020年3月-5月)。1991年生まれ、兵庫県神戸市出身、関西学院大学人間福祉学部社会企業学科2014年卒。在学中に株式会社ミライロの創業メンバーとして加入、10年に渡り広報部長を務めたのち、作家として独立。

自分の“個性”がことごとく裏目に出た会社員時代

サノ:
岸田さんは作家としてはもちろん…

ユニバーサルデザイン(高齢者、障がい者などが行動しやすい社会をつくること)の研修などをおこなう株式会社ミライロにいた会社員時代も、『NEWS ZERO』で嵐の櫻井翔さんに取材されたり、『ガイアの夜明け』に出演されたり…

尋常じゃなく活躍されてますよね。やっぱり当時から、「仕事が次の仕事を呼ぶ」ような状態だったんでしょうか?

岸田さん:
いや、じつは私…会社でめっちゃくちゃ怒られてたんですよ。

仕事すればするほど叱られてました。


そうなんですか…?

岸田さん:
私は面白いと思ったことに直感で飛びついて、爆速で仕上げるのが得意なんですけど…

ハプニングに遭遇した4時間後にはnoteを投稿し「1.3万いいね」。岸田さんの仕事はいつも爆速です

岸田さん:
ただ、広報ってけっこう細かい仕事もたくさんあるんです。

「広告換算費」みたいなお金回りのこととか、年間計画を立てるとか…私はそういう細かいことがまったくできなくて、社会人としてありえない失敗ばかりしていました。

サノ:
でも、『NEWS ZERO』で取り上げられた結果、会社で取りくんでいた「ユニバーサルマナー検定」は一瞬で半年先まで席が埋まったんですよね…!?

それだけの結果を出してても怒られたんですか?

岸田さん:
櫻井翔さんの取材のときも、「地方の新聞に露出していこう」みたいな会社の戦略を無視して飛びついたんですけど…

岸田の仕事は立てた目標とズレすぎて評価ができない」と言われるケースがたくさんあって。私の衝動的な部分が、ことごとくマイナスに働いてしまっていたんですよね。


そうだったんだ…

岸田さん:
あと、「日報が書けない」「経費精算ができない」「夜中プレスリリースの執筆に集中しすぎて朝会社に来られない」とか…みんなが当たり前にできることが全然できなかったんです。

だから、だんだん会社のなかでも、「みんなが当たり前にやってることをやらない岸田はどうなのか」みたいな困惑が生まれてきて。

チームの輪を乱したり、迷惑をかけたり…足を引っ張ってしまっていたんですね。

サノ:
なるほど…

「みんなが当たり前にやってるのに」って言われちゃうのはすごくしんどいだろうな…でも、言いたくなる気持ちもわかる。

岸田さん:
コミュニケーションも上手なほうではなかったので、すれ違いが起きたり、わたし自身も失敗が重なったりして、ある時に同僚と衝突してしまって…

そこで完全に心が折れてしまい、三ヶ月休職しました。


明るくパワフルな岸田さんに、そんな過去があったとは…

前職ではマイナスでしかなかった“爆速”を活かしたら「村上春樹」とコラボすることに

サノ:
でも作家として活動する今は、逆に仕事をするほど仕事が舞い込んでる状態ですよね。

ご自身ではこの変化をどう分析されてるんですか?

岸田さん:
今私が仕事をうまく回せてるのって、「得意技×速さ×トライ数」という自分の強みをフルに発揮できるようになったからだと思うんですよね。



岸田さん:
もともと「文章」は、10年近くプレスリリースを書きまくっていたこともあって、会社員時代から「得意技かも」と思ってはいたんですよ。

とくにメールとかSNSみたいな、みんなが日々使ってるものに「自分のキャラ」を加えるスタイルの文章が得意で、2行で済むようなメールでもめちゃくちゃ力を入れて書いたりしていて。

サノ:
それ、僕もやってました…!

でも、とはいえ「たかがメール」だし、「得意技」だなんて思えなかったです。先輩に「ポエム書くな」って怒られてたし…

岸田さん:
私はむしろ、「ここを磨けば目に留まりやすいかも」と思ってたんですよね。

文章って誰でもぱっと見ただけで「面白さ」がわかるし、メールなら人の目に触れる頻度も多いから。

実際、糸井さんとお仕事をするきっかけになったのも「メール」だったんですよ。

サノ:
えっ!? どういうことですか?

岸田さん:
糸井さんが私の文章をTwitterで紹介してくれたとき、その日のうちに「糸井さんとほぼ日への愛」を長文で書いて、ほぼ日のお問合せフォームに送ったんです。

そうしたら、夜中の1時くらいに糸井さんから直々に「よくわからないけど、気になるから会いましょう」とお返事があって。普通スタッフの方が返すと思うんですけど、わざわざご本人が感想をくださった。

そのとき、この「得意技」はちゃんと自分の価値になるんだと改めて思えたんですよね。


「メール」も磨き上げれば、糸井さんの目に留まるコンテンツに。何が「価値」になるかわからないものだな…

岸田さん:
そして、前職で裏目に出まくってた「速さ」も、お仕事をいただくきっかけになっていて。

最近も、村上春樹さんの本がめちゃくちゃよくて、熱量が冷めないその日のうちに徹夜で読書感想文を書いて文藝春秋さんに送ったんですよ。

サノ:
糸井さんへのメールに続き、またも「その日のうち」にラブレターを。

岸田さん:
そうしたら、村上春樹さんについて『文藝春秋』で語らせてもらえることになったんです。

これもひとえに「速さ」がくれた賜物でした。


前澤さん、糸井さん、村上春樹さん…さっきからコラボ相手がビッグネームすぎる

岸田さん:
最後に、「トライ数」。

私、アウトプットがめちゃくちゃ速いので「失敗を全然恐れてない」みたいに言われることが多いんですね。

それこそ糸井さんも、「岸田のすごいところは、失敗や試みをひっきりなしに繰り出していくところだ」と言ってくださってて。

サノ:
僕も正直そこが一番気になってました。

自分は「失敗したくない」と思ってアウトプットが遅くなってしまったりするので…

岸田さん:
私も、失敗は怖いんですよ。

でも、「何が起きたって、寝たらそこそこ楽になる」と思っているのも確かで。


んなお気楽な…

サノ:
そう思える理由が何かあるんですか?

岸田さん:
私、人より傷ついてきた数がちょっと多いと思うんです。

ケンカして「死ねばいい」と言った翌日に父が突然死してしまったとか、大動脈解離になって、手術の後遺症で下半身麻痺になったお母さんに「死にたい」と言われたり、弟に知的障害があったり…

もちろん私より大変な人もいっぱいいると思うんですけど、なかなか一人の生涯に降りかかる出来事ではないと思う。

サノ:
…たしかに岸田さんの文章には、読んでいて胸が苦しくなるものもたくさんありました。

岸田さん:
でも、だからこそ「今の絶望は一生続くわけじゃない」とわかってるんです。

親の死で、1カ月でした。受け入れるまで。1カ月泣きまくったら、ちょっとずつ上昇志向に戻っていった。失恋は、1週間泣けばどうでもよくなった。ケータイなくすとかそのとき限りの失敗は、1日。

たくさん傷ついたぶん、「どんな苦しさも時間に任せれば少しずつ忘れていく」とどこかでわかっているから、怖いなりに挑戦できているんだと思います。


「で、こっからがめちゃくちゃ大事なんですけど…」

岸田さん:
こうやって冷静に分析すると、前職時代も今も、私自身は何も変わってないんですよ。

ただ、「私の個性を面白がってくれる人」ばかりの“自分に甘い場所”で仕事をするようになっただけ。

でも私は、”自分に甘い場所”を見つけることこそが、「先につながる仕事」をするための最初の一歩だと思うんですよね。

「“自尊心”さえ守れれば、仕事は自然と先につながっていく」

サノ:
“自分に甘い場所”に行くことが、「先につながる仕事」をするための第一歩…?

一般的には、「厳しい環境」でストイックに頑張る人のほうが成功しそうですけど、どういうことでしょうか?

岸田さん:
「ストイックさが必要」というのは、私も同意見です。いい仕事をしたければ、自分に厳しくなれたほうが絶対にいい

でも、自分に厳しくなるためには、“自分に厳しい場所”から離れたほうがいいんです。


どういうことだ…!?

岸田さん:
私、9年間会社員をやってたうち、8年くらいは自分のダメなところを改善しようとしてたんですよ

遅刻しないようにとか、タスク漏れしないようにとか…“頑張らないとできないこと”を、頑張ってみようとしたんです。嫌われたくなかったし。

サノ:
は、8年も!

岸田さん:
でも、「怒られないために頑張りつづけるって、ものすごく“自尊心”をすり減らす行為なんですよね。

気を張り続けるうちに得意だったはずの仕事にも支障が出るようになって、どんどん自信を失っていく。

自分に厳しい場所で自分まで自分に厳しくするって、めちゃくちゃキツイんですよ。というか、無理。


ああ、それはわかるかも…

岸田さん:
基本的に、「怒られないように頑張る」で結果を出した人っていないと思うんですよね。

怒られる要素を“減らす”ことしか考えられなくなって、プラスアルファの努力も生まれにくい。

子どものころも、「親が褒めてくれたから絵が好きになった」みたいに肯定されたものほど勝手にストイックになっていったじゃないですか。“もっと”上手くなりたいって。

サノ:
た、たしかに…!

岸田さん:
私の担当編集者の佐渡島庸平さんも、「社会人にとって一番大切なことは、心の安全を守れる環境を見つけることだ」と仰ってたんですけど、本当にその通りだと思う。

結論、“自尊心”さえ守れていれば、仕事は自然と次につながっていくと思うんです。



岸田さん:
実際私は今、超ぬるま湯です。仕事をご一緒する方、読者の方々…自分の個性を短所じゃなく、長所として面白がってくれる人ばかりに囲まれてる。

だからこそ、個性を「強み」としてフルに発揮できるようになって、「私らしい仕事」が生まれていっているのかなと。

サノ:
「長い社会人生活を走り続けるために、まずは“心の安全”を確保する」

岸田さんらしくて、めちゃくちゃ心強い答えだ…

岸田さん:
もちろん、「自分の短所を克服しようと努力すること」が“自尊心”につながってるなら、それもいいんですよ。

でも、「自分は仕事ができない」と深く傷ついてしまうくらいなら、「自分に甘い場所」に移る選択肢を持っていいと思う。

そうやって“自尊心”を守っていくことが、ビジネスパーソンにとって一番大切なスキルだと思うので。


ありがとうございました!

「甘い場所には行くべきですけど、そこで自分に甘くなったらダメですよ? あくまでも“ストイックに頑張れるようになること”が目的なので!」

最後にそう念を押してくれた岸田さん。

9年間「自分に厳しい場所」で自分と戦った後、「自分に甘い場所」でがむしゃらに活躍する岸田さんは、まさに「自尊心さえ守れたら、人は頑張れる」を体現されていると思いました。

「若いころは厳しい環境でもまれるのも経験」…なんて言われたりもするけれど、たまにはふと立ち止まって、「自分の心を守ること」について考えてみたいと思います。

〈取材・文=サノトモキ(@mlby_sns)/編集=天野俊吉(@amanop)/撮影=中澤真央(@_maonakazawa_)〉

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