熊本豪雨被害  球磨川が氾濫し崩壊した橋=5日午前11時5分、熊本県八代市(写真:共同)

九州の鉄道路線をまたも自然災害が襲った。7月3日からの活発な梅雨前線による大雨により、熊本県八代市と鹿児島県霧島市を結ぶJR肥薩線や、人吉盆地を走る第三セクター「くま川鉄道」の線路が被災。球磨川にかかる橋梁の流出といった甚大な被害が出ており、復旧に相当な時間がかかる見通しだ。

国土交通省や熊本県によると、肥薩線は1908年完成の球磨川第一橋梁(鎌瀬―瀬戸石間)、第二橋梁(那良口―渡間)が増水によって流されたほか、複数駅で線路が冠水した。

くま川鉄道は人吉温泉駅(JR人吉駅)に停車していた同社保有の車両5両すべてが浸水。同駅から延びる湯前線の球磨川第四橋梁(川村―肥後西村間)も流出した。「産交バス」人吉営業所では多数のバスが水没。「肥薩おれんじ鉄道」でも土砂流入や線路冠水の被害が出た。

SLも走る観光路線

肥薩線は八代―隼人間の全長124.2kmに及ぶ路線。全線が非電化のため、エンジンのうなりをあげながら勾配を上るディーゼル車が活躍している。現在ひなびた雰囲気の路線だが昭和初期まではこちらが鹿児島本線だった。


球磨川第一橋梁を渡る「SL人吉」(写真:くまちゃん/PIXTA)

八代―人吉間は、球磨川沿いを縫うように走る「川線」と呼ばれ、風光明媚な車窓が続くため、JR九州が熊本から複数の観光列車を走らせている。「SL人吉」や特急「いさぶろう・しんぺい」のほか、2017年には特急「かわせみ やませみ」が仲間に加わった。地元の特産品を使った商品の車内販売や客室乗務員によるフォトサービスが利用客に評判だ。

観光の拠点となる人吉の駅周辺には、転車台、石造りの機関庫といったSL関連の見どころや、肥薩線の歴史を伝える鉄道ミュージアムがある。国宝の「青井阿蘇神社」もすぐ近くだ。球磨焼酎や温泉を目当てに同地を訪れる人は多い。

一方、人吉―吉松間は「山線」と呼ばれ峠を越えるループ線やスイッチバックが鉄道ファンに人気だ。川線とともにクルーズトレイン「ななつ星in九州」の運行ルートにもなっている。吉松には都城とつながる吉都線も乗り入れ、鹿児島中央からは臨時特急「はやとの風」が運行している。

JR九州管内では、2016年4月の熊本地震により、熊本と大分を阿蘇経由で結ぶ豊肥本線で大規模な土砂崩れが発生。いまも肥後大津(熊本県大津町)―阿蘇(同県阿蘇市)間の不通区間が残っているが、今年8月8日の全線再開に向け、7月21日に試運転を始めると発表している。

さらに2017年7月の九州北部豪雨で、久留米(福岡県久留米市)と大分(大分県大分市)を、日田・由布院経由で結ぶ久大本線の橋梁が流出。全線再開に約1年を要した。この間、国内外の観光客に人気の特急「ゆふいんの森」は、大幅に所要時間がかかる迂回運転を余儀なくされた。

一方、同じく九州北部豪雨で被災した日田市から北九州市へ抜ける日田彦山線の夜明(大分県日田市)―添田(福岡県添田町)間は不通となったままで、バスによる代行輸送が続いている。JR九州と沿線自治体などとの協議で、鉄道による復旧を断念してバス高速輸送システム(BRT)に転換することで今年5月に事実上決着した。

2018年7月の西日本を中心に甚大な被害をもたらした豪雨では、筑肥線で斜面から流れ出た土砂に列車が巻き込まれて脱線したほか、原田線(筑豊本線)や肥薩線が被災。それぞれ運転再開までに数日から8カ月の時間を要した。

赤字が深刻な路線

JR九州が今年5月27日に初めて公表した線区別収支によると、肥薩線の八代―人吉間は2018年度、営業収益2億7100万円に対して営業費が8億4400万円で、差し引き5億7300万円の赤字だった。1日当たりの平均通過人員は455人と、1987年度の2171人と比べて8割減となっている。

同社は新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、在来線特急の減便や観光列車の運休を強いられてきた。都道府県をまたぐ移動自粛が全国で緩和された6月19日、ようやくダイヤを平常化したばかりだった。


肥薩線を走る観光列車「かわせみ やませみ」(左)と「いさぶろう・しんぺい」=2017年(記者撮影)

外国人観光客の回復が当面見込めないなか、7月14日にななつ星の復活、8月8日の豊肥本線の全線再開と、明るい兆しが出てきたタイミングでの肥薩線の被災。JR九州は観光列車を運行させるだけでなく、駅でのおもてなしなど沿線住民と一緒に盛り上げてきただけに、長期の不通となれば被災地以外の地域へのダメージも大きい。JR九州の広報担当者は「ななつ星は代替ルートでの運行を計画中」と話す。

2017年に橋梁が流出した久大本線が約1年で全線再開できたのは、行政などの協力で川の水量が少ない時期以外も橋梁の工事を進められたという事情がある。一方、宮崎県などが出資していた第三セクター「高千穂鉄道」のように台風で被災したのをきっかけに廃線となった路線もある。大規模で長期にわたる復旧工事は、ただでさえコロナで経営が厳しくなった鉄道会社にとってこれまで以上の難題となりそうだ。