コウチーニョはどうなる?リヴァプールに「出戻り」した6名

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サッカー選手に移籍はつきものであり、様々なクラブを渡り歩く者も少なくない。中にはかつて所属していた古巣に戻ってくる選手も…。

今回は『Planet Football』から「リヴァプールに出戻りしてきた6名の選手」を特集しよう。

リッキー・ランバート

リヴァプール所属:1992〜1997年、2014〜2015年

リヴァプールのファン、リヴァプールのアカデミー生として育ったランバート。しかし15歳という若さでチームを離れざるを得なくなった。その後加入したブラックプールでもチャンスはあまり訪れず、野菜の瓶詰め工場で働きながらクラブを探すことに…。

2001年にマックルズフィールド・タウンに加入してからは下部リーグで着実に実績を積み重ね、サウサンプトンでプレミアリーグ昇格を経験。トップレベルの舞台でも結果を残し、17年という時を経て愛するリヴァプールへと戻ることに成功している。

クレイグ・ベラミー

リヴァプール所属:2006〜2007年、2011〜2012年

ウェールズの荒くれ者FWがリヴァプールに初めて加入したのは2006-07シーズン。足を骨折したジブリル・シセの穴埋めとしての獲得だったが、自身がファンであったクラブと契約できたベラミーは減給すら受け入れた。それなりの活躍はしたものの、2007年2月にヨン・アーネ・リーセをゴルフクラブで襲撃したという事件で大きな話題に…。

わずか1シーズンで放出された後、ウェストハム、マンチェスター・シティ、カーディフと経て4年後にリヴァプールへと復帰。ダルグリッシュ氏の誘いで再加入となったが、次の年には子どもたちとともに生活するために故郷カーディフへと戻ることに。私生活の事情によってまたも1シーズンでの退団となった。

ファビオ・アウレリオ

リヴァプール所属:2006〜2010年、2010〜2012年

他の選手とは違い、一度契約が満了になったあとに再獲得されたという珍しい選手。ファビオ・アウレリオは2006年にバレンシアから獲得され、左サイドバックとして活躍するときもあったが…かなり怪我に悩まされていた。

2010年の5月には出来高制給与での契約を拒否し、正式にチームを離れた。ところが8月には監督がロイ・ホジソンに変わったことで突如呼び戻され、2年間の契約を新たに結ぶことになった。

ロビー・ファウラー

リヴァプール所属:1984〜2001年、2006〜2007年

18歳でトップチームにデビューし、いきなりエースとして活躍。「ゴッド」の異名を取るほどの人気を誇った名ストライカーだ。

ただマイケル・オーウェンの台頭や自身のトラブルもあって徐々にペースダウン。2002年にはジェラール・ウリエ監督との確執も表面化し、リーズ・ユナイテッドへの移籍を選んでいる。

その後マンチェスター・シティを経て2006年にフリーでリヴァプールへと復帰。あまりプレー時間は多くなかったものの、チャンピオンズリーグでの準優勝を経験している。

イアン・ラッシュ

リヴァプール所属:1980〜1987年、1988〜1996年

リヴァプールの伝説的ストライカーの一人であるイアン・ラッシュ。クラブで過ごした時間は15年に達したが、その間に他のチームへの移籍を挟んでいる。

1987年夏に大きな移籍金でイタリア・セリエAのユヴェントスへと加入したものの、堅実な守備を敷くサッカーの中で力を発揮することができず。1年でリヴァプールへの復帰を決断している。

スティーヴン・ストーントン

リヴァプール所属:1986〜1991年、1998〜2000年

ストーントンはアイルランドのダンダークから1986年にリヴァプールへやってきた。ブラッドフォード・シティへのローンを経て復帰し、フルバックとして活躍している。

ただ彼はアイルランド人だったため、ボスマン判決前は外国人枠に入れられていた。そのため、そこから漏れた1991年にアストン・ヴィラへと退団することに…。

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その後プレミアリーグでの活躍が認められて1998年に久々の復帰を果たし、2年間を古巣で過ごしている。それからはクリスタル・パレスへのローンを経てアストン・ヴィラへと戻っていった。