新型コロナウイルスのパンデミックの最中に、有権者が投票所に足を運んで投票する選挙を実施すると、いったいどうなるのか。

「パンデミック下の選挙を、いかに感染リスクを抑えて運営するのか:米大統領予備選での“失敗”から得られた教訓」の写真・リンク付きの記事はこちら

多くの投票所では、マスクや手袋といった個人防護具に身を固めた大勢の選挙スタッフが働き、有権者は狭苦しい場所に長い列をつくる。そして少人数ずつ素早く入っては、投票して出ていく──。

これが6月9日の火曜にジョージア州で見られた光景だった。実際のところ、これでは困ったことになる。

記録的な水準の不在者投票の多さにもかかわらず、選挙の当日にジョージア州はあらゆる失敗を重ねていた。投票を希望する多くの人たちが、ひどい場合には4時間も待たされ、結果として投票の機会を失った人も相当数いたとみられている。

問題は新型コロナウイルス以前から存在していた。しかし、この公衆衛生の危機における選挙管理委員会の対応の悪さで、事態はますます悪化したのである。

こうした事態に陥っているのはジョージア州だけではない。こうした状況は、11月に予定されている大統領選の一般投票を前に、不安な兆候と言える。パンデミックの最中に選挙を実施するという任務において、全米の選挙管理委員会がしくじり続けているからだ。

機械式の投票システムが機能せず

そもそもジョージア州の選挙は、南部の標準からいっても極めて悪名高い。投票における人種差別の禁止を目的とした投票権法の条項が違憲であるとの判決を最高裁が下した2013年以降、ジョージア州は214カ所の投票所を閉鎖した。多くがアフリカ系住民の多い貧しい郡の投票所だ。

現在の州知事であるブライアン・ケンプは18年、自らが立候補した州知事選を州務長官の職にありながら取り仕切った。その際、多くの州民の有権者登録を差し止めにしている。

問題は選挙管理委員会についての懸念ばかりではない。ジョージア州は昨年、1億ドル(約107億円)を超える予算で新しい機械投票システムを導入すると発表した。専門家たちが、投票用紙による投票のほうが確実で信頼できると警告したにもかかわらずだ。

そして迎えた6月9日、新しい機械投票システムはどう見てもまともに機能していなかった。少なくともアフリカ系住民の多い、いくつかの地区ではそうだった。

こうして投票所における問題は、ますます悪化した。州当局と各地区の責任者たちは責任のなすり合いをしている。州務長官ブラッド・ラフェンスパーガー(共和党)は、これらの問題が「受け入れ難いものである」として、アトランタ地区の選挙管理の実態調査を進めると約束した。

登録有権者が10,000人超の投票所も

人種に基づく選挙権の剥奪という問題は米国の建国当時からあるもので、投票所の数を減らすことは有権者を抑圧するための古い手口のひとつと言える。だがジョージア州では、各地区の担当者たち(都市部では民主党支持者が多い)がパンデミックへの対応策を誤り、問題を悪化させているのが現状だ。

投票日のヴォランティアはもともと高齢者が多く、感染した場合のリスクが高いことから人数が不足している。また、学校や教会のような場所のなかには使えなくなった施設もあり、地区によっては投票所を合併したところもある。

地元テレビ局のジョージア公共放送によると、州都アトランタの中心地域ではパンデミック以後に約80カ所の投票所が閉鎖された。こうして投票所の合併が進められ、1カ所だけで10,000人を超える登録有権者が投票する見込みの投票所もある。

ワシントンD.C.で6月上旬に実施された大統領選の予備選挙の際には、たった20カ所の投票所しか使用できなかった。通常の大統領選の年なら、投票所の数は100を超えていたにもかかわらずだ。このため比較的平穏だった投票所でも、5時間も待たされた有権者もいた。4月に実施されたウィスコンシン州の予備選挙では、ミルウォーキーやグリーンベイの状況も似たようなものだった。

届かない投票用紙

これは本当にひどい話だ。投票所の閉鎖は、パンデミックの際に選挙管理委員会がすべき施策の真逆と言っていい。

仮に数カ月前の段階で、そもそも投票所に足を運んでの投票を実施すべきかが問題になっていた時期なら、それもまだ許せたかもしれない。だが、いまはわたしたちも状況を以前よりずっと正しく認識している。すでに郵便投票を実施している数少ない州を除けば、米国が完全な郵便投票制度に移行できそうもないことは明らかなのだ。

すなわち、投票所に足を運んでの投票がある程度は必要であり、その計画を立てなければならない。その理由のひとつに、選挙管理委員会が不在者投票を増やそうとしても、うまくいくとは限らないことが挙げられる。

ジョージア州の名誉のために言っておくが、州は登録された有権者すべてに不在者投票用の投票用紙請求フォームを送った。ところが、ほかの州や都市でも同じだったのだが、投票用紙を請求した多くの有権者が投票用紙を手に入れることができなかった。実際にワシントンD.C.で不在者投票用の投票用紙を請求したときは市の新しい投票アプリがうまく機能せず、投票所に行くはめになった)。

それにマイノリティーの有権者は、これまでも郵送による投票をする人が相対的に少ないことがわかっている。投票所で投票する適切な選択肢が用意されなければ、こうした人たちがより大きな不利益を被ることになる恐れがある。

ひとつでも多くの投票所を開けるべき

いい点があるとすれば、きちんとした予防策さえとっていれば、投票所での投票は考えられていたほど危険なものではなくなっている。そして予防策のひとつが、ひとつでも多くの投票所を開けておくことなのだ。そうすれば、投票所内の混雑を防ぐことができる。

一部の都市では、こうした対策をしっかり実行している。ネブラスカ州のオマハを含むダグラス郡選挙区の選挙管理委員会の責任者は、5月に実施された州の予備選挙において、なるべく多くの投票所、すなわち、全222カ所のうち200カ所を開場したと説明している。

これに対して投票所を合併すれば、投票は困難になると同時に危険にもなる。ジャーナリストのギャヴィン・ジャクソンが6月9日にTwitterに投稿した写真を見ると、サウスカロライナ州の予備選挙で6つの管轄区の人たちが投票したチャールストン高校の投票所では、玄関ホールも屋内も大勢の人々が列をつくっていた。大勢の人と屋内で長時間ずっと一緒にいさせることは、感染症を広める最も確実な方法といっていいだろう。

民主主義にとって破滅的なもの

だからこそ、不在者投票できるようにすることも重要であり、各地域の選挙管理委員会が安全な投票所を用意することも同じくらい重要である。それには投票所の閉鎖ではなく、古参で高齢のヴォランティアの代わりに、若くて感染リスクの低い人たちを活用するべきだろう。

もちろん、ヴォランティアには個人保護具を使ってもらい、混雑を少しでも減らすために可能な限り多くの投票所を開けておく必要がある。もっと多くの予算をかけるようにと、議会に圧力をかける必要もあるだろう。パンデミックの最中に安全に選挙を実施するには、どうしてもコストがかかる(市民意識が高くてお金の使い道に困っているような大金持ちに保護具の寄付を説得する手もある)。若くてリスクが少なく、安全で公平な選挙に関心がある人には、ぜひとも選挙のヴォランティアに志願してもらいたいところだ。

米国の民主主義が直面する問題は、新型コロナウイルスが感染拡大する前から存在していたし、パンデミックが終息したあとも残っているだろう。ともあれ、パンデミックの最中に選挙を運営する際の政府関係者にとっての第一のルールは、事態をこれ以上悪くしないことである。

もちろん、意図的な有権者の抑圧と悪意のない運営の失敗は、道義的な面からみれば同等ではない。だが、どちらも民主主義にとっては同じように破滅的なものであり、11月の一般選挙にとっては同じように不吉な前兆なのだ。