インディアナ州にある5,000エーカー(約20平方キロメートル)の農場で、ブレント・バイブルはトウモロコシと大豆を生産している。収穫した作物はバイオエタノールや食品添加物に加工するほか、種子として利用されることになる。カリフォルニア州のナパヴァレーでは、クリスティン・ベレアーが50エーカー(約0.2平方キロメートル)の畑でブドウを摘んでいる。品種はワイン用として有名なカベルネ・ソーヴィニヨンとソーヴィニヨン・ブランである。

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ふたりに共通する点は、土壌の質を向上させることで温室効果ガスの排出削減を目指す「カーボン・ファーミング」という手法を実践する農業生産者であることだ。具体的には、耕作の頻度を下げ、土地の表面を堆肥などの有機物質で覆ったり緑肥作物を植えたりして土壌を保護し、排水溝をなくす代わりに樹木を育てることに取り組んでいる。

米国の連邦議会では現在、カーボン・ファーミングを排出量取引制度に組み込むための法整備が進められている。法制化が実現すれば、農業生産者は温室効果ガスの削減に寄与することで報酬を得られるようになる。

バイブルは6月末、上院の農業・栄養・林業委員会でのヒアリングに呼ばれていた。インディアナ州選出の民主党議員マイク・ブラウンとミシガン州選出の共和党議員デビー・スタベノウが共同で提出した法案は、この仕組みへの参加を希望する農業生産者のためのコンサルティングや削減実績の調査を実施する外部機関を、農務省が独自に認定する内容だった。

農業生産者への報酬や外部機関への契約金の支払いは排出量取引から得られる利益で賄われ、税金は使わない。また、農家が外部機関への支払いを一部負担することもあるという。

高まる排出量取引への依存度

カーボンニュートラルを目指す動きは世界的に進んでいる。だが、各国政府や企業は目標達成のために排出量取引に頼っているのが実情だ。

排出量取引制度においては、売り上げは温室効果ガスを削減する取り組みに使われる。つまり、排出量を購入することでインドネシアでの植樹活動に貢献したり、カリフォルニア州の酪農場に牛のげっぷに含まれるメタンガスを吸い上げてバイオ燃料に変換する装置を取り付けるといったプロジェクトに資金を援助することになるのだ。ただし、購入者自身が温暖化防止に向けて実際に何かをするわけではない。

この制度の支持者ですら、排出量や排出権の購入はいわば最後の手段だと考えなければならないと強調している。企業は環境汚染の低減に向けて生産工程を最適化したり、オフィスでの空調の利用を控えたり、配送車両をクリーンな燃料のクルマに切り替えたりするといった十分な努力をした上で、どうしても仕方ない場合に限って取引制度を利用すべきというのだ。

また、排出量取引で支えられている環境プロジェクトは、必ずしも成功するわけではない。このため、制度そのものが常に計算通りに機能するとは限らないとの批判もある。環境に配慮した燃料に切り替えることで排出量の削減に直接的に取り組む航空会社と、カーボンオフセットを購入するだけの航空会社とでは、実際に明確に区別されるべきだろう。

農業生産者の努力の大きな意味

NPOのForest Trendsが昨年公表したレポートによると、2018年の植林や畜産などによる温室効果ガスの削減量は、世界全体では二酸化炭素(CO2)換算で1億立方メートルにも及んだ。排出量取引での金額にすると、約3億ドル(約321億円)となる。

上院で審議中の「Growing Climate Solutions Act of 2020」と呼ばれる法案によると、農業生産者が温室効果ガスの削減計画を提出すると、外部機関がそれを検証する。計画が承認されれば、生産者は予想される削減量に合わせて排出量取引で売買されるクレジットを受け取る仕組みだ。なお、上院農業委員会の関係者によると、農業分野の1トン当たりの排出枠価格は、現在13〜17ドル(約1,390〜1,820円)程度だという。

バイブルのような農業生産者の努力は大きな意味をもつ。化学肥料の使用や植付期のあとに土をいじることで、土壌の炭素固定能力が下がってしまうからだ。農業による温室効果ガスの排出量は世界全体の24パーセントを占める。米国に限ると農業分野の排出量が全体に占める割合は10パーセント程度だが、これはほかの分野での排出量が全体を押し上げているからだ。

現時点ではカーボン・ファーミングの促進に向けた国レヴェルのプログラムは存在しておらず、バイブルもベレアーも独自に方法を模索してきた。バイブルは緑肥作物を育てたり不耕起栽培に切り替えたりするなど、土壌を利用した炭素隔離に取り組んでいる。不耕起栽培とは、農地を耕さないことで土壌中の炭素含有量を保つ農法だ。

利益を生む手段か、持続可能性の実現か

バイブルは炭素隔離や排出量取引のことを、利益を生み出す手段と捉えている。彼は「何かを生産するという役割を果たす上でのインセンティヴが与えられ、わたしたちが生産するものによって排出量を削減できるなら、実行していくつもりです」と語る。「農業ではそれがうまく機能することが証明されています」

一方、ベレアーにとってのカーボン・ファーミングとは、自らが働くホーニッグ・ヴィンヤード&ワイナリーが進める持続可能性に向けた試みのひとつだ。ホーニッグでは太陽光発電による再生可能エネルギーの利用や有機農法、ミツバチによる自然受粉といった取り組みが盛んで、ここで生産されるワインのボトルにはミツバチのイラストが描かれている。

環境再生型農業とも呼ばれるこうした手法は70年代から取り組まれており、ホーニッグでは20年ほど前に始まったとベレアーは説明する。「特に新しいやり方ではありません。しかし、大規模農業では採用されなかったことで、多くの農地で土壌がやせてしまっています。これが健康な状態に戻ると、炭素や窒素などの有機物が再び土の中に蓄えられるようになります」

ホーニッグを含む15のワイナリーはナパ郡資源保護地区と協力し、農地の土壌への炭素隔離計画を策定した。ナパヴァレーでのワインづくりは、近い将来にカーボンニュートラルの達成を目指している。

ベレアーは農業改革だけで気候変動問題が即座に解決することはないと考えているが、こうした動きによって農業生産者の土地の捉え方が変化しているという事実を示すことはできると言う。彼女は「温室効果ガスの排出量を大幅に削減していかなければなりません」と言う。「これを実現するには、多面的な仕組みが必要なのです」

適切な土壌管理の意義

カーボン・ファーミングが、温室効果ガスの削減にはほとんど寄与しないと考える専門家もいる。カリフォルニア大学バークレー校の生物地球化学教授ロナルド・アムンソンは2018年の論文で、土壌に蓄積される炭素の量は季節変動が大きいことから、正確な計測が非常に難しいと指摘している。また、米国の農地の40パーセントは借地であることから、農業生産者が長期的な視点で土壌改良に取り組むインセンティヴが低いとう社会的・文化的な障壁も存在しているという。

一方で、炭素隔離が有効であるかは別として、適切な土壌管理が有意義だとする意見もある。パデュー大学教授で地球・大気・惑星科学を専門とするティモシー・フィリーは、「土壌を最適な状態に保つことで農地の生産性が上がり、雨や風による土壌侵食への耐性ができます。また、保水力が高まることで干ばつなどの災害にも強くなるのです」と説明する。

フィリーは土壌中の炭素量をより正確に計測するための技術開発に取り組んでいる。これまでは大量のサンプルを専門施設に送って分析する必要があったが、小型計測器と過去のデータを使って季節ごとの炭素量の変化を推測し、実際の計測値に反映させるコンピューターモデルと組み合わせた新しいシステムが利用可能になるという。

フィリーはカーボン・ファーミングの法制化を巡って上院農業委員会に協力しており、新たな法律が土壌の保護と改良につながるよう期待しているという。「土壌の炭素含有量が増えていることをどう確かめるか考えようとするとき、市場と科学が一丸となって大きな進歩を遂げることができるのです」

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