新日本フィルハーモニーの平時の演奏風景。年間、約140〜150の自主・依頼公演とは別に、大小合わせて約100回の社会貢献コンサートを開催している。その中には地域のお祭りなども含まれ、クラシック曲以外の、子どもからお年寄りまでが親しめる曲を演奏する機会も多い(写真:新日本フィルハーモニー交響楽団©K.MIURA)

6月から、制限下ではあるが、ようやくクラシックなどのコンサートが開催され始めた。

しかし2月末から緊急事態宣言の解除・緩和段階においては公演がおよそ4カ月間中止・延期され、プロオーケストラでは収益が激減した。そしていまだ存続の危機下にある。

ほかの業界でも言えることだが、危機は最大のチャンスでもある。今回は、日本の音楽、とくにクラシックという分野において、その担い手たちが未曾有の危機をどう乗り越えていくかについて、その可能性を探った。

華やかさ、豊かさを象徴するオーケストラの今

まず経済的な損害について述べると、3月から5月では、全国で1761の公演が中止、937公演が延期になり、3カ月で68億円の損失となった。

「6月から8月も同様の状況が続けば、倍の数字となる」(日本クラシック音楽事業協会常任理事の丹羽徹氏)

さらに、公演再開にあたっては、聴衆が密集しないよう座席制限も設けなければならない。つまり、チケット収入も大きく減ってしまうのだ。

ここで1つ、あまり知られていない事実を説明しておく。

燕尾(えんび)服、ドレス姿で、主にヨーロッパの貴族文化によって醸成された音楽を奏でるオーケストラは、華やかさ、豊かさを象徴する存在に思われる。それに従事する指揮者、演奏家なども、好きな音楽を仕事にし、自由に生きている人たちというイメージがあるだろう。

しかし、実態は大きく異なっている。オーケストラは多くが公益財団法人であり、文化芸術事業により公益に資する代わりに、税制面などでの優遇措置を受けている。そのため年度ごとに(あるいは2〜3年の期間で)収支の帳尻を合わせなければならない。つまり、利益を追求したり、お金を貯め込んではならないのだ。

まるでイソップ説話のアリとキリギリスさながら、実りのある季節は歌い暮らしているが、冬が訪れればたちまち飢えてしまうわけだ。

さらに、こうした厳しい風は、業界全体に等しく吹きつけているわけではない。

つまり、財政状況が厳しいところほどより大きい影響を受けるということだ。では、国内のオーケストラは、どのような財政の仕組みで成り立っているのだろうか。

「国内のオーケストラは、その財政基盤によって大まかに3種類に分けられます。第1が、NHK交響楽団、読売日本交響楽団など、大きな企業がスポンサーとなっている楽団。これらは事業収益のうち大きな部分を、企業との事業契約金が占めています。

次に、自主運営であり、主に演奏会収入と、民間からの寄付金によって経営を維持している楽団。日本の多くのオーケストラがこれに当てはまります。3番目が、地方自治体の支援を受けているオーケストラです」(日本オーケストラ連盟常務理事の桑原浩氏)

ちなみにNHK交響楽団の2019年度予算では、収益約31億円のうち約14億円がNHKからの交付金だ。1965年、オリンピックの記念文化事業として設立された東京都交響楽団は、収益の6割にあたる約10億円を都の補助金で賄っている。

コロナの影響で公演収入がゼロに

先述の分類で言えば2番目の自主運営オーケストラに属する、新日本フィルハーモニー交響楽団の声を聞いてみた。

新日フィルは2月29日より6月末までの約40公演が中止になり、約2億8000万円の公演収入がゼロになった。

「楽団員1人当たりのギャラは、公的スポンサーのついている楽団の3分の1です。それさえも今はカットさせてもらっている。皆様の寄付で食いつないでいる状況で、公演を再開しなければ存続できない。ただし公演を行っても、客席の距離の問題など条件が厳しく、収益にはつながりません。業界団体も政府に対し声を上げてくれていますが、うちの場合は本当に切羽詰まっています。

この状況が続けば、大きく赤字となることは避けようがない。政府には、運営の厳しい団体に対し、資本注入などの救済策をぜひ検討いただきたい」(新日本フィルハーモニー交響楽団専務理事の林豊氏)

林氏によると、同オケでは事業費のうち公的支援は10%、民間支援は10%で、80%を演奏会収入によっているという。先に挙げた1や3の分類のオケに比べ、危機に瀕していることがわかるだろう。

お金のことばかり長々と説明したが、演奏会中止は、オーケストラ団体にもう1つの大きな影響をもたらしている。音楽の質の問題だ。


6月9日に開催された試演。演奏会の再開に向け、withコロナにおける演奏を探った(写真:新日本フィルハーモニー交響楽団)

音楽の演奏では、その規模にかかわらず、指揮者とオーケストラ、そして奏者間のコンタクト=アンサンブルが非常に大切である。例えば有名なベートーベンの「運命」の出だしはたった4つの音だが、これをぴったりそろえるのは至難の業だ。

指揮者のタクトのどこで音を出すのか、という奏者同士の「あうんの呼吸」があるからこそ、整然と音が並ぶのである。これはほんの一例で、譜面通りに奏でることに留まらず、音に情感を込める、つまり音楽をつくるために、奏者同士のアンサンブルは欠かせない要素である。

これをオーケストラは長年の、リハーサルと本番演奏の繰り返しによって培っている。4カ月に及ぶリハと演奏会の休止が、ダメージを与えないわけがない。

ソーシャルディスタンスをとって演奏する際に影響は?

さらに影響するのが、演奏者間の距離の問題だ。通常のオーケストラ配置での距離は管楽器同士なら1メートル、弦楽器同士なら70〜80cmぐらいだろうか。


【上】6月11日〜12日に東京都交響楽団が感染症専門医やエアロゾル工学専門家を招いて行った試演では、飛沫の飛散が目視できなかったため、通常のオーケストラ配置とほとんど変わらない奏者間距離となり、マスクも弦楽器の半数が外した(筆者撮影)、【下】可視化装置を用いての管楽器の飛沫計測(写真:東京都交響楽団提供©堀田力丸)

感染防止の1〜2メートルの距離、さらにマスク姿では、アンサンブルに必要なアイコンタクト、弓の上下や動作による合図、息づかい、耳に入る音など、多くの面で不利になる。

現在、都内では6月21日に東京フィルハーモニー交響楽団が先陣を切って開催したが、ステージ上ではソーシャルディスタンスをとり、管楽器奏者の周囲にアクリル板を立てての演奏となった。

7月2日にサントリーホールにて開催する新日本フィルハーモニーも、アクリル板こそ取り除いたものの、専門医の立ち会いによる試験演奏等を経て、感染防止のための厳しい基準で臨む。

なお、管楽器は息によって演奏する楽器のため、現在、どの程度まで飛沫やエアロゾルが届くのかといった検証が各オーケストラなどで行われている。7月には、気流の専門家を交えた実験も、クラシック音楽公演運営推進協議会主催、NHK交響楽団等協力のもと行われる。

「アンサンブルの問題は各奏者、それぞれ不安を抱えていると思います。しかし一流の音楽家ですから、どんな障害があっても音を合わせます」(新日フィルの林氏)

7月2日の公演は、ガイドラインにのっとりホールの収容人数の5割で行う。半減した公演収入を補うために、同オケが現在検討しているのがデジタルコンサートだ。

全身が音に包まれ、音が肌に触れてくるような、ライブの魅力を知っている人ならば、ライブに行けないならデジタルで、という切り換えはなかなか難しいだろう。

しかし新日フィルと言えば、SNSで話題になった、楽団員によるテレワーク・オーケストラ「パプリカ」をご存じの方も多いだろう。楽団員一人ひとりが素顔で、音楽を届けたいという純粋な思いを発した。

「同取り組みは、『クラシックは堅苦しい』という、一般の人のイメージを払拭したかもしれない。クラシック業界が魅力を知ってもらうためには、聴衆にもっと近づいていくことが大事。メジャースポーツのサッカー、野球はいち早くPCR検査を受けて再開した。共感を呼ぶ、勝ち負けがあってわかりやすいスポーツの利点は、クラシックとは違うが参考になるかもしれない」(日本オーケストラ連盟の桑原氏)

今、起死回生をはかるクラシック業界。しかし元どおりの世界をイメージしていては、道は困難だろう。クラシックファンを呼び戻すことと同時に、新しい挑戦で、一般の聴衆をできるだけ広く獲得していくことが不可欠になる。

障害を負っているフリーの演奏家

最後に、上記の例に比べても圧倒的に厳しい立場で音楽と対峙する、1人のフリーの演奏家の姿を紹介したい。

ヴィオラ奏者の深田亜紀子さん(仮名、55歳)は網膜色素変性症で、視界が極度に限られるという障害を負っている。祖母も同じ病だったことから、「将来1人で食べていけるように」と、幼少期から楽器を弾く術を身に付けた。症状が仕事に差し支え始めたのは30歳後半ぐらいから。まずプロオケにエキストラ(フリーの立場で雇われる要員)で入る仕事や、アーティストなどのコンサートのバック演奏ができなくなった。

彼女が演奏する際には、2倍ほどに拡大した譜面を使い、上述したアンサンブルについても、わずかな視界に映る奏者の動きと、息づかい、気配、耳に頼っている。

主な収入源は、音大を目指す生徒などへの個人レッスンと、過去に受けたスタジオ収録のCD二次使用料。彼女はその他、障害者手当と、故郷で身内が営む幼稚園の顧問料で生活している。

最近では白内障も加わり、このまま光を失うかに思われたが、幸いにも3月に受けた手術が成功した。しかしその矢先、音楽の仕事は絶えた。

彼女の場合はほかに収入があるため4割減にとどまったが、仲間には8〜9割減になった人ももちろんいる。フリーランサーにも適用される補助金は、彼女も仲間たちも申請しなかったそうだ。ギャランティーは謝礼として封筒に入れて渡される形が圧倒的に多く、源泉徴収票もないので、収入が証明できないからだ。

「確かに厳しいけど、慣れている。私たちフリーは、バブル崩壊、大震災などでも、真っ先に切り捨てられた。雇用形態は日雇い労働者と同じだし、ギャランティーも食べていけないぐらい少ないこともある」(深田さん)

それでも、音楽にしがみついて生きていく。彼女のすべてだからだ。


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「魂がこもった音楽を聴くと、みんな癒やされるし元気をもらう。アナログで古いかもしれないけど、大事なものが詰まっていると思う。その大事なものを、一生をかけて音楽から学びたい」(深田さん)

ようやく7月に、フリー演奏家の集うサロンでの発表会が開催されるため、そのリハーサルが始まっているとのことだ。

しかし年齢や体調の問題で、感染によるリスクが高いため、仕事以外では人に会わない自粛生活を続けている。いつ倒れてもいいように、身辺整理を行ったそうだ。

音楽の復活を強く求めることが最も必要

さて、COVID‐19の対応においてひときわ印象的だったのが、ドイツ文化相の「音楽は平時だけのものではない。生命維持に必要不可欠」という言葉と、オーケストラやフリーランサーに対する支援金の即時発行である。

同国をはじめヨーロッパの国々ではかつて、音楽は命をつなぐための糧であり、また精神的な闘争の手段でもあった。そのバックグラウンドを持つ国と、クラシック音楽が導入されてせいぜい100年の日本は比べるべくもない。

しかしジャンルにかかわらず、音楽は誰にとっても必要不可欠だ。プロの従事者たち、そして、日本の厚いクラシック層を形成しているアマチュア演奏家、クラシックファンを含む視聴者たち誰もが、この原点に立ち返り、音楽の復活を強く求めることが、業界にとって今、最も必要なことかもしれない。