金正恩(キム・ジョンウン)氏

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米国人のジェフリー・ファウル氏は2014年4月、ツアーで北朝鮮を訪れた際、清津(チョンジン)の海員クラブのトイレに聖書を置いたまま立ち去った。敬虔なクリスチャンの彼が、北朝鮮のクリスチャンに伝わればと思っての意図的に取った行動だった。

ところが、同氏は出国直前の空港で逮捕され、ホテルに監禁された上で、尋問され続けた。北朝鮮当局は、彼がキリスト教団体によって送り込まれたと見ていたようだ。彼は、半年後にようやく解放され、家族の待つ米国に戻ることができた。

北朝鮮は、憲法に信教の自由を明記する一方で、あらゆる宗教を「迷信」として排撃している。キリスト教に対してはことさら敵をむき出しにして、信者に対して死刑を含めた激しい弾圧を加えている。

韓国政府系の研究機関である統一研究院が5月11日に発表した「北朝鮮人権白書2020」にも、2018年に平安北道(ピョンアンブクト)で、聖書を所持していたという理由で2人が公開処刑されたとする脱北者の目撃証言が収録されている。

(参考記事:処刑映像を学校で回し見…金正恩式「暴走教室」の末期症状

韓国のキリスト教、中でもプロテスタントは反共色が非常に強く、金正恩政権を崩壊させると公言したり、密かに北朝鮮に宣教師を送り込んだりする教会もある。北朝鮮にとっては「キリスト教会=反政府団体」なのだ。

そんな北朝鮮で、どういうわけか聖書を持つ人が増えていると、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じている。だからといって、キリスト教の信者が増えているというわけでもないようだ。

咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋は、少数ではあるが、密かに聖書を買う人が増えていると伝えた。

「聖書をお守りのように持っていれば魔除けになる」(情報筋)

お守りと言っても、日本のように神社仏閣で手軽に買い求め持ち歩く類のものではなく、占い師や祈祷師の書く呪術的な意味合いの濃いもので、同国ではこれも取り締まりの対象だ。また、聖書は「キリスト教の教えが書かれた本という認識ではなく、疲れた心身を癒やしてくれるもの」(情報筋)という認識でも受け止められているとのことだ。

いくら癒やしのためといっても、聖書は売るのも買うのも重大犯罪と見なされる。そこで、聖書をまるまる一冊買うのではなく、一部の内容を抜粋した小冊子を買い求め、隠しておき、時々出して読むのだという。

情報筋は「読めば読むほどまた読みたくなる」などと述べているが、実際に聖書がどれくらい広まっているのかは不明だ。また、北朝鮮に向けて布教活動を行う韓国のキリスト教会の中には、その「成果」を過剰に強調する傾向も見られるが、この情報筋がそのような教会の影響下にあり、「聖書が広まっている」と誇張して語っている可能性もある。

ただ、かつてのように「外部の不順勢力が社会主義体制を瓦解させるためのもの」という当局のプロパガンダを真に受ける人が少なくなっているのは確かなようだ。

両江道(リャンガンド)の情報筋は、そのきっかけとして、外国映画やドラマを挙げた。布教を目的としたものでなくとも、映画やドラマに聖書やお経、牧師や神父、僧侶が登場することは珍しくも何ともないように思えるが、それらについてよくわからない北朝鮮の人々は興味をそそられ、好奇心からどんなものか見てみようと聖書を手にとるようだ。

当局はその動きを察知したようで、聖書が市場で密売されていると見て、取り締まりを強化した。また、中朝国境の中国側には、多くのキリスト教会があり、脱北者やコチェビ(ストリート・チルドレン)に対する支援を行うと同時に、北朝鮮国民への布教活動も行っていることから、中国から密輸されていると見て、国境に接した地域での検問も強化しているとのことだ。