タンタンはなぜ中国に帰ってしまうのでしょうか(筆者撮影)

大好物のタケノコを目指して短い足でトコトコ歩き、タケノコをつかむと嬉しそうに食べるタンタン(旦旦)。神戸市立王子動物園(現在は抽選による入場制限を実施している)で暮らして間もなく20年になる、雌のジャイアントパンダだ。

同園のパンダはタンタン1頭だけ。24歳で、人間なら70歳超と高齢ながら、顔立ちや仕草が可愛らしく、見る人を虜にする。そのタンタンが中国・四川省へ旅立ち、戻ってこない。

タンタンが四川省から王子動物園に来たのは2000年7月16日。神戸市と中国野生動物保護協会(CWCA)の「日中共同飼育繁殖研究」のため、10年間の契約で「伴侶」のコウコウ(興興)と一緒に来園した。

延長できなかった

契約は2010年と2015年に5年ずつ延長。期限は今年7月15日に迎えるが、従来通り延長できるとの見方もあった。だが、中国側から神戸市に対し、タンタンの中国「返還」が3月下旬に伝えられ、4月に正式な文書が届いた。神戸市が5月19日にタンタンの中国行きを発表すると、インターネット上には驚き、悲しむ声があふれた。

なぜ、今回は契約を延長できなかったのだろう。王子動物園の上山裕之園長は「中国側から『高齢のパンダなので、今後は体の負担が少ない場所で過ごさせたい。中国は高齢パンダの飼育経験が豊富なので任せてほしい』という2点を言われました。単に『期限だから』ということなら、もっと延ばしてほしいとお願いできるのですが、こう言われると……」と、やるせなさを滲ませる。


王子動物園の上山裕之園長と、やぐらの下でまどろむタンタン(撮影:中川美帆)

そして「タンタンは、阪神淡路大震災で傷ついた神戸市民や子どもたちを励ましてくれました。ありがとう、これまでも元気でねと伝えたい」と話す。

一方で、少し気になることもある。日中友好神戸市会議員連盟は、2017年4月に駐日中国大使館の程永華大使を訪ね、「雄のジャイアントパンダの補充をお願いするとともに、あわせて高齢化した雌のパンダの入れかえをお願い」した。カッコ内は神戸市議会の議事録に記されている、連盟所属の市議の発言だ。

背景には、コウコウが2010年に死亡した点と、タンタンが繁殖しづらい年齢になった点がある。これに対し「生めなくなったら不要なのか」「残酷だ」と神戸市民やパンダファンの怒りが噴出した。ただ、連盟のこの言動と、今回タンタンの契約を延長できなかったことは関係ないという。

「王子動物園としては、タンタンを中国に返すとは一切言っていません。タンタンの契約継続と新たな雄雌のパンダの貸し出しをセットでお願いしてきました」(上山園長)。実際、神戸市と王子動物園は、タンタンの滞在延長に向けて、あの手この手を尽くした。

市長や園長は訪中して、CWCAと交渉。駐日中国大使館にも出向いた。四川省・成都で開催され、世界中からパンダの研究者が集う国際会議には、王子動物園の獣医師が登壇して、タンタンの飼育について英語でスピーチした。王子動物園内でも、パンダに関する講演会や特別展を開催して、来場者のパンダに対する理解を深めたり、研究実績をアピールしたりした。

2019年4月には、主にパンダを担当する飼育研究員を臨時採用した。1年ごとの契約で、今年4月に契約を更新している。飼育研究員とは別に、10年以上にわたりパンダを担当するベテランの飼育員が2人おり、四川省にある中国ジャイアントパンダ保護研究センター(CCRCGP)の雅安碧峰峡基地で研修を受けたこともある。

超音波検査で病気を予防

高齢のタンタンへの対応も細やかだ。毎日トレーニングしており、週2日は獣医師が立ち会う。お腹の触診、聴診、体温測定、点眼や、採血の練習もする。「いきなり針を刺すと嫌がる場合があるので、先を丸めた針でツンツンして、普段から刺激に慣れさせます。このほか、日によってメニューが変わりますが、血圧測定や超音波(エコー)検査などもしています」と、飼育展示係長・獣医師の谷口祥介さんが説明してくれた。


王子動物園飼育展示係長・獣医師の谷口祥介さん(筆者撮影)

超音波で検査するのは心臓、膀胱、肝臓、腎臓。心臓疾患など、高齢のパンダに多い病気の早期発見と予防のためだ。高齢のパンダは高血圧にもなりやすい。タンタンは超音波検査も血圧測定も正常で、健康とのことだ。

高齢になると歯のトラブルも増えるので、口の中も普段からチェックしている。タンタンの歯は少し摩耗している。摩耗のスピードを落とすために、なるべく竹の稈(かん:茎の部分)を与えるのを控えたり、ハンマーで割いてから与えたりしている。食事は竹が中心。竹は、神戸市北区淡河(おうご)町産で、園内でもごく一部を栽培している。

食べ物にも気を配る。タケノコは年間を通して与えている。高齢で堅い竹を噛みづらい時があるタンタンに、柔らかいタケノコで栄養をつけるためだ。食欲がない時でも、好物のタケノコなら食べられる。タケノコは、春〜初夏に淡河町や園内で採取する。それ以外の入手しづらい時期も、中国からの輸入などで集め、タンタンにあげている。筆者が今年1月2日に王子動物園へ行くと、タンタンがタケノコをほおばっていた。

竹のほかには、ビタミンやミネラルが入ったアメリカ・マズリ社製の草食動物用のペレット、リンゴ、ニンジンも食べさせている。トウモロコシ粉で作る「パンダ団子」は、タンタンの来園当初は与えていた。だが、海外の動物園で食べ過ぎたパンダがお腹を壊したので、与えるのをやめた。

最近はトウモロコシ粉と竹粉で試作したパンダ団子を与えることもある。将来、タンタンの歯が悪くなって、竹を食べづらくなった時を見据えた対応で、まさに至れり尽くせりだ。

タンタンが中国で過ごすのは、四川省にあるCCRCGPの都江堰(とこうえん)基地。別名「熊猫楽園」で、「熊猫」はパンダを指す。つまりパンダの楽園だ。

筆者はここを2018年11月9日に訪れた。ちょうどアメリカのサンディエゴ動物園から雄のガオガオ(高高)が11月1日に到着して、検疫をしている最中だった。ガオガオも高齢を理由に都江堰へ来た。

当時のガオガオは推定27歳で、人間なら約80歳。年齢が推定なのは、野生で捕獲されたためだ。都江堰では、野生で負傷して左足を失った雄のパンダのダイリーも見かけた。自然が豊かで、確かにここなら、高齢のパンダや負傷したパンダも過ごしやすそうだった。

ちなみに、ガオガオの妻のバイユン(白雲)は、タンタンの姉。タンタンに似て、毛並みがつややかな可愛らしいパンダだ。バイユンと息子のシャオリーウー(小礼物)は2019年5月16日に都江堰に着き、サンディエゴ動物園にはパンダがいなくなった。

海外のパンダが中国に渡るケースは?

中国本土と香港・マカオ・台湾以外にパンダは62頭いる。このうちメキシコの2頭以外は、すべて中国に所有権があり、中国から借りている。

海外のパンダが中国へ渡るケースは、大きく分けて2つある。1つは、海外で生まれたパンダが繁殖適齢期に差し掛かった場合。中国はパンダが多く、自然繁殖に向けてふさわしい相手に出会える確率が高いことが背景にある。繁殖目的で中国へ行ったパンダは多い。和歌山県白浜町のアドベンチャーワールドで生まれたパンダは11頭が中国へ渡った。アメリカやスペイン、オーストリア、マレーシアで生まれたパンダも中国へ旅立っている。

もう1つは、高齢のパンダが中国へ行くケースだ。こちらは例が少ない。サンディエゴ動物園のパンダとタンタンの例をきっかけに、これから増えるかもしれない。パンダの高齢化対策は、中国でも重要な研究テーマだ。

アドベンチャーワールドにいる雄の永明(えいめい)も27歳と高齢なので、中国行きの話が出たことがある。ただ、永明はまだ繁殖できる。今年6月11〜12日に雌の良浜(らうひん)と交尾しており、良浜が妊娠すれば、秋頃に赤ちゃんが生まれる予定だ。


カルガリー動物園で中国産の竹を食べる雄のダーマオ(大毛)(2019年4月、筆者撮影)

このほか、特殊なケースとして、新型コロナウイルスを原因としたパンダの中国行きもある。カナダのカルガリー動物園は、パンダを中国へ返すと5月12日に発表した。同園はエサの竹を中国から空輸していたが、コロナで中国とカルガリーを結ぶ直行便が途絶え、竹不足に陥ったためだ。

筆者が6月20日、同園の広報担当者に2頭の状況を問い合わせたところ、「中国行きに備え、非公開で検疫を始めています。安全確保のため中国と協力しており、2頭が中国へ行く時期は現時点でわかりません」とのことだった。

フィンランドのアフタリ動物園は、パンダを中国へ返すかもしれないと現地メディアが6月12日に報じた。同園の入場者数は、パンダが来た2018年に27万5000人となり、前年より約10万人増えたが、2019年は約19万人に減少。この状況に、コロナによる長期休園が追い打ちをかけた恐れがある。

ただ、その後、筆者が同園に確認したところ、「パンダを中国へ送り返すことについて、まだ議論していません。動物園は6月1日に再開しました。入場者数がピークになる時期は6〜8月です」(コミュニケーション・マネジャーのLea Lahtinen氏)との回答だった。同園のパンダは1頭で1日15〜30kgの竹を食べる。竹はオランダからトラックで週1回運ばれ、供給は遅れていない。

パンダの飼育にはお金がかかる。タンタンに1年間でかかる主な費用のうち、「日中共同飼育繁殖研究」のための支援金は年25万ドル(約2700万円)。コウコウがいた時は2頭で年100万ドル(約1億0700万円)だったが、タンタン1頭となり繁殖できないため下がった。

このほか、エサの竹代の約900万円、保険料の1236万8160円なども必要だ。コウコウが2010年に急死した際は、賠償金50万ドル(当時のレートで約4000万円)を保険金で中国側に支払った。

王子動物園の収益は厳しい。直近で決算を開示している2018年度(2018年4月〜2019年3月)は、6億4538万円の市税を投入した。単純計算で神戸市民一人当たり421円の税金を投じたことになる。

これは、コスト(施設の修繕費や飼育費、人件費など)の11億1158万円を、入場料などの収入だけで賄えないためだ。園内には売店とレストランもあるが、入札で選ばれた民間企業が運営している。王子動物園の直営ではないので、園の収益にはほとんど貢献しない。

入場料の値上げも難しい

入場者数は、タンタンとコウコウが来た2000年度に198万7000人となり、前年度の倍以上に増えた。ただ、2018年度は108万7572人に減っている。2020年度はさらに減る見通しだ。コロナ対策で約2カ月間に渡り休園し、多くの入場者が見込まれる桜の開花時期とゴールデンウィークを棒に振った。王子動物園は6月1日に再開したが、コロナ対策で入場者を制限している。タンタンがいなくなれば、入場者はさらに減るだろう。

一方で、休園中もエサ代や人件費はかかるので、支出を大きく減らすことは難しい。入場料は大人が1日600円で、海外の動物園と比べ、かなり安い。そのため市議会で値上げの案が出たこともある。だが、「パンダがいなくなると値上げは難しい。新たにほかのパンダが来たとしても、『水を差すのか』となって、上げづらいだろう」と上山園長は話す。

民間企業が運営し、6頭のパンダを飼育するアドベンチャーワールドは、5月21日にクラウドファンディングを始めた。第1目標の500万円には開始20分で到達。第2目標の5000万円も開始8日目でクリアした。こうした資金集めも1つの手段かもしれない。

新たなパンダが王子動物園に来るか、現時点では決まっていない。王子動物園のほか、大森山動物園(秋田市)、八木山動物公園(仙台市)、日立市かみね動物園(茨城県日立市)もパンダの受け入れを希望している。

それぞれの動物園や自治体の担当者は、前述のパンダに関する国際会議も成都で聴講しており、パンダ誘致に力を注ぐ。もし中国の習近平国家主席が今年4月に来日していれば、パンダ誘致が前進する可能性があった。だが新型コロナで、習主席の来日は延期された。

タンタンはこれから中国へ行くまでの間、どのように過ごすのだろう。まず、出発までの約1カ月間は検疫を受ける。検疫は室内で行うので、屋外でタンタンを見ることはできなくなる。王子動物園は中国側と協議して、検疫中も観客が室内でタンタンを見られるようにした。

飛行機に積む輸送箱に、タンタンがスムーズに入れるようにする必要もある。「搬出の少し前から練習を始めます。普段、棒で示した所にタンタンの鼻先を誘導して、できたらご褒美をあげるターゲット・トレーニングをしているので、その延長でやるつもりです」と谷口さんは話す。輸送箱は王子動物園で準備する。大きさは調整中だ。

また、パンダは暑さに弱い。高齢のタンタンには特にこたえるだろう。タンタンの中国行きが夏になった場合、王子動物園から空港までの道のりは、空調付きのトラックを手配する予定だ。タンタンが入った輸送箱をトラックから飛行機に積み替える際、屋外に置かれる可能性も踏まえ、動物園は対策を検討する。

迫る返還期限

タンタンが飛行機に乗る際は、検疫の関係でエサの持ち込みが制限される可能性もある。植物防疫所の関西空港支所によると、竹は日本で検査して「植物検疫証明書」が発給されれば、中国まで持ち込めるという。タンタンの輸送料は神戸市が支払う。チャーター機ではなく、旅客機に混載する可能性が高く、その場合、輸送料はさほどかからない。王子動物園は、望ましいルートとして関西国際空港の利用を想定しているが、どの飛行機と空港を使うかは未定だ。

2000年にタンタンが来日した際は、生まれ故郷の四川省・臥龍を7月13日に車で出発して成都に向かった。成都〜上海は飛行機で移動して、7月13〜15日に上海動物園で検疫。上海〜関西国際空港は飛行機に乗り、関空からトラックで王子動物園に到着した。

タンタンの契約期限は7月15日に迫っている。ただ、現在はコロナの影響で成都行きの直行便が飛んでいないので、タンタンの出発は7月15日よりも後になる。暑さも踏まえ、動物園はタンタンの体に負担がかからない時期を中国側と調整する。秋以降の出発になる可能性が高まっているが、8月中に出発する可能性も残っている。いつになるかは、出発の1カ月以上前に公表する見込みだ。

東京・上野動物園で生まれた雌のシャンシャン(香香)は、6月12日に3歳になったばかり。シャンシャンは、上野動物園を所管する東京都とCWCAの協定で「満24カ月齢時に中国へ返す」となっていた。だが、シャンシャンの日本での滞在延長を望む声が強かったため、シャンシャンを中国へ送り出す期限は今年12月31日に延長された。シャンシャンの中国での住みかは明らかになっていないが、タンタンと同じ都江堰基地の可能性もある。

もしタンタンとシャンシャンが都江堰基地の公開エリアで暮らすようになれば、日本でお別れしても、再び2頭に出会えるかもしれない。