派遣切りにあった林里香さん(仮名、31)は、副業のネイルサロンやホステスの仕事も同時に失った。コロナ禍での失業を機にネイリストとして本格的に働くことを決断した(記者撮影)

「コロナを機にこれからの生き方と働き方を考えました」

林里香さん(仮名、31)は、この5月末で、派遣先から契約を切られてしまった。4月の緊急事態宣言までは週5日のオフィスワークに加え、副業として週2〜3日はネイルサロン、週1日はホステスとして夜の仕事に従事していた。収入の6割を派遣、残る4割を副業で稼いできたが、新型コロナウイルスですべてが止まってしまった。

4月の第2週から林さんは、単発アルバイトに奔走。複数のアプリを使って探したが、驚くほど募集が少なく、週2〜3日しか働けない。4月から5月にかけては、リサイクル用品のネット通販会社で軽作業のアルバイトを12回入れた。黙々と洋服を畳んで袋詰めする作業だったが、「家でじっとしていると気持ちが落ち込む。働く方がいい」(林さん)。緊急事態宣言の解除後は、居酒屋でランチなどのアルバイトも入れている。

林さんが地方から上京してきたのは5年前。東京での1人暮らしを維持するために複数の仕事で稼いできた。地元では正社員として働いたこともあるが、3年目に体調を崩して退職。その後はネイリストを目指して学校に通い、ネイルサロンでの勤務経験を積んできた。いつかはネイル1本に絞りたいと思いつつ、収入減を考えると踏み切れなかったという。

しかし、自粛生活中に、「自分と向き合う時間が増えたことで、生活のためだけに働き続けることに疑問が湧いててきた」(同)。契約を切られた派遣先からは、6月末まで給与が振り込まれるものの、7月からは無収入だ。6月から週3日はネイルサロンで働けるようになったが、それと単発アルバイトを組み合わせても、稼げる額は知れている。「給付金10万円がなかったら、本当に生活できなかった」とため息をつく。

派遣切りから、やりたいネイリストへと覚悟

勤務先のネイルサロンに派遣切りを伝えたところ、「7月からうちでフルに働く?」と聞かれて気持ちは固まった。1日9時間勤務のため副業は難しく、時給制のため不安定さは残る。それでも「給料が減っても、やりたいことをしたい」(同)。生まれて初めて経験した崖っぷち生活が新たな道へと後押しする格好となったのだ。

コロナで失業した人は数多いが、中でも非正規雇用者は深刻である。6月に政府はパート・アルバイトに対しても、賃金の8割を休業手当として受け取れる新制度を設けたとはいえ、4月の緊急事態宣言からは時間を要した。この間、不安を募らせた人は多かったはずだ。埼玉県在住の鈴木美加子さん(仮名、36)も、その1人だった。

鈴木さんは1年半前から、個人経営のホルモン屋で働いてきた。勤務時間は夕方から深夜0時までで、週2〜3日は別の飲食店でランチタイムの単発アルバイトを入れていた。だが、コロナの影響で店は休業となり、再開時期はまったく未定。4月下旬から単発アルバイト探しを始めたところ、家の近くにある物流会社の募集を見つけた。

倉庫での作業は想像以上に大変だった。段ボール作りと梱包作業が中心で、「筋肉痛になったし、腱鞘炎にもなりかけた」(鈴木さん)。長時間立ちっぱなしで、足のむくみにも悩まされた。5月末まで週3日は勤務しながら、食品スーパーでも働いた。野菜の袋詰めや品出しが中心で週2〜3日、1日4時間の短時間勤務だったが、「気力、体力を考えると、それが限界。人手が足りておらず、やりがいは感じた」(同)。


鈴木美加子さん(仮名、36)は、アルバイト先の休業中に倉庫やスーパーで働き、収入を増やした(記者撮影)

6月からはアルバイト先のホルモン屋の営業再開に伴い復職している。4〜5月の休業期間中の給与が補償されることになり、鈴木さんは「結果的にいつもより収入が増えた。頑張って働いてよかった」と笑う。今の勤務先で働く前は3年間、焼肉屋でアルバイトしていたが、給与未払いで辞めている。「何も問題がなければ、今の慣れたお店で長く働きたい」と考えているが、保証などない。

北海道出身の鈴木さんが東京で1人暮らしを始めたのは5年前のこと。それ以前から各地を転々としてきたが、仕事は飲食店が多く、倉庫やスーパーの勤務は初めてだった。「今回のことでどこでも働けるとわかった。単発アルバイトでは飲食店以外の仕事も経験してみたい」(同)と心境の変化を語る。

50分の1に求人が激減した飲食店の代わりは?

コロナの影響は個人だけではない。企業の経済活動にも大きな影響を及ぼしている。会社設立3年目のベンチャーにとっては、存続を脅かすほどの衝撃だった。単発アルバイトアプリの「タイミー」を運営するタイミーは、1月に2万3000件あった飲食店の求人が、5月は450件と50分の1に激減した。飲食店やイベントのアルバイト募集を主力に、急成長を遂げてきただけに、コロナで状況は一気に暗転してしまった。

残念ながら6月に入っても「正社員だけで営業再開する飲食店が多く、アルバイトの求人案件は増えていない」(タイミーの小川嶺社長)。もっとも、その代わりに増えているのが、物流倉庫やコンビニエンスストア、スーパーという。外国人労働者の受け入れができないため、深刻な人手不足に陥る一方、コロナ禍で需要が増えたことで労働力が逼迫している。

今春からは、コンビニ大手のファミリマートやセブン−イレブンも、タイミーを導入している。仕事数が膨大なコンビニで単発アルバイトが成立するのか疑問なのだが、「品出しやレジ打ちなど業務内容を絞ってお願いするケースがほとんど」(タイミー)。

さらには人材派遣会社を通じて雇用することが多かった物流会社も、「コスト削減の一環で、隙間のアルバイトの比率を増やす会社が増えている」(小川社長)。コロナで求人募集が減り、買い手優勢の市場になったことで、派遣会社を通さずにアルバイト人材を確保できるようになったことも大きいようだ。

飲食店店員が出前でデリバリーする新事業

6月上旬時点で、タイミーの求人案件に占める飲食店の割合は、1割程度まで減っている。小川社長は「売上高は何とか維持している。今後は物流や小売業に続き、事務系の在宅ワークも増やしていきたい」と意気込む。タイミーのユーザーは20代以下が過半を占めており、若い労働力を求める業界との新たなマッチングが広がっているという。


2018年8月に単発バイトのマッチングアプリをリリースしたタイミーの小川嶺社長(撮影:今井康一)

一方、これまで主力だった飲食店業界とは、新たな取り組みを開始した。飲食店の店員が出前形式で届ける「タイミーデリバリー」を新規事業として立ち上げた。

構想から1カ月後の5月には渋谷区で試験導入をしている。デリバリー市場はUber Eatsや出前館が先行するが、「他社よりも手数料を抑えられるのが強み。デリバリーに不慣れな店には、容器やメニュー開発もアドバイスしている」(同)。

タイミーデリバリーは7月中に本格展開を予定しており、渋谷と六本木を皮切りに全国展開を目指している。店舗に出前スタッフがいなければ、タイミーを通して募集をかけることもできる。「タイミーの会員は日本全国に140万人いる。彼らがデリバリースタッフの母数となる」(同)。小川社長は現在23歳。立教大学4年生ながら23億円の資金調達に成功した若手経営者の1人だ。

新型コロナウイルスの感染拡大は、驚くべき速さで日本人の生活様式を変えつつある。いまだ終息の気配は見えず、長期戦になることは必至。このめまぐるしい変化に柔軟に対応できるかどうかが、個人や企業問わず、今後の明暗を分けることになりそうだ。