【THIS IS MY CLUB】“ナガサキから世界へ”。地元出身社長が感じる絆|眦捗嫺燹閉杭蠎卍后

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 DAZNと18のスポーツメディアで取り組む「DAZN Jリーグ推進委員会」が、その活動の一環としてメディア連動企画を実施。Jリーグ再開に向けて、「THIS IS MY CLUB -FOR RESTART WITH LOVE- Supported by DAZN Jリーグ推進委員会」を立ち上げた。サッカーキングでは、今年からV・ファーレン長崎の代表取締役社長に就任した眦捗嫺犹瓩法肇ラブ愛”について語ってもらった。

インタビュー・文=出口夏奈子
写真提供=V・ファーレン長崎

――今シーズンからV・ファーレン長崎の代表取締役社長に就任しましたが、まずは就任の経緯から教えていただけますか?

眦帖.汽奪ー界ですと、これまでサッカーをやられていた方やサッカー界で働くことを目標とされていた方が就任するケースが多いと思います。しかし私の場合は、通常の企業の人事に近い形で就任しました。V・ファーレン長崎は2017年に経営危機に陥った時に、ジャパネットグループが地元・長崎の企業ということもあり、株式をすべて買い取る形でクラブ経営の建て直しを行いました。当時、私自身はグループの広報やクリエイティブを担当しており、V・ファーレンの案件を担当することも多くありました。2019年に父(明氏)が社長としての役割を終えようという話になった時に、グループの役員人事で就任することになりました。私自身も長崎出身ですし、特に長崎の平和活動に対する思いがすごく強かったので、サッカーやスポーツを通じて長崎や世の中の平和に貢献できるような仕事ができるのはまたとないチャンスであり、なかなかできるものではないと思いました。私はもう30年ぐらい東京に住んでいるので、まさか長崎で働くことになるとは想像もできなかったのですが、やると覚悟を決めたのが昨年でした。

――では、もともとはスポーツ業界で、スポーツビジネスをやろうとは思っていなかったんですね。

眦帖,呂ぁA漢鎧廚辰討發い泙擦鵑任靴拭ただ、小さい頃からスポーツは好きで、中学生ぐらいからプロ野球やバレーボールなどをよく見ていましたね。ジャパネットグループはスポーツを応援する会社なので、グループのメディア関連会社で仕事をしていた当時は、春高バレーのスポンサーをずっとやっていましたし、ワールドカップバレーやフィギュアスケートなど、協賛という形でトップスポーツに携わってきました。私自身も、そういったスポーツの現場にずっといましたので、比較的スポーツは身近にあったと感じています。

――そうだったんですね。他のスポーツの現場を経験されて、サッカーの現場に来た感想として、V・ファーレン長崎だからこそ見えてきた特性、もしくは課題や問題点はどんなことですか?

眦帖,匹舛蕕というと課題というよりも、V・ファーレン長崎が持っているポテンシャルがすごいなと感じましたね。これまで自分が関わってきたスポーツとは違っていて、地域の力、まるで高校野球で甲子園に出場する県の代表校を応援するような感覚で、長崎の人たちがこのクラブを好きで支援してくれていたんです。もちろん父である前社長の影響もあったとは思うんですけど、ファン・サポーターの年齢層が高くて、女性ファンも多い。サッカーは若い人が応援するスポーツというイメージがあったのですが、幅広い年齢層の人たちに勇気を与える存在なんだということを気づかせてくれました。そんな中でも課題として挙げるならば、今、私たちはJ2のカテゴリーにいるので、発信力の面では全国規模ではありません。特に私たちが持つ“平和”という理念を伝えようと思った時には県内の人にいくら愛されていても、県外に発信していかないと意味がありません。そういった意味では、やはりチームがもっと強くなることが大事ですし、サッカー界において存在感をもっと出していかないといけません。