【J3開幕展望】指揮官たちの情熱が詰まった“思いの宝石箱”

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 J3リーグは不思議なリーグだ。ピッチの上ではプロ選手とアマチュア選手が混在し、J2への昇格を目指すチームも、昇格するためのライセンスを持たないチームも、選手育成を主たる目的に掲げるチームも、同じカテゴリーで戦っている。このリーグで問われるのは、恐らくブレない“人間力”。だからだろうか。J3リーグには人間的な魅力を放つ監督が集ってくるような気がしてならない。

 20年に及ぶ時を過ごした沼津の地を離れ、今シーズンからブラウブリッツ秋田の指揮官に就任した吉田謙。幼稚園生からプロ選手まで、あらゆる世代の指導を経験している男の言葉は、常に熱さに満ちあふれている。

 とりわけ印象的だったのは2017年のJ3最終節。J2ライセンスを持たないにも関わらず、最後の1試合まで優勝争いを繰り広げたものの、一歩及ばず3位に終わった試合後だった。スタジアム中を感動させたスピーチは、Jリーグ史に残るものだったと思う。

 それはあるアスルクラロのアウェイゲームのこと。監督会見に現れた吉田は、いつもどおりの熱さを言葉に込める。

「“ひたむき”とは、何かになり振り構わず熱中しているさま。今日も僕ららしく『熱中フットボール』ができたのではないかなと思っています」

「走る力とゴールへの想う力、その“ソウリョク”では絶対に負けてはいけないんです」

 会見が終わると、記者室にざわめきが起こる。圧倒的な熱量とメッセージ性を帯びた数々のフレーズ。何人もの知人に「あの人、何者?」と尋ねられたが、こみ上げてくる笑いを抑え切れずに「ああいう人だよ」とだけ答えたことを記憶している。きっと秋田の地でも、会見場をざわつかせるであろう吉田の新たなチャレンジが非常に楽しみだ。

 御年62歳。今シーズンのJリーグで指揮を執る日本人の中では最年長となった、カマタマーレ讃岐の新監督を務める望月一仁。今年で指導歴は実に35年を数える、まさに叩き上げの“サッカーコーチ”が燃やし続ける情熱の炎は、少しも衰える所を知らない。

 3年前の10月。朝から冷たい雨が降りしきる丸岡スポーツランドに、望月の姿はあった。北信越フットボールリーグ1部で優勝を果たし、地元開催の全国社会人サッカー選手権大会に向かうサウルコス福井の監督として、トレーニングの準備に取り掛かる。

 コーチは1人のみ。もちろん監督自らも用具を運び、マーカーを丁寧に人工芝のピッチへ置いていく。選手がウォーミングアップを始める中、少し離れた場所で作戦ボードに向き合う望月が目に入る。多分、笑っていた。見間違いではなかったと思う。これからのトレーニングだろうか。来たる大事な試合だろうか。とにかく何かを想って、望月は笑っていたのだ。

 ほんの1年前までは縁もゆかりもなかった福井の朝9時。たぶん望月は、サッカーを思って笑っていた。チームを取り巻く環境は、お世辞にも恵まれているとは言い難かった。還暦を迎えようとしていた身体に、雨は容赦なく降りつけていた。それでも、あの笑顔を目にした時、「こんなに幸せそうな人がいるんだなあ」と率直に思ってしまったのだ。

 カマタマーレの2020年がどういうシーズンになるかは、現時点で誰にも分からない。だが、これだけは言える。望月のサッカーに対する情熱は、間違いなくカマタマーレを取り巻く人々に、さまざまな形で笑顔をもたらしてくれることだろう。

 日本代表のコーチとしてワールドカップも経験した男が、J3リーグを戦うロアッソ熊本の監督として、Jリーグの舞台に帰ってきた。大木武。戦術ボードのピッチ部分と選手を模したマグネットの比率が実際と違い過ぎるという観点から、正確な比率のものを発注して作ってしまうぐらい、白と黒の球体に取り憑かれている究極のサッカージャンキーだ。

 彼のサッカーに対する真摯な向き合い方は凄まじい。

「サッカーに余計な“演技”はいらない。だから、選手はアクターではなく、プレイヤーと呼ばれる。ジャストプレイ。うちの選手は全員が“プレイヤー”です」

 15年前に聞いたこの言葉は、今でも個人的な『サッカー名言集』の1ページに大事に書き留めている。

 FC岐阜の監督に就いていた昨年、大木は最愛の妻を亡くしている。通夜には選手全員が参列し、告別式の1日だけ練習を休むと、グラウンドに戻った彼はこう言ったという。

「この前はありがとう。でも、もうその話はこれで終わりだ」。

 当時の心境を語った山岸祐也の言葉を思い出す。「大木さんってすごく芯が強くて、全員が尊敬していると思うし、自分はその言葉を聞いた時に『この人に付いていこう』という気持ちが改めて強くなりました。それは多分チームみんながそうだと思います」。

 週末の試合当日。大木はいつもどおりにスパイクを履いてベンチに座る。試合は2−1でファジアーノ岡山に勝利。チームの昨シーズン通算が7勝だったことを考えると、この日の選手たちの思いが90分間に乗ったという見方も、あながち的外れではないだろう。

 ただ、試合後の会見でそのことを問われた大木はこう答えている。「関係があったら困ります。もっと言えば、今日は選手が『喪章を巻かせてくれ』と。今、そういう話になりましたから話しますけど、それはお断りです。関係ないですね、全然」。熊本でもその人柄に魅了された選手たちが、あの日の岐阜の選手たちのように、彼と一緒に勝ちたいと必死になって戦う姿は容易に想像できる。

 18人の監督には、もちろんそれぞれに背景があり、確たる信念がある。彼らの言葉や行動に込められた想いを知ることで、この大いに余地の残されたカテゴリーを、より楽しむことが可能になるはずだ。ようやく開幕が訪れる2020年のJ3リーグは、監督たちがサッカーへの情熱を詰め込んだ色とりどりの“思いの宝石箱”を、ぜひ覗き込んでみてほしい。

文=土屋雅史