6月21日、「カトリック神父による性虐待を許さない会」が発足した。1年前、月刊「文藝春秋」(19年3月号)で一人の男性が幼少期に神父に強いられた性的虐待を実名で告発したのをきっかけに、各地で被害者が沈黙を破り始めたのだ。彼ら、彼女らは本格的な被害者支援はおろか実態調査にさえ動き出さない日本のカトリック教会に、憤りを強めている。

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 この日、長崎市内で開かれた緊急集会で、長崎大司教区(教区長・高見三明大司教)の神父から長時間にわたって胸をもまれるわいせつ行為の被害に遭った50代の女性信徒が、こんな言葉を口にした。

「大司教区は教団の中で唯一、私に寄り添って“命綱”になってくれている職員を教会から追い出そうとしている」


来日した教皇フランシスコと、マイクの前に立つ高見三明大司教 ©AFLO

 本来は傷ついて癒しを求める者に手を差し伸べるのがキリスト教会の役割のはずだ。だが神父の過ちに触れる時、長崎大司教区はその逆で、厄介者を排除する――。その行動の背景を探っていくと、億単位の信徒からの献金を1人の神父が詐欺的投資に投じて消失させていた。聖職者たちは教会を私物化し、保身のためには信徒を傷つける、およそキリスト教の教えとは無縁の体質に成り果てていた。(全2回の1回目/後編に続く)

司祭研修会で起きた「魔女狩り」

 きっかけは、2019年2月4日、原爆投下の爆心地に近い浦上にある大司教館の会議室で開かれた、司祭研修会と題した会議でのことだった。

「わがの思い通りになると思うなよ」

 広い会議室の前列から荒っぽい長崎弁を浴びせたのは、やくざではなく、黒い立ち襟の祭服に身を包んだ約150人の神父のうちの1人だった。矛先を向けられた50代の女性職員は、強張った顔のまま下を向いていたという。女性職員は大司教区が設置する「子どもと女性の人権相談室」の室長。“吊し上げ”の一部始終を見ていた神父の一人は、「あれは魔女狩りでした」と振り返った。

日本の“カトリック教会トップ”の足元で……

 長崎は、大航海時代にキリスト宣教の拠点となった歴史を持つ。人口に占める信徒の割合が4%と他の教区より1桁多い長崎では、どの町にもカトリック教会が建っている。

 03年、当時の教皇ヨハネ・パウロ2世からヒエラルキーの頂点に立つ大司教に任命された高見三明氏(74)は、16年からは国内16の教区(それぞれが独立の宗教法人)を束ねる包括宗教法人「カトリック中央協議会」(東京都江東区)のトップ、司教協議会会長も務める。昨年、教皇フランシスコが長崎を訪問した際は案内役を担った。

 なぜ日本のカトリック教会のトップに立つ高見氏の足元でパワハラが起こるのか。

「その原因はお金の話だった」と証言するのは別の大司教区関係者だ。

3億円もの教会資金を消失させた神父

「最初に、高見大司教様から、教区本部事務局長のA神父様が、2億か3億円の教会のお金を意思決定機関である顧問会に諮ることもなく独断で投資商法につぎ込んでいて、そのほとんどが焦げついてしまったまま――という驚くべき事実が明らかにされたのです」

 日本のカトリックでは神父の名に「様」をつけて呼ぶ。中でも教区本部事務局長は、大司教から数えて3番目にあたる高位職のエリートだ。

 A神父は現在54歳で上五島出身。1992年に司祭に叙階された後、離島の主任神父、東京の中央協議会への出向を経て、2010年から14年まで大司教区の会計を担当する法人事務所長、14年から19年1月まで事務局長を務めていた。大司教区の広報誌「カトリック教報」(19年8月号)によれば、教区本部の収入は6.6億円。その半分にも相当する巨額のお金をどのように引き出したのかは後述するが、まずは関係者の証言を続ける。

「A神父様は怪しい人物に言われるがままにお金を引き出していて、当時、大司教に助言していた弁護士は横領や背任が成立すると見ていました。ところが、大司教区はA神父様の事務局長職を解く一方、被害届は出さない、その代わり、A神父様には自首させる、という方針を決めた。A神父様は当初、受け入れていたにもかかわらず、地元警察署に行く段階になって一転、『教会のためにやった』と手のひらを返してしまった。被害届も出さず自首もしないので犯罪として成立しない、というなんとも後味の悪い結論でした」

突然、壇上で糾弾された女性職員

 研修会はこの後、A神父に悪意はなく高見大司教が責任を問われることもない――そう暗黙のうちに確認し、神父サイドを正当化するかのように、“犯人探し”を始めた。

 それが冒頭の女性室長へのパワハラだった。

「A神父様が『自分の自由になる金だと思っていた』と弁解した、と高見大司教様は説明したのですが、その言葉を引き取ったのがナンバー2の司教総代理の神父様でした。A神父が取り調べと前後して書いた弁明の手紙を手に『A神父は〈自分の裁量(権限)のある金だと思っていた〉という言い方をしたはず。彼を貶めるため、意図的に事実と違う言い方を使って高見大司教様に伝えた者がいる』とおっしゃった。その可能性があるのは警察の取り調べに付き添っていった女性室長しかいない、と」(前出・関係者)

 前出の神父が補う。

「A神父の行為は犯罪と見る弁護士を連れてきたのが、人権分野での大司教の相談役だった女性室長。シスターではなくケースワーカーの経験を持つ信徒です。彼女は常識的な行動を取っただけなのに、司教総代理は、“一信徒が神父に反旗を翻した”という構図にすり替えてしまった。突然、壇上で糾弾されることになった女性職員は『私には味方がいません』と消え入りそうな声で話していた」

 この吊し上げによって、なぜか「A神父の使い込み事件」は「信徒の越権行為によって引き起こされたこと」と断じる風向きとなり、議場の神父から冒頭の野次も出た。その空気は異様で「ある神父様が『信徒のお金なんだから本人に返してもらうべきでは』と口にしたら、目上の神父からたしなめられたと聞いた」(出席神父から聞いた信徒の証言)。

女性は急性ストレス性胃腸炎で倒れ、一時入院

 さらに当初は自首を求めていたはずの高見大司教はこの頃から「弁護士と女性の意見に巻き込まれた」と周囲に漏らしてA神父を庇い始め、結局、この19年の7月に九州の別の教区に異動させただけで賠償責任も問わずじまい。その一方、くだんの女性室長が仕事の報告にやってくると怒鳴りあげ、その声を聞いたシスターや神父から「言い過ぎです」といさめられることがあったという。

 女性室長は翌8月には急性ストレス性胃腸炎で倒れ、県内の病院に一時は入院。今年に入り高見大司教は顧問会で「数人から彼女に不服の意見が寄せられている。私もそう感じる」などとあからさまにそしるようになり、女性室長は6月下旬になって職場を休んでいるという。

 なぜ教会でパワハラが起きたのか。なぜA神父は使い込みの責任を問われるどころか開き直り、高見大司教以下、大司教区も不問としたのか――。

 原因となった資金のやり取りについて取材を重ねるうち、私は3つの資料を入手した。それらを読み進めると、驚くべき事実経過が明らかになった。

長崎大司教区が交わした「覚書」

 1つ目は「覚書」と頭書きされたA4判の1枚紙。2つ目は「貸金についての返済請求計画書」と書かれた、これまた1枚の紙。いずれも作成日は17年1月12日だ。さらに3つ目は、その前日にあたる1月11日、A神父の後任の法人事務所長を任されていたB神父が、資金回収に向け、弁護士に助言を求めるために作成したA4判5枚のメモ書きだった。

 第1の証拠、「覚書」の冒頭はこう始まる(「甲」や「乙」の人称表記は記事向けに改めた)。

〈カトリック長崎大司教区 教区会計 B神父とKは、以下の事項に関して合意した〉

 K氏という人物は、漢字とローマ字で名前をサインし、英語で書かれた住所はUAE(アラブ首長国連邦)の「フジャイラ貿易センター」の事務所の私書箱になっている。そんなK氏との間で、大司教区が締結した覚書のポイントは、次の2つだ。

K氏の会社は5か月前に倒産していた

〈Kは、長崎大司教区に対して返済されていない1億4651万2273円を返済するために、2017年1月31日までに、実効性のある返済計画を、B神父に提出することとする〉

〈2013年9月9日に、長崎大司教区がKの事業に対して行なった1億円の投資に関して、KはB神父に出資証書を提出する〉

 約1億5000万円を貸し付け、それとは別に1億円を出資しているので、K氏に渡った金は約2億5000万円になる。

 ではいつ渡したのか。第2の資料、債務残高を確認するために作成された「貸金についての返済請求計画書」によれば、13年7月30日に5000万円、9月下旬には3回に分け計1億円が貸し付けられている。前述の「1億円の投資」は7月の貸付と9月下旬の貸付に挟まれた9月9日。これに対して返済は14年から15年にかけて3回、計1800万円の返済があったように記載されているが、その後の支払いはない。

 加えて不可解なのは、この2枚の書面が交わされた時期だ。

 法人登記によれば、覚書が交わされる5か月前の16年8月、K氏が社長を務める「株式会社アール・アイ・イー」はすでに倒産している。倒産企業の社長であるK氏との間で債権債務の存在を確認したとしても大司教区が貸金を回収できるかと言えば、極めて疑わしいし、出資証書を受け取ったとしても紙切れ同然に違いない。

K氏とは、一体何者なのか? 

 そもそも、このK氏とは、一体何者なのか。

 貸し付けや投資が行われた当時、K氏が配っていた名刺が、少なくとも3枚あった。アール社と、国際NGOと称する「GSI-ARMS」(肩書きは事務局長)の「本部」は東京・表参道に住所があり、地図検索すればグッチやドルチェ・アンド・ガッバーナの経営法人が入居する、13階建ての瀟洒なビル。もう一つの「NPO法人セルフケア総合研究所」(副理事長兼事務局長)の所在地は恵比寿ガーデンプレイスタワーだ。

 ただ、足を運んでみると、2か所とも同じ業者が運営するレンタルオフィスで、そこには3法人とも現在は存在しない。

大司教区が“A神父の背信行為”を庇った理由

 ちなみにGSI-ARMSの名刺にある「国際NGO登録ID」という称号も変だ。

 国際協力NGOセンター(東京・新宿区)に問い合わせたが、「そのような仕組みは内部にはないし、外部でも聞いたことがない」。「セルフケア総合研究所」は内閣府のNPOデータベースに登録こそあるが、事業報告書によれば、「覚書」作成の17年の当時でさえ、すでに収入も支出もゼロで、実質的な活動実態はないことは明らかだった。

 献金を預かる立場として見れば、そもそも回収が危うい相手に財産を委ねたA神父の13年の貸し出しが最初の背信行為だ。だが、それにも増して信じがたいのは、17年の覚書である。なぜなら「A神父個人の独断」を「大司教区が結んだ契約」として追認する最悪の選択で、信徒は再び裏切られたことになるからだ。

 にもかかわらず、大司教区はなぜ、あえて追認するような覚書を締結したのか。可能性は2つだ。(1)A神父が貸し付けた当時のK氏は貸出先として健全だと判断できる事情があった、あるいは(2)事を荒立てずに隠蔽したかった――。この点を見極める手がかりになるのが、貸し出しの経緯を記した3つ目の資料だ。

 後編では、資料から明らかになった事実を整理していこう。

(後編に続く)

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消えたカトリック教会の献金3億円。投資先は「アラブの石油プロジェクト」だった! へ続く

(広野 真嗣/文藝春秋)