窮地に立たされたが、そこでも彼を救ってくれたのは大槻監督だった。
「厳しい状況に立たされているというのは分かっていましたが、レッズに戻るためにどうしても強い大学でプレーしたかったので、いろいろ探したんです。そこで流通経済大の存在を知って、大槻さんに『流通経済大に行きたいです』と言ったら、大槻さんと大平正軌コーチ(兼スカウト)がつながりがあって、大槻さんが『連絡してみるよ』と言ってくれたおかげで練習参加が実現しました。

 練習に参加したら、大平さんに『どこが足りなくて2つ落ちたと思う?』と聞かれ、『守備です』と答えたら『じゃあここで守備を磨けば、絶対にプロに行ける選手になるよ。ぜひ来てほしい』と言われたんです。もう『ここで何が何でも成長してレッズに戻りたい』と心から思えました」
 晴れて流通経済大進学が決まった伊藤は、チームでも自信を取り戻し始め、メキメキと調子を上げていった。そしてプリンスリーグ関東を制した浦和ユースは、プレミアリーグ参入戦に進出すると、翌年のプレミアリーグ昇格を懸けた2試合において、伊藤は連続でスタメン出場。ボランチとして安定したプレーを披露し、プレミアリーグ昇格に貢献し、浦和での6年間を締めくくった。

 流通経済大に行くと、伊藤は「高校時代まではトップ下とボランチを半々でやっていましたが、ボランチの方がトップ下よりボールに関われる回数が増えるし、縦パスやロングパスの武器が生きると思った」と、ボランチとしてプレーする覚悟を固めた。

「絶対にレッズに戻る」という強い意志を持って取り組み、1年時から頭角を現わすと、2年時にはレギュラーに定着。さらに2年の夏には戦術上の理由で左サイドバックを経験。ボランチとサイド、ディフェンスラインを行き来しながら、持ち前の長短のパスだけでなく、クロスの応対や1対1、カバーリングにも磨きをかけていった。

 さらに昨年は守備の対応力を買われてCBにコンバート。チームはリーグ開幕から不調に陥り、苦しい時間を過ごしたが、彼はその中でも奮起を見せて守備の技術を上げていった。この時から浦和のスカウトも頻繁に視察に訪れるようになり、徐々に彼の目標である『帰還』が現実味を帯びてきた。

 そして、昨年の7月3日。彼は一足早い帰還を果たす。天皇杯2回戦で流通経済大は浦和と対戦。場所は観客として、下部組織の選手として何度も足を運んだ実家のそばの駒場スタジアム。

「駒場であれだけの観客の中でプレーをしたのは初めてでしたし、聞いたことがあるチャントや、かつて自分もサポーターとして歌ったことがあるチャントを聞いて鳥肌が立ちました」

 CBとしてピッチに立つと、開始早々に失点を喫するがすぐに同点に追いつき、そこから一進一退の攻防を繰り広げた。アンドリュー・ナバウト、杉本健勇らとマッチアップし、かつての恩師である大槻監督の目の前で奮闘したが、74分にエヴェルトンに決勝弾を浴びて1-2の敗戦を喫した。

「終わった後にレッズ側のスタンドに挨拶をしに行ったら、めちゃくちゃ大きな拍手をもらえて、嬉しかったのと同時に『本当に勝ちたかった』という想いが込み上げてきました。でも、試合後に大槻さんと少し話せて、成長した姿を少しは見せられたと思いましたし、やっぱりレッズに戻りたいという気持ちが強くなりました」
 
 2019年シーズン、関東大学リーグでは無念の2部降格となってしまったが、年が明けた1月には浦和の沖縄キャンプに参加。さらに3月にも1週間練習に参加し、ついに念願の正式オファーを勝ち取った。

「僕の中でレッズ以外の選択肢はなく、中野雄二監督や大平コーチもそこを尊重してくれたので、他のクラブの話を一切しませんでした。なので、オファーが来た時は正直ホッとした気持ちでした」