【J再開コラム】常に自分自身に問う。「たのしめてるか。」|遠藤さちえ(湘南広報)

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 ピッチからスタンドを見上げると、目に映るほとんどの人が泣いていた。

 2018年10月27日、JリーグYBCルヴァンカップ優勝。ベルマーレが24年ぶりにJ1でタイトルを獲得したそのとき、スタンドのサポーターは喜びを爆発させるというよりは、顔をくしゃくしゃにして涙していた。この光景は、もしかしたらベルマーレならではなのかもしれないと思った。

 1999年、ベルマーレはクラブ存続危機を経験した。窮地を救ってくれたのはホームタウンであり、サポーターだった。そこからの20年は安定とは程遠く、毎年どころか毎月綱渡りのような状態で、ヒリヒリするような日々の連続だった。チームの戦いに目を向けても、2009年に11年ぶりのJ1昇格を果たした後、3回の降格と3回の昇格を繰り返すなど、ジェットコースターのようだった。

 そのすべてを、サポーターとともに乗り越えてきた。たくさん心配を掛け、ともに悩んだ。大きな喜びもあったし、深い悲しみもあった。けれど足を止めずにチャレンジを続けてきた。だからあの優勝の涙は、走馬灯のように思い出される過去を含め、いつしかベルマーレが“我がこと”となったからこそ流されたものだったのだと思う。

 華やかな優勝セレモニーの最中、同僚が「こんな日が来るなんてね」と感慨深げに言った。その言葉に頷きながら、「でも、こんな日が絶対に来ると思ってたよ」と口にしていた。

 本当にずっと、必ず、こんな日が来ると思っていた――。

 たとえ苦しくとも、クラブの中はいつも明るく賑やかだ。お金がなければ工夫をし、人が足りなければ「仲間になってください」と地域の人を巻き込んだ。負けが続いたとしても、選手たちはファイティングポーズをとり続けた。「いつか必ず」と思えたのは、いつも希望を感じられていたからかもしれない。何度転んでも、何度でも立ち上がる。そして、立ち上がろうとする時の応援は温かく、凄まじい。だから歯を食いしばってでも、何度でも立ち上がることができたのだ。

 19歳で押しかけ入社(今振り返っても本当に押し掛けでした)をした私は、外国籍選手のお世話担当、マネージャー、広報、営業……とさまざまな職種をこのクラブで経験してきたが、何年経ってもまだまだ毎日が新鮮で、いまだに驚くことが多い。特に選手には、日々驚かされる。喜怒哀楽の濃い人生を本気で生きる彼らには、年齢に関係なく多くのことを教えてもらっている。「私が感動しているだけじゃもったいない」という思いが、広報担当としての「伝えたい」という気持ちの原動力でもある。

 間もなくJリーグが再開する。

 試合ができない期間は、自分たちの存在意義とは何なのかを考える時間でもあった。スポーツが人々の生活に「なくてはならないもの」になるためには、もっとスポーツの価値を高めなければならない。思えば、クラブ存続危機の時代は眠れぬほどに苦しかったが、失いそうになって初めて、一番大切なものは何であるかが分かった。今回も、難しい局面であるからこそ、大切なことに気づけるチャンスになるかもしれない。

 ベルマーレのユニフォームのエンブレムの下には「たのしめてるか。」という文字が入っている。クラブスローガンであり、行動指針でもあるこの言葉は、単に「enjoy」という意味ではない。「我を忘れるほど、夢中になる」という意味が込められている。そして、それを常に自分自身に問い掛けるために「たのしめてるか。」と訊ねているのだ。

 7月4日から再開する2020シーズンは、いまだかつて誰も経験したことのないシーズンとなる。試合ができる喜びを噛み締めながら、夢中になって、駆け抜けていきたい。“夢中”は最強だから。

文=遠藤さちえ(湘南ベルマーレ広報担当)