アップルがMac向け独自SoC「Apple Silicon」を発表! 大きな変革へと舵を切った戦略の裏を読む
●アップルが独自SoC「Apple Silicon」を発表
米アップルは6月23日(日本時間)、開発者向けイベント「WWDC 2020(Worldwide Developers Conference 2020)」の基調講演「Apple Special Event June 22, 2020」をオンラインにて開催。
新たに独自開発したSoC(System on a Chip)「Apple Silicon」を発表しました。
Apple Siliconは同社のデスクトップおよびノートパソコンブランド「Mac」シリーズに搭載される予定で、2020年内に最初の機種を発売するとしています。
また、同SoCは今後2年程度を目処にMacシリーズ全機種への展開と移行を予定しています。
アップルがインテル製CPU以外を採用するのは、2006年まで採用されていた独自CPU「Power PC」シリーズ以来となります(Power PCは米IBMおよびモトローラとの共同開発)。
長年蜜月の関係を続けてきたインテルとの決別の裏には、さまざまな理由が隠されています。
独自CPUからインテル製CPUへ、そしてまた独自CPU(SoC)へ
●独自SoCは、モバイルデバイスとの親和性の向上に必須だった
独自SoCが求められた最大の理由は、モバイルデバイスとの親和性です。
アップルは基調講演でMacシリーズ向けの次期OS「MacOS Big Sur」を発表していますが、そのUIデザインや操作方法は、同じく次期OSとして発表されたiPhone向けの「iOS 14」やiPad向けの「iPadOS 14」に酷似しています。
元々はMacOSのモバイル版としてスタートしたのがiOS(当時のiPhoneOS)でした。
しかし時代の変遷や技術の進化とともに、モバイルデバイスこそが真にエンドユーザーが日常的に利用するパーソナルデバイスとなりました。
iOSに代表されるタッチパネルUIがコンシューマーデバイスのUIの主流となったことで、今度はMacOSがiOSにUIを寄せる結果となったのです。
次期iOSやiPadOSに酷似したUIを持つMacOS Big Sur
UIの統一は、ユーザーにとって利便性の向上を促します。
しかし、デザインだけを同じようにしても利便性は向上しません。
MacOS Big Surでは、iOSおよびiPadOS向けに開発されたアプリがそのまま動作する環境も備えており、アプリの利用でも完全にシームレスな世界を作り出そうとしています。
これらの統一したUI環境を実現するには、OSというソフトウェアだけではなく、CPUやGPU、通信モジュール、ニューラルエンジンなど、主要なハードウェア環境も互換性や統一性が求められます。
そのため、パソコンであるMacにもiPhoneやiPadと同様のSoCを組み込む必要があったのです。
そもそも、インテル製CPUはCISC型と呼ばれるアーキテクチャー(基本構造)を採用しており、iPhoneなどに搭載されるSoC「A」シリーズが採用するRISC型アーキテクチャーとは、動作原理そのものが大きく異なります。
性能の良し悪しとは別に、アーキテクチャーとしての互換性がないため、インテル製CPUでは高度なエミュレーションを行わなければ同じアプリを動作させることができないのです。
インテル製CPUではニューラルエンジンやマシンラーニングアクセラレーターなどにも対応できず、多くのアプリでエミュレーションすらできない可能性もある
MacOS上でiOS/iPadOS向けアプリがネイティブ動作することのメリットは非常に大きく、
・アプリの開発速度が向上する
・CPUからSoCに移行することで部品の数を削減し、システム構造をシンプル化できる
・部品点数の削減によりコスト削減が実現でき、生産管理も容易になる
このようなメリットをもたらします。
ハードウェアからソフトウェアまで、開発にかかるコストを大きく削減する今回の変更は、
・アップル製品の市場における価格変動への耐性を向上させる
・部品供給力の安定性向上を実現させる
これらに大きく寄与することになるでしょう。
iPhone、iPad、Apple Watchと共通化されてきたハードウェアの基本アーキテクチャーがMacにも採用されることになる
●進化が止まったインテル製CPU
もう1つ、アップルが独自SoCの開発を急ぐ理由があります。
それはインテル製CPUの進化の遅れと深刻な供給不足です。
現在のMacに採用されているCPUはインテルの「Core」シリーズですが、Coreシリーズは製造プロセスの微細化で数年前から苦戦しており、デスクトップ向けでは4年以上も14nmプロセスを採用しています。
これは、すでに7nmプロセスを採用しているAMDなどの他社製CPUに大きく遅れを取るものであり、アーキテクチャーの面でも若干の古さが見え始めています。
製造プロセスの微細化が思うように進まない理由は、素材や露光技術などによる物理的な問題ですが、一方でCPU性能は向上させ続けなければいけなかったことから、CPUコア数の増加と動作周波数の向上によって強引に性能を上げるという手法を取りました。
そのため、性能を上げるほどにCPUのダイサイズは肥大化し、1つのウエハーから取れるCPUの数が減り続けたことで、長期に渡る供給不足を引き起こしてしまったのです。
消費電力の上昇も顧みないCoreシリーズの性能向上戦略と長期の供給不足は、バイヤーであるアップルの成長戦略にとって大きな不安材料となりました。
インテルのモバイル向けCPUは現在10nmプロセスに移行しており、ようやく生産数を確保できるようになってきましたが遅きに失した感は否めません。
その間に、アップルが独自CPUの採用を決断する要因の1つとなったことは間違いないでしょう。
デスクトップ向けでは4年以上も製造プロセスの進化が停滞しているCoreシリーズ
モバイルデバイスにとって、CPU(SoC)の進化は非常に重要な要素です。
製造プロセスの微細化や技術の進歩は省電力化に直結し、限られたスペースとバッテリー容量でどれだけ高性能な端末を作れるかが決まります。
デスクトップ向けのMacシリーズならともかく、モバイルを前提としたMacBookシリーズにおいては、省電力性能やワットパフォーマンス(電力効率)は最重要の命題といっても過言ではありません。
製造プロセスの微細化につまずき、コア数の増加と高クロック化によって性能向上を図り延命してきたCoreシリーズは、モバイル用途において致命的なワットパフォーマンスの低下を招きつつあるともいえます。
アップルが至上命題としているのは「ハイパフォーマンスと高電力効率の両立」です。
・デスクトップ向けCPUのような高いピーク性能
・モバイル向けSoCのように高い電力効率
Apple Siliconは、この相反する2つの目標を実現するためのSoCなのです。
進化が止まったインテル製CPUに痺れを切らしたアップルが独自開発に舵を切るのは必然だった
●ユーザーに判断が委ねられる2年間
前述のように、アップルはMacへのApple Siliconの採用を2020年内から開始する予定です。
しかし、一気に全てのラインナップへ搭載するのではなく、今後2年を目処に徐々に進められる計画です。
当然ながら、製造ラインの生産量やOS・そのほかのソフトウェア側の対応に時間が必要です。
・デスクトップ環境では、ワットパフォーマンスにこだわる必要がない
(消費電力が高くても実行性能の高さがあれば問題ない)
・デスクトップ環境では、モバイルアプリとの親和性はあまり問題とならない
このような点から、恐らくモバイル向けのMacBookシリーズからApple Siliconが採用されていくものと思われます。
こういった思い切った製品戦略が行えるのも、ハードウェアとソフトウェアを自社で製造・製品化できるアップルならではといえます。
また、iPhoneシリーズなどで培ってきたARM系SoC「A」シリーズの技術的ノウハウが、いよいよデスクトップパソコンの分野でも活用できる段階に到達したことも示しています。
Apple Silicon は、アップルが10年の年月を費やしてきたモバイル向けSoC技術の集大成だ
AシリーズのCPU性能は10年で100倍になり、GPU性能は1000倍にも達したとアップルは自負します。その技術的背景を持って、Apple Siliconは製造されます。
CPU(SoC)の変更によって、Macでは多くのアプリや周辺機器で、代替アプリへの移行や機器更新も必要となります。
アップルは、そうした変革によるユーザー負担を強いてでもCPU(SoC)の変更を実行する時期であると判断したのです。
果たしてその決断は正しいのか?
これからの2年間、アップルの選択への評価はユーザーに委ねられることとなるでしょう。
執筆 秋吉 健
米アップルは6月23日(日本時間)、開発者向けイベント「WWDC 2020(Worldwide Developers Conference 2020)」の基調講演「Apple Special Event June 22, 2020」をオンラインにて開催。
新たに独自開発したSoC(System on a Chip)「Apple Silicon」を発表しました。
Apple Siliconは同社のデスクトップおよびノートパソコンブランド「Mac」シリーズに搭載される予定で、2020年内に最初の機種を発売するとしています。
また、同SoCは今後2年程度を目処にMacシリーズ全機種への展開と移行を予定しています。
アップルがインテル製CPU以外を採用するのは、2006年まで採用されていた独自CPU「Power PC」シリーズ以来となります(Power PCは米IBMおよびモトローラとの共同開発)。
長年蜜月の関係を続けてきたインテルとの決別の裏には、さまざまな理由が隠されています。
独自CPUからインテル製CPUへ、そしてまた独自CPU(SoC)へ
●独自SoCは、モバイルデバイスとの親和性の向上に必須だった
独自SoCが求められた最大の理由は、モバイルデバイスとの親和性です。
アップルは基調講演でMacシリーズ向けの次期OS「MacOS Big Sur」を発表していますが、そのUIデザインや操作方法は、同じく次期OSとして発表されたiPhone向けの「iOS 14」やiPad向けの「iPadOS 14」に酷似しています。
元々はMacOSのモバイル版としてスタートしたのがiOS(当時のiPhoneOS)でした。
しかし時代の変遷や技術の進化とともに、モバイルデバイスこそが真にエンドユーザーが日常的に利用するパーソナルデバイスとなりました。
iOSに代表されるタッチパネルUIがコンシューマーデバイスのUIの主流となったことで、今度はMacOSがiOSにUIを寄せる結果となったのです。
次期iOSやiPadOSに酷似したUIを持つMacOS Big Sur
UIの統一は、ユーザーにとって利便性の向上を促します。
しかし、デザインだけを同じようにしても利便性は向上しません。
MacOS Big Surでは、iOSおよびiPadOS向けに開発されたアプリがそのまま動作する環境も備えており、アプリの利用でも完全にシームレスな世界を作り出そうとしています。
これらの統一したUI環境を実現するには、OSというソフトウェアだけではなく、CPUやGPU、通信モジュール、ニューラルエンジンなど、主要なハードウェア環境も互換性や統一性が求められます。
そのため、パソコンであるMacにもiPhoneやiPadと同様のSoCを組み込む必要があったのです。
そもそも、インテル製CPUはCISC型と呼ばれるアーキテクチャー(基本構造)を採用しており、iPhoneなどに搭載されるSoC「A」シリーズが採用するRISC型アーキテクチャーとは、動作原理そのものが大きく異なります。
性能の良し悪しとは別に、アーキテクチャーとしての互換性がないため、インテル製CPUでは高度なエミュレーションを行わなければ同じアプリを動作させることができないのです。
インテル製CPUではニューラルエンジンやマシンラーニングアクセラレーターなどにも対応できず、多くのアプリでエミュレーションすらできない可能性もある
MacOS上でiOS/iPadOS向けアプリがネイティブ動作することのメリットは非常に大きく、
・アプリの開発速度が向上する
・CPUからSoCに移行することで部品の数を削減し、システム構造をシンプル化できる
・部品点数の削減によりコスト削減が実現でき、生産管理も容易になる
このようなメリットをもたらします。
ハードウェアからソフトウェアまで、開発にかかるコストを大きく削減する今回の変更は、
・アップル製品の市場における価格変動への耐性を向上させる
・部品供給力の安定性向上を実現させる
これらに大きく寄与することになるでしょう。
iPhone、iPad、Apple Watchと共通化されてきたハードウェアの基本アーキテクチャーがMacにも採用されることになる
●進化が止まったインテル製CPU
もう1つ、アップルが独自SoCの開発を急ぐ理由があります。
それはインテル製CPUの進化の遅れと深刻な供給不足です。
現在のMacに採用されているCPUはインテルの「Core」シリーズですが、Coreシリーズは製造プロセスの微細化で数年前から苦戦しており、デスクトップ向けでは4年以上も14nmプロセスを採用しています。
これは、すでに7nmプロセスを採用しているAMDなどの他社製CPUに大きく遅れを取るものであり、アーキテクチャーの面でも若干の古さが見え始めています。
製造プロセスの微細化が思うように進まない理由は、素材や露光技術などによる物理的な問題ですが、一方でCPU性能は向上させ続けなければいけなかったことから、CPUコア数の増加と動作周波数の向上によって強引に性能を上げるという手法を取りました。
そのため、性能を上げるほどにCPUのダイサイズは肥大化し、1つのウエハーから取れるCPUの数が減り続けたことで、長期に渡る供給不足を引き起こしてしまったのです。
消費電力の上昇も顧みないCoreシリーズの性能向上戦略と長期の供給不足は、バイヤーであるアップルの成長戦略にとって大きな不安材料となりました。
インテルのモバイル向けCPUは現在10nmプロセスに移行しており、ようやく生産数を確保できるようになってきましたが遅きに失した感は否めません。
その間に、アップルが独自CPUの採用を決断する要因の1つとなったことは間違いないでしょう。
デスクトップ向けでは4年以上も製造プロセスの進化が停滞しているCoreシリーズ
モバイルデバイスにとって、CPU(SoC)の進化は非常に重要な要素です。
製造プロセスの微細化や技術の進歩は省電力化に直結し、限られたスペースとバッテリー容量でどれだけ高性能な端末を作れるかが決まります。
デスクトップ向けのMacシリーズならともかく、モバイルを前提としたMacBookシリーズにおいては、省電力性能やワットパフォーマンス(電力効率)は最重要の命題といっても過言ではありません。
製造プロセスの微細化につまずき、コア数の増加と高クロック化によって性能向上を図り延命してきたCoreシリーズは、モバイル用途において致命的なワットパフォーマンスの低下を招きつつあるともいえます。
アップルが至上命題としているのは「ハイパフォーマンスと高電力効率の両立」です。
・デスクトップ向けCPUのような高いピーク性能
・モバイル向けSoCのように高い電力効率
Apple Siliconは、この相反する2つの目標を実現するためのSoCなのです。
進化が止まったインテル製CPUに痺れを切らしたアップルが独自開発に舵を切るのは必然だった
●ユーザーに判断が委ねられる2年間
前述のように、アップルはMacへのApple Siliconの採用を2020年内から開始する予定です。
しかし、一気に全てのラインナップへ搭載するのではなく、今後2年を目処に徐々に進められる計画です。
当然ながら、製造ラインの生産量やOS・そのほかのソフトウェア側の対応に時間が必要です。
・デスクトップ環境では、ワットパフォーマンスにこだわる必要がない
(消費電力が高くても実行性能の高さがあれば問題ない)
・デスクトップ環境では、モバイルアプリとの親和性はあまり問題とならない
このような点から、恐らくモバイル向けのMacBookシリーズからApple Siliconが採用されていくものと思われます。
こういった思い切った製品戦略が行えるのも、ハードウェアとソフトウェアを自社で製造・製品化できるアップルならではといえます。
また、iPhoneシリーズなどで培ってきたARM系SoC「A」シリーズの技術的ノウハウが、いよいよデスクトップパソコンの分野でも活用できる段階に到達したことも示しています。
Apple Silicon は、アップルが10年の年月を費やしてきたモバイル向けSoC技術の集大成だ
AシリーズのCPU性能は10年で100倍になり、GPU性能は1000倍にも達したとアップルは自負します。その技術的背景を持って、Apple Siliconは製造されます。
CPU(SoC)の変更によって、Macでは多くのアプリや周辺機器で、代替アプリへの移行や機器更新も必要となります。
アップルは、そうした変革によるユーザー負担を強いてでもCPU(SoC)の変更を実行する時期であると判断したのです。
果たしてその決断は正しいのか?
これからの2年間、アップルの選択への評価はユーザーに委ねられることとなるでしょう。
執筆 秋吉 健