民間の航空路監視レーダー、あるいは軍の対空捜索レーダーがカバーしているエリアであれば、事故を起こした機体がいつ、どこをどのように飛行していたかは把握しやすい。しかし、レーダー網の整備が行き届いていなかった時代、レーダー網がカバーしていないエリアとなると、事情は違ってくる。

8mmフィルムから飛行経路を再現

そういう意味で興味深いのが、1966年3月5日に発生した、BOAC(英国海外航空)機の墜落事故。羽田空港を飛び立ったBOAC・911便のボーイング707が、富士山の南方で空中分解した事故である。

事故調査の過程で事故機の飛行経路を割り出す際に、現場から回収された8mmカメラの映像が役に立ったのが、この事故の特徴の1つ。8mmカメラといってもピンと来ないかもしれないが、個人で持ち歩けるような小型のビデオカメラがなかった時代には、動画が欲しい時は8mmフィルム(その名の通り、幅が8mmある)で映画を撮るのが一般的だったのだ。

乗客の1人が、その8mmカメラで窓の外の風景を撮影していた。そこで、映っている風景を地図と照合することで飛行経路がわかるのではないか、という考えに至った。最初にカメラとフィルムが持ち込まれたのは防衛庁(当時)の第三研究所だったが、そこから問題のフィルムが陸上自衛隊の第101測量大隊に渡された。

地図を作成する時は、最初に経路と高度を決めて飛行機を飛ばし、そこから地表の写真を撮る。その写真のデータと地上での測量の結果を組み合わせることで、精密な地図を作成する。つまり「空中写真と地図の照合」という仕事は、測量部隊にとってはなじみのある業務なのだ。

まず飛行経路については、フィルムに映っていた風景を、実際の地上の光景と照合する手法がとられた。離陸した場所は羽田で、墜落した場所は富士山の南側だとわかっている。その間の経路が問題になるが、まず、映っている湖が山中湖なのはすぐにわかったそうだ。湖は形状で把握できるから、比較的、ハードルは低い。

ところが、それより前のコマに映っていた山並みは突き止めるのに時間がかかった。しかし、山並みと川、そして植生の状況から、丹沢を南側から撮影したものだと判明した。

これで飛行経路は判明したが、高度はどうか。実は、同じ経路を飛んで、同じ場所を見ていても、高度が高くなると、より「見下ろす」形になるから、見え方が違ってくる。そして、上空の飛行機から横を見て、地上を斜めに見下ろす形で撮影すれば、コマに映る範囲は手前の幅が狭く、奥の幅が広い逆台形になる。

そこで、フィルムのコマごとに、映っている映像の四隅を地図上にプロットする。カメラに付いているレンズの焦点距離は、問題のカメラを使って、正確な寸法が分かっている地上の物体を撮影することで割り出した。

お手元のカメラでズームを作動させれば一発で理解できると思うが、映っている範囲が同じでも、レンズの焦点距離によってカメラと被写体の位置関係は違ってくる。だから、この作業は必須となる。

ここまでデータが揃えば、後は幾何学的な問題だから、方程式を解けば高度は出る。

「BOAC・911便のボーイング707」の空中分解事故の航跡図 資料:J-STAGE

8mmフィルムから速度も荷重値も再現

この事故調査がすごいのは、これだけでは終わらなかったこと。

8mmフィルムのコマ送りは秒間16コマなので、これが速度を割り出すヒントになる。たとえば、「丹沢の山並みが映っている映像のコマ数がわかれば、それを16で割ると経過時間がわかる」というわけだ。

丹沢のケースでは、映っているコマ数は90コマだったので、撮影時間は90÷16=5.625秒。そして、最初のコマと最後のコマの撮影位置は前述の方法で判明しているから、5.625秒の間に移動した距離もわかる。距離と所要時間が分かれば速度も計算できる。

実はこのフィルム、機体が空中分解した瞬間も撮影が行われていて、急に映像の乱れが生じたところで撮影が終わっていた。そこで、問題のカメラを作動させながら落下試験にかけて、どれぐらいの衝撃が加わると、事故現場から回収したフィルムと同じような映像の乱れが生じるかを調べたのだという。

フライト・データ・レコーダー

こんな面倒な作業が必要になったのは、事故機のフライト・データ・レコーダー(FDR)が壊れてしまい、データを読み出せなかったため。そこで、現場から回収した遺品の中に8mmカメラが含まれていたところに目をつけて、それを前述したようなプロセスで解析した事故調査のプロセスには感服する。

しかし、FDRがあれば飛行に関するデータはわかる。当初のFDRは金属製のテープに針でデータを記録するというアナログな方法を用いて、速度をはじめとする飛行諸元のデータを記録していた。しかし現在ではもちろん、デジタル化されている。

フライト・データ・レコーダーの例

また、今時の機体なら操縦系統やエンジン制御もデジタル化されているから、それらのデータを飛行諸元のデータと一緒に記録することで、「どこをどれぐらいの速度や姿勢で飛んで、どういった操縦操作をしていたのか」を把握できる理屈。記録できるデータは、FDRの停止からさかのぼること400時間分だという。

もちろん、事故の時に壊されてしまったり、洋上に墜落した機体から外れて海没したりしてしまっては意味がない。そこで、頑丈な金属製の箱に入れたり、海没しないように浮きをつけたりといった工夫がなされている。

それでも、事故の状況によってはFDRを回収できなかったり、FDRが破壊されてしまったりということは起きる。

機械式アナログ計器を使用している機体では、事故現場から回収した計器の針の位置を頼りにして、状況を把握しようとする努力がなされることがある。しかしこれも、「針の位置が○○だったから、墜落時点での飛行諸元は△△だ」というと「いや、墜落時の衝撃で針が動いてしまったかも知れないじゃないか。その意見はおかしい」と喧々囂々になることがあった。

今はグラスコックピット化されている機体が多いから、物理的な針の位置を読むことはできない。しかし、飛行制御や計器システムがコンピュータ化されていれば、そのコンピュータが持っていたデータを記録する手が使えるのは前述の通り。これなら「衝撃で値がズレたのではないか」という物言いはつかないと思われる。

著者プロフィール

○井上孝司

鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。

マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。