なぜ「専門家」会議は「御用学者」と言われてしまうのか?

写真拡大 (全3枚)

新型コロナウイルス感染拡大で日本は緊急事態宣言が出され、外出自粛のパニック状態になった。新型コロナの集団感染が起こったクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」に乗船し、動画を配信したことで話題となった神戸大学医学部附属病院感染症内科・岩田健太郎教授の著書『「感染症パニック」を防げ! リスク・コミュニケーション入門』(光文社新書)の一部を抜粋し、リスク・コミュニケーションの観点からパニックによる被害拡大を防ぐための方法を明らかにする。

信頼されていることが大事

リスク・コミュニケーションを効果的に行なうためには、コミュニケーションを行なう者の専門的な知識や能力が十分にあり、信頼されていることが大事です。リスクの扱いを失敗し、信頼を失ったり、疑いの目を持たれている場合は、効果的なリスク・コミュニケーションは不可能になります。

このことは、2009年のパンデミック・インフルエンザや、2011年の東日本大震災とその後の原発事故でとても問題になりました。両例共に、「専門家」と呼ばれる集団が、いつしか「御用学者」と批判されるようになったのです。

信頼を失うのは、実にあっという間です。しかし、いったん失った信用は、取り戻すのが大変です。圧倒的な世論の支持を得て成立した民主党政権は、震災以降、その信頼が失墜し、現在では野党としてのプレゼンスすら脅かされるようになりました。

個々の専門家がいかに誠実にリスク・コミュニケーションに努めても、組織内の別の人間が信頼を失ってしまえば、組織内のみんなが総じて「御用学者」などのレッテルを貼られ、信用されなくなることもしばしばあります。信用とは、歴史的伝統的な、多くの人の積み上げによって成立するのです。もっとも、その積み上げも、ひとつの不祥事によって木っ端微塵に崩れ落ちてしまうのですが。

ですから、リスク・コミュニケーションにおいては、なるたけ失敗しないことが大事です。信用を失うことがないよう、妥当性が高くプロフェッショナルなリスク・コミュニケーションを行なわねばなりません。

いったん失った信頼を取り戻すのは大変。

とはいえ、人間が完全に失敗ゼロでい続けることはできません。それが可能なのは、リスク・マネージメントという業務を完全に放棄したときだけです。誤診をしない医者とは、患者を診ない医者のことなんです。しかしこれでは、本末転倒ですね。

自分の前任者の失敗のために(自分とは関係なく)信頼が揺らいでしまうことがあります。

厚生労働省は、1990年代の三種混合ワクチン(MMR)の副作用のために、厳しくメディアと世論から糾弾されました。そのトラウマはとても大きく、その後、担当者が交替しても、長い間、予防接種政策を改善させようというインセンティブが高まりませんでした。

2000年代後半になり、麻疹の流行や先天性風疹症候群(CRS)の問題などが起き、「予防接種をしないのもまたリスクなのだ」という理解が少しずつ広がってきました。医療者や官僚を叩いていればよかったメディアも、少しずつ見方が変わってきました。長い時間をかけて、予防接種行政にはようやく追い風が吹くようになりました。

過去の失敗からどう学べばいいのか

過去を変えることはできません。しかし、過去の失敗から我々が学ぶことはできます。過去のコミュニケーション事例を分析し、何が有効で、何がまずかったのかを検討し、将来同じ間違いをくり返さないことが重要です。

最悪なのは過去の失敗から学ばないこと。官僚がときどき陥る、「俺たちは間違っていなかった」の無謬主義に陥ること。

リスク・マネージメントにおいて、「自分たちは間違っているかもしれない」という正当な自己への疑念は非常に重要です。「俺たちは間違っていない」「間違っているはずはない」という自己正当化のロジックが強すぎると、いざプラン通りにいかなかったときも、「想定外だった」「だから仕方なかったんだ」という自己正当化が起きます。そもそも、想定していなかったということ「そのもの」が問題だったことには思いが至らなくなるのです。そうして過去の間違いに対する反省は消え失せてしまいます。同じような失敗がくり返されます。

2009年の「新型インフルエンザ」の流行時には、厚生労働省が総括会議を行ないました。そのとき、包括的な予防接種意思決定機関の日本版ACIP(予防接種諮問委員会)の設立や、国立感染症研究所と厚労省の二重構造について改善を求める意見が出されました。

その後、予防接種制度についてはだいぶ改善しましたが、日本版ACIPはまだできていませんし、できる見込みもありません。国立感染症研究所と厚生労働省の二重構造は改善されないままで、例えば本書執筆時に流行しているエボラ出血熱についても、厚労省からと(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/ebola.html)、国立感染症研究所から(http://www.nih.go.jp/niid/ja/diseases/a/vhf/ebora.html)、二重に情報が流れています。

アメリカであれば、CDC(疾病予防管理センター)のホームページを見ればOK、という情報の一元化がなされていますが、こういうシンプルな仕組みも日本にはありません。何年も前から改善を求められていますが、一向に改善は実現しません。

同様に、「新型インフルエンザ」の総括会議においては、個々の医療現場における臨機応変な対応が大切で、霞が関の官僚が机上の空論で一意的に診療のあり方を決定してしまうのはよくない、と私は意見しました。

これに対する異論は出なかったのですが、2014年8月に、海外渡航歴のないデング熱の症例が発表されると、デング熱の診療マニュアル(案)が作られました

(http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10906000-Kenkoukyoku-Kekkakukansenshouka/0000055600.pdf)。

マニュアルとは、一意的にそう行なうと決定しているものを指すのであり、診療現場がこのような「マニュアル」に拘束されるのは問題です。過去の失敗から学習していないのです(これは、ぼくらの批判を受けて、後に「ガイドライン」として改まりました。http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/dl/20140916-02.pdf)。

自己を正当化ばかりして、改善に対するハードルが高い組織は、いざ間違いを犯しても、失敗し信頼を失っても、そこから学ぶことができません。

そしてこういう体質では、リスク・コミュニケーションは絶対に上手くいきませんし、それはリスク・マネージメントの失敗そのものにも直結しているのです。

リスクを効果的に伝える3つのポイント

リスク・コミュニケーションはただ行なうだけではダメです。必ず結果を出さなければなりません。リスクを減らし、かつ不要なパニックを誘発しないような形でのリスク・コミュニケーションでなければなりません。

では、どのようにすれば、そのような効果的なリスク・コミュニケーションが可能になるのでしょうか。

まずは3つのポイントに留意しましょう。それは、

だれが聞き手なのか

状況はどうなっているのか

なんのためにやっているのか

です。まずは、「だれが聞き手なのか」 について説明します。

岩田健太郎著『「感染症パニック」を防げ! リスク・コミュニケーション入門』(光文社新書)

「敵を知り己を知れば百戦危うからず」と孫子は言いました。もちろん、リスク・コミュニケーションにおいて聞き手は「敵」ではありませんが、対峙する相手ではあります。相手のことを理解せずに、一方的にこちらからメッセージを発信しても、コミュニケーションはうまくいきません。それは一般的なコミュニケーションにおいて、相手を知らずに一方的に情報発信しても、うまくいくはずがない事実を考えれば、自明ですね。

聞き手の科学や医学に対する理解や知識、聞き手が懸念している問題、などを十分に理解することが大事です。科学の知識が十分ある聴衆に、

「インフルエンザ・ウイルスはとっても小さくて、目には見えないんだよ〜」

なんて言えば「バカにすんな」と怒られるでしょう。逆に、小学生の健康教室みたいなところで、

「インフルエンザ・ウイルスは、エンベロープを持つマイナス鎖の一本鎖RNAウイルスで……」

と説明しても、チンプンカンプンでしょう。両者を入れ替えれば、適切なコミュニケーションが可能になりますね。

相手の懸念事項を把握するのも大事です。これは後述する「メンタル・モデル」で詳しく説明しますが、

「今度、海外旅行に行くから心配」

「子どもの健康が心配」

「なんだかよく分からないけど心配」

と、人はいろいろな理由で心配しています。人によって心配の力点の置き方が違うのです。

例えば、エボラ出血熱について考えてみましょう。

海外に行くのであれば、「どこでどの感染症が流行している」という「場所」の情報が重要になります。「今、シエラレオネでエボラ出血熱が流行していて……」という感じです。ざっくりと「アフリカ」では不十分で、より正確な情報が必要とされているかもしれません。

でも、「子どもの健康が心配」な場合には、「お子さんが感染する可能性は極めて低いですよ」というメッセージで十分かもしれません。「シエラレオネ」ではチンプンカンプンかもしれませんから、単に「アフリカで流行してます」でも十分な場合もあるでしょう。

このように、聞き手によって重要度の高いメッセージは変わり、メッセージの出し方もそれに応じて変わってくるのです。

岩田健太郎

神戸大学医学部附属病院感染症内科教授