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第12週「環のパリの物語・後編」 60回〈6月19日 (金) 放送 作・吉田照幸〉



60回はこんな話

今週は特別編。
音の音楽の師匠のような存在・双浦環がパリで留学していた頃の物語。
新進画家・嗣人(金子ノブアキ)に刺激され、プッチーニの「蝶々夫人」のオーディションを受ける環。順調にオペラ歌手の道を歩みはじめる環に嗣人は嫉妬を覚える。

怖い朝ドラ

近江「怖かった。朝からドキドキしちゃった」「怖かった。怒鳴る人好きじゃない」
大吉「怒鳴る男にろくなやつはいない」

「エール」放送後の「あさイチ」での近江アナと大吉の感想は、嗣人に対して批判的なものだった。華丸だけが少しかばって、最後は柴咲コウが出ていて、昨夜再放送されていた「Dr.コトー診療所」の話で場を和ませた。

2004年放送された「Dr.コトー診療所」の柴咲コウは大きく瞳を見開いたり、口をすこし歪めたり、素直に感情を出していて、じつに初々しかった。それがいまでは、若いヒロインを導く貫禄あるオペラ歌手役。でも、この「環のパリの物語」ではそのベテランの若い頃で、コトーの頃とはまでは言わないが、何を見ても新鮮で好奇心と野心に心を燃やす若さを演じている。

落ち着いた演技もできるし、ぱっと溌剌とした若さに戻れるところがさすが。「エール」で裕一が赤ちゃんの泣き声が「ラ」の音と言っていたが、発する音の高低で人の心は変化する。柴咲コウは音楽もやっているから、そういう感覚がわかっているのではないだろうか。

嗣人を演じている金子ノブアキもミュージシャンでもある。ライブでシャウトするように感情を発露させ、迫真であった。
前編では、パリでイケイケな感じでやっている新進画家という雰囲気で登場したが、個展をやっても「ただただ凡庸」「すべてがものまね」と散々な評価。一方、環はプッチーニに気に入られ、オペラハウスで「蝶々夫人」をやれそうな可能性が開かれていた。まるで環とつきあって環に運とエネルギーを吸い取られてしまったかのようである。そもそもほとんどはったりでやってたのかもしれないが。

プロモーター? プロデューサー? のアダム(BJフォックス)に環を紹介してほしいと頼まれたり、嗣人の友人・利彦(関口アナン)、(長尾卓磨)(中村無可有)たちには環がすごいすごいと彼女の話ばかりされたりして、プライドを傷つけられていく。

カフェのマスターのフィリップ(ピーター・フランクル)にカフェで個展をやせてもらえると喜んだのもつかの間、環は最終審査に受かったと聞き、開いた差に絶望。めちゃくちゃ荒れ狂う。その姿の激しさに近江アナが怯えてしまったのであろう。

大河ドラマ「麒麟がくる」の佐久間右衛門尉信盛役ならこの絶叫芝居もハマりそうだが、朝ドラだといささか過剰に見えるかも。とはいえ、一瞬、落ちたのかなと思ってほっとして慰めたら、「合格したの」「わたし、オペラハウスに立つ」と言われたら、嫉妬もするしその自分の矮小さもいやになるし感情的になるのも無理はない。芸術家カップルあるある。


勝者と敗者

自暴自棄になる嗣人に「あなたには才能がある」と言う環。最初に出会ったとき「中途半端」って言ってたのに。

慰められてますます自棄になる嗣人。

「その優しさが人を苦しめるのに」
「君の……失敗を願ってる」
「俺は君という光の影でいるのは耐えられない」

こういうことを口に出してしまう嗣人は、やっぱり「中途半端」で「凡庸」で「すべてがものまね」の人なんだろうなあ……。ついでにいえば、嗣人がかけたわけではないが、劇伴でかかっていたサティの「グノシエンヌ」もいかにも、であった(曲自体は私はすごく好きです)。

「エール」でときおり出てくる、非凡な人の前で苦しむ平凡な人間。そんな彼らにとくに希望を与えるのでなく、そのまんま描く。裕一の弟・浩二がそうであった。音のライバル千鶴子はここまで激しいことを言ってなかったが、環に「船頭可愛や」の手柄をとって代わられた藤丸は、酔って管を巻いていた。

環の友人・里子(近衛はな)もバレエの道を諦めていて、フィリップも昔は画家になりたかった。皆、才能の差に気づいて違う道を歩んでいる人たち。

無粋とは知りながら先回りすると、「エール」とは、一握りの選ばれた天才が、敗者たちの思いも背負って“エール(応援歌)”を生み出すという物語なのであろう。たぶん、そう。きっと、そう。そういう話であることに、1万ペリカ。

「自分に嘘をつくことが一番の罪だ」

「歌を辞めてくれ」と嗣人にすがられるが、それはできない環。「私は光でいたい。傲慢ですか?」と聞くと、フィリップは「自分に嘘をつくことが一番の罪だ」と言う。

環がのちに、音が「椿姫」のオーディションを受けたとき、技術はまだまだでもその光を求める熱情に手を貸さずにはいられなかったのであろう。
憩いの場がカフェであることも、音たちと喫茶バンブーの関係と呼応していて、コンセプトはしっかりしているのである。

のちに、嗣人の個展で、蝶々夫人になった環の絵を描いた絵が飾られ、それを褒める批評家ピエールはトルシエ監督の通訳フローラン・ダバディであるとネットで話題になっていた。

「ほかは凡庸だがこの絵はすばらしい」と言うピエール。環と別れても嗣人は成功しそうにない幕切れ。かなり残酷に、光と影を描いて終わるとは。スピンオフ(特別編)はたいていほのぼのしたものが多いが、辛辣な一作であった。

嗣人を責める朝ドラ受けでなく、選ばれなかった者の哀しみを語ってほしかった。近江と大吉に華丸が加担しなかったのは、華丸大吉近江のみごとなバランス感覚ともいえるだろう。
(木俣冬)

主な登場人物

古山裕一…幼少期 石田星空/成長後 窪田正孝 主人公。天才的な才能のある作曲家。モデルは古関裕而。
関内音→古山音 …幼少期 清水香帆/成長後 二階堂ふみ 裕一の妻。モデルは小山金子。

双浦環…柴咲コウ 世界的なオペラ歌手。音が子供の頃、「蝶々夫人」のレコードを贈る。「椿姫」のヒロイン選考会の特別審査員。稽古にも参加し、音に厳しい助言をする。モデルは三浦環。


番組情報

連続テレビ小説「エール」 
◯NHK総合 月〜土 朝8時〜、再放送 午後0時45分〜
◯BSプレミアム 月〜土 あさ7時30分〜、再放送 午後11時〜
◯土曜は一週間の振り返り

原案:林宏司
脚本:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
キャスト: 窪田正孝 二階堂ふみ 唐沢寿明 菊池桃子 ほか
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」

制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和