6月17日の衆院本会議を終え、国会議事堂を出る河井克行前法相(写真:時事)

河井克行前法相と夫人の案里参院議員が6月18日、公職選挙法違反(買収)容疑で検察当局に逮捕された。

大方が予想した通りの国会閉幕直後の逮捕劇。17日に自民党を離党した河井夫妻だが、安倍晋三首相ら官邸中枢と親密だった。2019年秋の内閣改造人事での克行氏を法相に起用した責任も含めて、安倍首相には手痛い打撃となった。

「不安材料」一掃で出直し狙う

一方、夫妻逮捕への一連の経過などから「政治的に仕組まれた、政権批判へのガス抜き」(閣僚経験者)との声も出る。17日の国会閉幕に合わせて、地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」配備計画の事実上の白紙化や検察官の定年延長のための検察庁法改正案の廃案・見直しも含め、「政権の不安材料を在庫一掃することによる出直し作戦」(自民長老)ともみえるからだ。

案里氏が初当選した2019年夏の参院広島選挙区での選挙活動をめぐり、地元政界へ幅広く現金を配ったとの疑いで検察当局は18日、河井夫妻の逮捕に踏み切った。

参院選で河井陣営に異例の1億5000万円もの選挙資金をつぎ込んだ自民党本部も捜査対象となっており、安倍政権へのダメージは深刻だ。

法務行政のトップを務めたばかりの政治家の逮捕は前代未聞だ。野党も「憲政史上にもない大失態」(玉木雄一郎・国民民主党代表)として、夫妻の議員辞職勧告決議案の提出を検討するなど徹底攻撃の構えだ。

国会閉幕翌日の河井夫妻逮捕は、「すでに政治的には織り込み済み」(自民幹部)との見方も多く、安倍首相は16日、「国会議員は与党であろうと野党であろうと疑惑には説明責任を果たすべきだ」と持論を述べるにとどめた。

菅義偉官房長官も同日の記者会見で「2人とも政治家として今後も可能な限り説明を尽くしていくと思っている」と他人事のように語った。

地元では後継者探しが本格化

捜査対象ともなりかねない自民党は、二階俊博幹事長が同日、「影響を及ぼすほどの大物議員でもなければ、そんなに大騒ぎするような立場の人の行動でもない」と言い放った。

併せて、党本部からの1億5000万円についても、「党内の基準と手続きを踏んで支給した。広報誌の配布費用に充てたと報告を受けている」と支出の正当性を主張。買収疑惑は当事者の問題で、党本部の関与はないと予防線を張った。

夫妻の逮捕について、自民党内では「河井夫妻はもう一巻の終わり。離党だけでなく、次の選挙への悪影響を避けるためにも、さっさと議員辞職させるべきだ」(若手)と突き放す声が多い。すでに、地元広島では夫妻の後継者探しも本格化しており、地元は「早く厄介払いしたい」(自民広島県連幹部)のが本音だ。

こうした反応の裏には、したたかな政治的思惑も垣間見える。「今回の河井夫妻逮捕で、官邸と検察の癒着という疑惑は払しょくできる」(自民幹部)との読みだ。黒川弘務前東京高検検事長を1月に定年延長させたことによる検察人事への恣意的な介入への疑問には、「今回、検察が政権に切り込んだことが反証になる」(司法関係者)ともいえる。「河井夫妻の個人的問題に矮小化することで政権への打撃を最小限に抑える」(自民幹部)との狙いも透けて見える。

今後野党が河井夫妻問題を追及しても、安倍首相は「現在捜査中で具体的なコメントは控える」「任命責任は私にあるが、政治家の出処進退は本人の決めること」などとかわす可能性が高い。「そのまま時間が経てば、国民の関心も薄れる」(自民幹部)というわけだ。

与野党の論戦がほぼコロナ一色だった国会は、当初会期を延長せずに17日、閉幕した。野党はコロナ対応のための年末までの大幅会期延長を申し入れたが、与党は拒否。第2次補正予算に前例のない10兆円の予備費を計上し、「当面は第3次補正の編成の必要がない」(自民国対)のが理由とされる。

閉会中は野党の追及も尻切れトンボに

17日の衆院本会議で大島理森議長が国会閉幕を宣言すると、野党側は一斉に叫んだが、「予定通りの田舎芝居」(自民長老)とみられている。立憲民主の枝野幸男代表は「卑怯者、逃げるな」などと反発したが、与党が閉会中審査の毎週開催を約束したことで、内閣不信任案も出さなかった。

安倍首相は「閉会中でも求められれば、説明責任を果たす」と繰り返すが、時間やテーマが限られる閉会中審査では、野党の追及は尻切れトンボに終わる可能性が大きい。しかも、国会閉幕で与野党攻防が事実上の休戦状態となったことで、今後の政局は「衆院解散や党と内閣の人事を絡めた自民党内権力闘争に焦点が移る」(閣僚経験者)のは確実とみられている。

そうした中、政府と自民党内に大きな波紋を投じたのがイージス・アショアの突然の停止だ。河野太郎防衛相は15日、秋田、山口両県への配備計画を停止すると表明。迎撃ミサイルを発射した後、ブースターと呼ばれる推進装置を想定地域に確実に落下させられないことが判明したことが理由だ。安倍首相も16日、「これまで地元に説明してきた前提が違った以上、これ以上進めるわけにいかないと判断した」と方針転換を認めた。

事前の自民党への根回しがなかったことで、自民党が17日に党本部で開いた北朝鮮核実験・ミサイル問題対策本部(本部長・二階俊博幹事長)の会合でが異論や反発が噴出。二階氏は「国防の重要な問題を党と政府はともに進めてきたはずだが、今回は何の相談もなく一方的に発表された」と怒りを爆発させた。

しかし、河野氏は「年明けから問題があることがわかっていた」と強調。配備先となる山口県と秋田県は、それぞれ安倍首相と菅官房長長官の地元だけに、「河野氏がデータを突きつけて、首相や官房長官を説得した」(政府筋)との見方も出ている。計画は2017年末の日米首脳会談での合意を受けたもので、防衛省の現場は「突然、天から降ってきた配備計画」(有力OB)と戸惑いもあったとされる。

トランプ大統領のごり押しを安倍首相が受け入れたとされるだけに、巨額の予算措置の停止・見直しを評価する向きもある。「政権にとって、今まで嘘を言ってきたというダメージより、潔く誤りを認めたことへの評価が上回る」(首相経験者)との見方も少なくない。

河井夫妻の逮捕と前後して、公選法違反疑惑で経済産業相を辞任した菅原一秀衆院議員は16日に緊急会見を開き、自らの行為が公選法に抵触する可能性があることを認めた。菅原氏は2019年10月、自身の公設秘書が地元後援者の葬儀に香典を持参した疑いをもたれ、閣僚辞任に追い込まれた。

菅原氏は会見で、一連の行為が公選法に触れると認識していたとした上で「深く反省しています」と謝罪。ただ、離党や議員辞職は否定し、「今後は一兵卒として精進していきます」と説明した。菅原氏の疑惑については、都内の男性が東京地検特捜部に告発状を提出、現在も捜査が進められている。

「逃げ恥作戦」の集大成か

安倍首相は18日夕、国会閉幕を受けて記者会見した。まず冒頭発言の最初に河井夫妻の逮捕に触れ、「大変遺憾で、かつて法相に任命した者として責任を痛感している。国民にお詫びしたい」と神妙な表情で陳謝した。

ただ、都知事選告示と河井夫妻逮捕にメディアが忙殺され、首相会見への注目度は薄れた。河井夫妻逮捕だけでなく、持続化給付金をめぐる不透明な受注や業務委託など、首相に対する追及材料は山ほどあったが、安倍首相は用意した原稿を読み上げるスタイルを変えず、記者団との質疑も突っ込んだやりとりとはならなかった。

河井夫妻逮捕も含め、国会閉幕に合わせたような動きは、「首相得意の逃げ恥作戦の集大成」との見方も出る。「アベノマスクの配布もほぼ完了し、国会を閉じてコロナ対策の実行に専念していれば、内閣支持率低下も底を打つ」(自民幹部)との読みからだ。

安倍首相は、コロナ対応で自粛してきた夜の会合も19日から再開する構えだ。しかも、最初のメンバーは麻生太郎副総理兼財務相と甘利明自民党税調会長、菅氏とされる。第2次政権発足時に4氏の頭文字から「3A1S」と呼ばれた4人組の復活ともみえる。「原点回帰」(首相側近)することで、人事や解散時期など今後の政局運営について話し合うとみられている。

ただ、今後の政局運営は「コロナ収束や五輪中止回避ができなければ、解散もできずに野垂れ死にとなる可能性」(自民長老)は否定できない。このため、与党内には「閉店セールで不良品を整理するようなやり口は、いつまでも通用しない」(同)との厳しい声も広がっている。