Jリーグアジア戦略の歩み 後編
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 Jリーグにおける東南アジア各国の選手の活躍や、それに関わる様々なビジネスの拡大。そのきっかけとなったのは、2012年にスタートした「Jリーグアジア戦略」の活動だった。

 東南アジアとJリーグ各クラブをつないだJリーグアジア戦略は、何をやってきたのか。プロジェクトの発起人である、Jリーグパートナー事業部長・山下修作氏、立ち上げメンバーのグローバル事業統括部長・大矢丈之氏、小山恵氏の3人に、Jリーグのグローバル戦略について聞いた。

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チャナティップのJリーグでの活躍は、日本とタイに大きな効果をもたらした

<続々と結ばれた東南アジアのクラブとのパートナーシップ>

 東南アジアへ目を向けてから1年半後、Jリーグアジア戦略室は2012年からようやく本格的にスタートを切った。

 2月には、Jリーグとタイプレミアリーグがパートナー協定を締結。JリーグがすべてのJクラブにタイリーグ視察の案内を呼びかけると、湘南ベルマーレ、ヴァンフォーレ甲府、セレッソ大阪、ヴィッセル神戸の4クラブが参加した。しかも4クラブの社長が赴き、視察後すぐにアジア進出に動き出した。

 セレッソ大阪は、3月にバンコク・グラスとパートナーシップを締結。バンコク・グラスのU−14チームの組織構築をサポートしながら、責任企業(親会社)であるヤンマーが地元の農協との共催でサッカー教室を開催。そのサッカー教室を通じてU−14チームに子どもを加入させ、学校への入学もサポートした。

 するとこの活動が地元で支持され、この地域の農協ではヤンマー製の農耕機が手厚く扱われるようになったという。

 さらに翌年9月には、横浜F・マリノスがミャンマーのヤンゴン・ユナイテッドとパートナーシップを結んだ。マリノスがスクール事業のノウハウを教える代わりに、マリノスのスポンサーである医療商社・協和医療器のミャンマー進出のサポートを依頼。

 ヤンゴン・ユナイテッドはミャンマーの一大財閥・HTOOグループの系列クラブで、協和医療器の医療機器の販売をHTOOグループがバックアップ。協和医療器は利益の数%をマリノスとヤンゴン・ユナイテッドの双方に支払い、試合やスポンサー収入とは違う形で両クラブに収益を生み出すことに成功した。

 こうしたJクラブの海外進出を受けて、14年11月の経団連の提言書のなかで、アジア進出の際にJリーグを活用することを推奨する内容が掲載された。

「スポーツとの掛け合わせで企業の海外進出をサポートするのは、面白いと評価してもらえました」と言う山下は、「クールジャパンがサポートしているアニメやファッションコンテンツは”日本”をPRできます。ただ、Jクラブには必ず地域名が入っているので、”地域”を㏚できるのです。東南アジアの選手がJリーグで活躍すれば、その国での報道露出が増え、地域とその国とが結びついていきます。クールジャパンの先にある”クールローカル”の部分があるのも、経団連から認められたもう一つの理由だと思います」と語った。

 その”クールローカル”が成功した最たる例が、16年に水戸ホーリホックに加入した、ベトナム代表のグエン コンフォンだ。水戸のある茨城県は、14年からベトナム政府と、農業分野を中心に経済交流を深めるためのパートナーシップを結んでおり、サッカーが国民的な人気を誇るベトナムとの関係をさらに深めるために県から水戸へ、水戸からアジア戦略室へと相談が巡ってきた。

「そこで、ベトナムでナンバーワンのスター選手である、コンフォン選手獲得をクラブと共に企画し、サポートしました」(小山)

 コンフォンはSNSのフォロワーが150万人以上。ベトナムで知らない人はいないほどの知名度を誇る。この移籍はベトナム国内で大きな話題を呼び、県はすぐにコンフォンを”いばらきベトナム交流大使”に任命。県のPR動画などに積極的に起用した。さらにベトナム航空が水戸のユニフォームの背中スポンサーとなり、同航空会社が単一のサッカークラブをスポンサードする初の事例となった。

 茨城空港にベトナムからのチャーター便が飛ぶようになり、ツアー客が試合後に県内を観光するインバウンドにつながった。また、スポーツ文化ツーリズムアワードを受賞する大きなムーブメントとなり、水戸は県からの支援金や新規スポンサーの獲得など大きく収益を上げ、成功例の一つとなった。


ベトナムのグエン コンフォン獲得は、東南アジアから水戸への観光客増という、よい効果を生み出した(写真提供/Jリーグ)

<アジア戦略を加速させたチャナティップ>

 こうしたさまざまな事例が生まれるなかで、アジア戦略の海外展開は3つのパターンが形づくられてきた。

「一つは自治体を巻き込んでインバウンドを呼び込むパターン、もう一つは責任企業があるクラブがそこに対してプラスになるパターン、3つ目が新規パートナー獲得へつながるパターン。この3つを各クラブの特性に合わせてカスタマイズしてく形になります」(山下)

 そして、ここまでのアジア戦略でもっとも成功を収めたのが、北海道コンサドーレ札幌だ。Jリーグは14年から “提携国枠”(出場人数に制限のある外国籍選手にカウントしない)を導入し、提携国(タイ・ベトナム・ミャンマー・カンボジア・シンガポール・インドネシア・マレーシア)の東南アジア選手が加入しやすい環境を整えた。

 17年に札幌はムアントン・ユナイテッドからチャナティップ・ソングラシンを獲得。初年度はシーズン途中での加入ながらJ1残留に貢献すると、翌シーズンにはJリーグベストイレブンに選出されるほどに躍動。以来、札幌の攻撃的サッカーに不可欠な戦力として定着した。

 チャナティップは、試合以外の分野でも絶大な貢献をした。まずは札幌へのタイ人観光客が前年比49%増となった。そしてタイの大手放送局で毎節3試合が生中継されるようになり、Jリーグへの関心度は右肩上がりに上昇した。

 アジア戦略がスタートした当初の海外放映権料は1億円に満たない程度だったのが、15〜19年までの契約では年間約3.5億円に増え、2020年に新たに3年契約を結んだ際は、アジア戦略スタート当初と比べて10倍近くまで伸びている。

 もちろん、タイだけでなく、国内の企業からも注目を集めた。以前からタイに現地法人を設立して商品を展開していた「ガリガリ君」でお馴染みの赤城乳業は、チャナティップの活躍を受け、17年12月に札幌と「アジアプロモーションパートナー」を締結。タイ国内での商品イメージキャラクターとして、チャナティップを積極的に起用した。

 このようにチャナティップ効果は、インバウンド、放映権料、スポンサーシップと、あらゆるビジネスに大きな波及を生み出した。

 大矢は、「この流れに乗って少しでも多くのクラブにアジアへ進出してもらいたいと考えています」と言うが、当然ながら課題もある。

「我々から見ると、海外展開で成功できるポテンシャルを持ったクラブは、本当にたくさんあります。だからと言って我々のほうからクラブへ積極的に話を持ちかけても、そのクラブ皆が行動を起こす状況にまでは至っていないのが現状です」(大矢)

 ポテンシャルがあったとしても、クラブ自身が海外進出へ本気にならなければ成功は難しい。また、進出には当然リスクもあり、トラブルも少なくない。そこであきらめない忍耐やしぶとさが、アジア進出には求められる。

 それに伴う人材不足も大きな課題だ。アジア進出には語学以外にもそれなりの度胸が求められるという。東南アジアのリーグやクラブは、財閥のトップや元政治家などが牛耳っている。つまり、それだけの人物を相手にしても物怖じしないパーソナリティが必要になるということだ。

 新型コロナウイルスの影響により、新しい生活様式が求められるなか、Jリーグのアジア戦略も新しい発想が求められるだろう。それでも、来場者収入、スポンサー収入につづく、第3の収入源として、今後もアジア戦略が重要であることに変わりはない。

 その戦略が成功すれば、近い将来、アジア各国と共存共栄してさらに活気づくJリーグの姿が見られるだろう。
(おわり)
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