Jリーグアジア戦略の歩み 前編

 今月末からの再開を予定しているJリーグ。近年目立つのは、タイ人のチャナティップ(北海道コンサドーレ札幌)やティーラトン(横浜F・マリノス)をはじめとした、東南アジアの選手の名前を目にする機会が増えたことだ。

 この現象はもちろん偶然ではなく、選手獲得をはじめ、東南アジアとJリーグの様々なマーケット拡大を陰で支える「Jリーグアジア戦略」というプロジェクトがある。

 今回はこのプロジェクトの発起人である、Jリーグパートナー事業部長・山下修作氏、立ち上げメンバーのグローバル事業統括部長・大矢丈之氏、小山恵氏の3人に、これまでと、そしてこれからの、Jリーグにおけるグローバル戦略について話をうかがった。

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昨季の横浜F・マリノスのリーグ優勝に貢献した、タイ人選手のティーラトン

<Jのユニフォームを東南アジアへ届ける>

 山下は、2005年からJリーグのファンサイトや公式サイトの運営、プロモーションに携わるようになったが、アジア戦略のプロジェクトを立ち上げる転機となったのは、2008年のリーマンショックだ。日本経済の脆弱さが浮き彫りになり、山下は「現行のJリーグのビジネスモデルだけでは、いつか破綻してしまう」と危惧した。

 そんななか、当時の上司から「1クラブに5000万円程度配分できるビジネスを」という難題を振られる。たとえばJ1の18クラブに分配するとなると、総額約9億円の利益を上げるビジネスを考えなければいけない。かくして山下は、Jリーグの収入源である来場者収入、スポンサー収入につづく、第3の収入源の柱となるビジネスを模索することとなる。

 そこで目を向けたのが、東南アジアでのサッカー熱の盛り上がりだった。

「これまでやってきたビジネスの延長線上では9億円の利益を上げるのは到底無理だと思いました。そこでアジア各国のリーグをコンサルティングしましょうと提案しました」(山下)

 一度は突っぱねられたものの、あきらめられなかった山下は2010年代に入ってから急成長を遂げているタイリーグへの視察を考え、そのために「サポユニ for smile」というプロジェクトを生み出した。

 当時山下は、Jリーグのプロモーション業務としてSNS上でサポーターを巻き込んだ活動を主に行なっていた。そこでSNSを活用してサポーターからユニフォームを募り、その集まったユニフォームをカンボジアの子どもたちに届けようというキャンペーンを始める。そのカンボジアにユニフォームを届けた帰りに、タイに寄って視察する算段だった。

 このサポユニ活動はすぐに話題となり、ユニフォームは思いの詰まった手紙と共に集まりつづけ、その数は451着にまで増えていた。じつは肝心の届け先が決まらずに四苦八苦するのだが、ようやく届け先が決まり、単身でカンボジアを訪問。子どもたちは目を輝かせながらそのユニフォームを受け取り、学校の校庭で夢中になってサッカーをしていた。


サポーターのユニフォームを届ける活動は、広がりを見せている(写真提供/Jリーグ)

 その姿を見て山下は「サポーターのユニフォームが、子どもたちを笑顔に変えられるすごい力を持っているんですよね」と、Jリーグの新たな価値に気がついたという。

 当初はタイリーグ視察のために考えたプロジェクトだったが、Jリーグは、ここから東日本大震災の影響があった2012年を除き毎年サポユニキャンペーンをつづけた。今では届けた国は12カ国に増え、届けたユニフォームは6000着以上になった。

<Jリーグの弱みを強みに変える>

 山下はカンボジアの帰りにタイを訪れてプロリーグを視察。写真や動画を撮影し、サポーターに取材もした。それを報告書にまとめ、再度事業を提案するとその熱意が認められる。そして、2012年に「アジア戦略室」という部署が産声をあげた。

 東南アジアでのビジネスを考えた時、山下はあることに目を向けた。

「欧州リーグは、海外からの放映権料で巨額の利益を得ています。その内訳を見ると、60%近くがアジアからのお金だということがわかりました」(山下)

 そこで、アジアから欧州に流れるお金を少しでもJリーグに流入させる手はないかと考えた。さらに、アジアのリーグにJリーグのリーグ運営やコーチング、選手育成などのノウハウを売って得た収益を、Jクラブに分配できないかと考えたのが、アジア戦略室のスタートだった。

 ただ、ノウハウを売ると言っても、サッカーの中心地である欧州に敵わないのは明白。欧州にはない日本独自のセールスポイントが必要だった。この時注目したのが、日本の成長曲線だった。

「日本はその昔、タイやマレーシアに勝てない時代がありました。でもJリーグ発足を機に急成長し、ワールドカップ常連国となりました。この急激な成長曲線は、世界でも日本だけだということに注目しました」(山下)

“弱かった=強くなったノウハウがある”、”歴史が浅い=短期間で強くなるノウハウがある”、”アジアにいる=アジアで共に成長できる”。欧州と比較してそれまで弱みだと思っていた点を、捉え方一つで次々と強みに変換することができた。ノウハウ提供と言ってもおぼろげだったそのイメージが、一気に開けていった。

<ノウハウを無償で提供する>

 アジア戦略がスタートしてから早速、タイやマレーシアなど東南アジア各国のリーグへ視察に訪れた。すると驚くべき待遇を受けたという。

「僕らが訪問すると各国リーグの会長やクラブのオーナーが対応してくれたんですね。彼らは財閥の会長や有力な政治家であったりします。皇太子に会えてしまうこともありました」(山下)

 そんな各国の要人に出迎えられ、自分たちが思っていた以上に、彼らが日本の強さの理由を学びたい意欲を持っていたのに驚いた山下は、あることを思いつく。それはJリーグのノウハウを無償で提供することだった。

「ただノウハウを売るよりも、彼らとよい関係を構築するほうが大切なのではないかと思ったんです。そこでノウハウを無償で提供する代わりに彼らのビジネスネットワークを日本の企業や自治体に紹介してもらえれば、よりJリーグの存在価値を高められるのではないかと考えました」(山下)

 最初はこの無償提供の話に、各国リーグの会長やクラブオーナーは懐疑的な反応を示した。

 そんな彼らに対し山下は、日本サッカーが成長するためにアジア全体がレベルアップする必要があり、そのためにあらゆる面で日本が手を貸し、「ゆくゆくは東南アジアからワールドカップ出場国が出るよう共に成長していこう」と力説した。その見返りに、彼らのビジネスネットワークを生かして日本のクラブや企業と東南アジアのクラブや企業をつないで欲しいと話すと、彼らはすぐに理解を示し、協力的になったという。

 一方で、ノウハウを売る事業計画でスタートしたプロジェクトで、それをいきなり無償提供するという山下の案に、当然役員側からは懐疑的な意見があった。しかし、各国の事情を話すより実際に体感してもらったほうが早いと、上司らを連れて現地を訪れていった。

「試合に視察に行けば、場内アナウンスで『日本のJリーグからお客さまが来ています』と流れ、歓声があがります。普段はなかなか会えない人に会え、その国の成長や勢いを肌で感じることができます」(山下)

 そうして山下はどんどんと協力者を増やしていくと、アジア戦略へさらに力を入れていった。
(つづく)