「エール」54話 唐沢寿明が退場間近で、シリアス演技にエンジンかかってきた

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第11週「家族のうた」54回〈6月11日 (木) 放送 作・嶋田うれ葉 演出・松園武大〉


54回はこんな話

三郎が胃がんでもう長くないと知り、いても立ってもいられない裕一に、浩二は「兄さんはもうとっくに家族じゃないんだよ」と突き放す。兄弟のいがみあいをみかねた三郎は、裕一に話があると外に連れ出して……。

お父さんが病気

「酒飲まねえと健康かどうかわかんねえ」と言う三郎の台詞にはなんともいえないアイロニーがあった。
本当は「手の施しようがなく、立って歩けるのが不思議なくらい」で「気だけでもっている」状態なのだが、三郎はどんなときでもユーモアを忘れない。

今週のエールは、先週までの「エール」とは違う番組かと思うほどしっとりした画面。
静かに三郎が自室で爪を切ってるところに、裕一がやってくる。

裕一「食べたいもんでもないの?」
三郎「ハーモニカ」
裕一「うん?」
三郎「久々に聴きてえな」

一瞬噛み合わない台詞だが、三郎は裕一が子供の頃吹いていたハーモニカをもう一度聞きたいと言うのだった。親心である。

その後、眠る三郎の傍らにしばし座っている裕一。久しぶりに膝を抱えている。少年の頃の裕一そのものだ。ナイーブで、心の内を外に出せず、丸まったカラダのなかに収めていた少年時代。故郷で父といると昔の自分に戻ってしまうのだろう。窪田正孝は膝を抱えるとたちまち叙情性が立ち上る。沸いているお湯の湯気のように。

窓の外には椿の花。三郎の命のように静かに咲いている。

そこへ、うどんを持ってくるまさと音。だしは音がつくったと聞いて「いまひとつ」と言う三郎。「おいしいよ」と気遣う裕一。でも三郎はしつこく「いまひとつ」と繰り返す。嫁と舅と夫の微妙な関係性。夫がちゃんとフォローするところが大事。夫婦円満の秘訣である。

その頃、浩二は

喜多一がなくなってから役場の農業推進課で働いている浩二。養蚕農家を営む畠山夫婦(マキタスポーツ・柿丸美智恵)に果樹園にしないかと提案をするがなかなか乗ってくれない。
かつて福島は養蚕が発展していて、だからこそ、喜多一という呉服屋も繁盛していたが、じょじょに養蚕業は衰退していった。浩二はいろいろ試算して、りんご栽培を福島で行おうと考えていた。

畠山に、兄の裕一のレコードでも持ってこいと言われたときの浩二の顔は「どいつもこいつも兄さん兄さんって……」と思ったように見えた。

裕一のレコード(船頭可愛や)の話が出たところで、裕一のモデル古関裕而はりんごに関する歌を出しているんだろうかと思って検索したら、1950年2月に「りんごの花びらこぼれる駅に」(作詞/足立万里、補作・作詞/梅木三郎、歌/安藤まり子)という一枚を出していた。
リンゴの唄だとほかの作家で有名なものがあるから、この歌がどのくらいの人気だったかは私はわからない。
福島にある古関裕而記念館で売ってるお菓子「福島夜曲」は、シロップ漬けのりんごを包み込んだものだとか。りんごはここにつながっているのかもしれない。


余談だが、畠山の妻役の柿丸美智恵は、私が昨日DVDで観ていた「純情きらり」(もうすぐ夕方再放送がはじまる)に出ていたので、偶然が重なってびっくりした。

「また母さんにすり寄ってたのか」

夫の命があとわずかで、ただ黙って見守るしかないまさは、音に「怖いの」と吐露する。
川俣のことや、店のことで心労がたたったのではないかと後悔ばかりのまさ。三郎は、きっと歌やお芝居をやって楽しく生きたかったのに、無理して苦手な経営をやってきたのだろう。辛さを誰にもこぼせず、笑いでごまかしながら。
唐沢寿明はそういう男の辛さを短い出番でも確実ににじませてきて本当に巧いというか、俳優として真摯である。

「都会の医者に診せたらどうか」と裕一が心配して、またお金を差し出していると、浩二が帰って来て、「また母さんにすり寄ってたのか」と不機嫌になる。

「いっつも自分の感情ばっかで動きやがって」
「兄さんはなもうとっくに家族じゃないんだよ」

浩二は本当に悲しくて悔しくてやりきれないんだろう。とりわけ「いっつも自分の感情ばっかで動きやがって」は、それに振り回されている側のやりきれなさにあふれている。感情優先で自由奔放な人がいれば、その人が散らかした部分を片付ける人がいて、後者は損な役回りなのだけれど、世の中うまくできていて、必ずそういう役割に回る人がいるものなのである。

揉めている声を聞いた三郎は起きてきて、「飲みに行くぞ」とう裕一を誘う。
「だめよ!」と叫ぶまさ。
「大事な話があんだよ」と聞いたときの浩二の絶望というか呆れた顔。いっつも裕一優先かよ! という嘆き。すべての負の感情にあふれていた。


福島の言葉も自然にしゃべっているように感じる佐久本宝、ひとりで、韓国映画にある家族の確執みたいになっている。本来、窪田正孝も二階堂ふみもそういうトーンの芝居もできる俳優なのだが「エール」では控えめ。その分、佐久本宝がまるで「梨泰院クラス」のチャンガの会長チャン・デヒ (ユ・ジェミョン)の長男チャン・グニョン (アン・ボヒョン )と次男チャン・グンス(キム・ドンヒ)の確執みたいな熱演をしている。「エール」も突き詰めれば、家族の愛憎が「梨泰院クラス」くらいにまで行き着けたと思うが、そうはできないんだなあと少し残念。

唐沢寿明はそろそろ退場を前に「梨泰院クラス」のパク・セロイのお父さんのような哀愁を漂わせはじめる。唐突に、「梨泰院クラス」と比較をはじめたのは、「エール」福島篇の家族のドロドロ要素が「梨泰院クラス」になりえた可能性を感じてもったいなくなってしまったのである。

裕一を連れて飲みに……は行かず、お参りに行く三郎。
「もうダメだ」ってことをわかっていた三郎。
「おめえに承諾してもらいたいことがあるんだ」
唐沢寿明がシリアス演技で本気出してきた。「とと姉ちゃん」でも死ぬ場面は唐沢劇場だったが、再び唐沢劇場が始まりそう。
三郎と裕一の手前にしだれ桜を映したカットで54回は終わる。53回の椿に続く花シリーズ。
そういえば「エール」は4K撮影。こういうきれいな風景をたくさん撮ってくれないと意味がない。
(木俣冬)

東京編の主な登場人物

古山裕一…幼少期 石田星空/成長後 窪田正孝 主人公。天才的な才能のある作曲家。モデルは古関裕而。
関内音→古山音 …幼少期 清水香帆/成長後 二階堂ふみ 裕一の妻。モデルは小山金子。

●福島の人々
藤堂清晴…森山直太朗 裕一の担任。音楽教育に熱心で、裕一の音楽の才能を「たぐいまれなる」と評価する。一時、教師を辞めて実家に戻ろうと悩んでいたが、まだ教師を続けている。

古山三郎…唐沢寿明 裕一の父。福島の呉服屋・喜多一の三男坊。兄ふたりが亡くなったので店を継いだ。商売がうまくなく借金で喜多一が窮地になり、そのかたに裕一をまきの実家の養子に出す。

古山まさ…菊池桃子 裕一の母。実家がお金持ち。三郎や兄の茂兵衛の言うままで主体性がない。

古山浩二…佐久本宝 古山家の次男。裕一の2歳下。喜多一を継いだことで割りを食い、兄ばかりがやりたいことをしていると不満を募らせる。喜多一をたたんだのち、役場で働く。

落合吾郎…相島一之 権藤家が経営している川俣銀行の支店長だったが転職。自暴自棄な裕一に優しく接する。独身。
菊池昌子→藤堂昌子…堀内敬子 川俣銀行事務員だった。バツ3だったが藤堂と結婚。妊娠中。
鈴木康平…松尾諭 川俣銀行行員だったが転職。ダンスホールで出会った女性と結婚したが離婚。
松坂寛太…望月歩 川俣銀行若手行員だったが転職。かつて、裕一の情報を茂兵衛に報告していた。

大河原隆彦…菅原大吉 喜多一の番頭。実直な人物。

楠田史郎…大津尋葵 小学校で裕一を虐めていたが、福島ハーモニカ倶楽部で裕一と仲良くなる。

佐藤久志… 山崎育三郎 裕一の小学校に転校してきた。県会議員の息子。東京で裕一と再会する。

村野鉄男… 中村蒼 魚屋・魚治の息子。父の都合で夜逃げ。川俣で新聞記者になっているとき裕一と再会。「福島行進曲」の作詞をして東京に出てくる。

権藤茂兵衛…風間杜夫 まさの兄。資産家。妻が病弱で跡継ぎが生まれないことが悩みの種。


番組情報

連続テレビ小説「エール」 
◯NHK総合 月〜土 朝8時〜、再放送 午後0時45分〜
◯BSプレミアム 月〜土 あさ7時30分〜、再放送 午後11時〜
◯土曜は一週間の振り返り

原案:林宏司
脚本:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
キャスト: 窪田正孝 二階堂ふみ 唐沢寿明 菊池桃子 ほか
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」
制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和