映画最大手の東宝は6月5日に約50日ぶりに営業を再開した(記者撮影)

新型コロナウイルスによる影響で4月18日から全国で営業休止していたTOHOシネマズ。6月5日、51日ぶりに再開された東京都内のTOHOシネマズに足を運ぶと、金曜の夜にもかかわらず人影はほとんどなかった。

上映されている映画館はいずれも空席があるようだ。夫婦やカップル、友人同士など2人以上で映画館を訪れている人がいないことも通常時とは異なることを感じさせる。仕事終わりの人などで賑わうレイトショー上映が休止されていることや、新作映画が上映されていないことも客足が少ない理由だろう。

コロナが業界最大手の東宝を直撃

単にモノを買うのではなく、体験することに重きを置く「コト消費」の需要増を背景に大きく伸びていた映画。2019年の興行収入は2000年以降ではもっとも多い2611億円を記録した。だが、2020年はその好調が続かなかった。東京など7都府県では4月7日から、全国では4月16日に発令された緊急事態宣言に伴い、多くの映画館が営業休止した。


中でも打撃が大きかったのは業界最大手の東宝だ。2019年の邦画興行収入トップ10のうち、東宝の配給作品は「天気の子」や「名探偵コナン 紺青の拳」など7作品を占めた。2020年2月期の東宝の業績は、営業利益、経常利益ともに過去最高を更新。従来から人気コンテンツを独占しており、「(2019年も映画業界は)東宝の一人勝ちだ」(映画会社関係者)と他社からはうらやまれるほどだった。

しかし、新型コロナウイルスによって状況は暗転する。映画の配給の延期や舞台の中止、映画館の休館などが相次ぎ、2021年2月期の業績予想を公表できないでいる。東宝は6月から1年間、社長以下の役員報酬の減額にも踏み込んでおり、危機意識の大きさがうかがえる。

東宝は1932年の設立。祖業は東京宝塚劇場であり、演劇や映画興行のイメージが強いが、同社の事業は大きく分けて3つある。映画と演劇、それに不動産だ。

新型コロナウイルスはこのうち、映画と演劇を直撃した。2020年2月期の営業利益のうち、映画事業が約6割、演劇事業が1割弱を占めており、その影響は計り知れない。

演劇は2月28日から公演中止が始まり、16もの作品が中止になっている。緊急事態宣言は解除されたが、稽古などには準備期間が不可欠なため、7月までの公演中止が決まった。

映画も同様に厳しい。東宝傘下のTOHOシネマズでは、7都府県で緊急事態宣言が発令された4月7日以降、当該地域の32館が営業休止に。緊急事態宣言が全国に拡大した4月16日以降は、共同経営含め70館が休館となった。

2019年に興行収入93.7億円を叩き出し、同年の邦画2位を記録した「名探偵コナン」は、2020年4月公開予定だったが、2021年4月に映画の公開が延期された。


こうした状況によって、2020年3〜5月には映画事業と演劇事業合わせて113億円あった営業利益の大半が失われた計算だ。とくに、演劇事業は9月まで一部の地方公演は中止になっており、今後どこまで影響が拡大するか見通しが立っていない。

映画館の座席は半分も埋まらない

TOHOシネマズでは、前後左右に1席ずつ間隔を空けて座席を販売するため、販売座席数は通常の半分程度になる。映画館を再開したとしても、売り上げの大幅な減少は避けられない。

東宝の広報担当者は「ヒットする新作の公開もされていないため、(座席数が半分になっても)すべてが埋まることはあまりないだろう」と語る。映画館が再開されても、今後また新型コロナの感染が拡大すれば休館せざるをえない可能性は残っており、苦境は続いている。

競合に目を向けると、松竹の場合、利益の柱はオフィス賃貸を中心とした不動産事業だ。同事業からあがる営業利益が全体の6割超を占め、歌舞伎や映画事業を支える形になっている。東映も、子会社である東映アニメーションのアプリゲームなど、版権事業が営業利益の半分以上を占める。

これに対し、東宝は「名探偵コナン」や「ドラえもん」など、毎年ヒットが期待できる映画作品が多い。さらに、東宝傘下であるTOHOシネマズなど映画館の規模も大きい。

松竹が運営する映画館が27館、東映が25館であるのに対し、東宝は74館(共同経営含む)と3倍近い大きさだ。2020年夏には17.5億円を投じて池袋で新しい映画館をオープンするなど、映画館ネットワークはさらに広がっている。

しかし、映画館の多くは休業中も家賃などの固定費がかかるため、映画館数が多いと、こういう事態においてはその固定費負担が重荷となる。ある映画会社の社員は「(自社と比べ映画館数が多い)東宝はその分だけ苦しいだろう。うちはまだマシだ」と話す。

新型コロナウイルス下で、東宝の収益を下支えしているのが不動産事業だ。映画館の跡地などを活用し、ビル運営を行っている。ゴジラがトレードマークとなっている新宿東宝ビルには、ホテルグレイスリー新宿がテナントとして入っている。

また、道路の修繕工事などを行う道路事業も需要が底堅く、安定して収益を生み出している。そうした不動産賃貸を中心にした不動産事業は2020年3月期は全体の3割に相当する186億円もの営業利益をたたき出した。

保有する賃貸用不動産の空室率は1〜2月は0.1%台ときわめて低い水準で推移するが、新型コロナの影響でテナント撤退などの動きが今後起きる可能性もある。賃貸用不動産では「(東宝にも)賃料減免の依頼が来ている」(同社広報)ため、そうした対応も必要不可欠だ。少なからぬ影響は覚悟しなければいけない。

見えぬコロナ後の映画ビジネス

5月の映画興行収入が前年同期比99.4%減だったことや、公演の再開見通しが立たないことなど不安要素は尽きない。それでも、手元資金が700億円近くあることや3700億円もの土地含み益があることなどを考えると、直ちに借り入れで資金を調達する必要はなさそうだ。

東宝も「(不動産など)担保を提供しての借り入れは今のところ念頭にない」(同社広報)と話す。2020年2月時点での借入金は35億円程度と極めて少なく、潤沢な資金力と不動産の含み益を背景に映画館の休館などの事態を乗り切る構えだ。

東宝にとって今後の問題は資金手当というよりも、コロナ後の映画館ビジネスの姿が見えないことだ。緊急事態宣言が解除され、映画館が再び開館し始めたが、感染再拡大によっていつ閉館に追い込まれるかはわからない。

当面は客数を制限するなど新型コロナウイルスの感染拡大を防止しながら映画館を営業していくことが現実的だが、ハリウッドをはじめとする有力映画の製作もストップしており、2021年以降に大型作品が配給されるかどうかも不安材料の1つだ。

映画館にこだわっていると、東宝といえども足元をすくわれる可能性は否定できない。コロナ後の映画ビジネスを占うような、新しい動きも出ている。

東宝のライバルであるKADOKAWAと松竹は4月、両社が共同で配給した「Fukushima 50」を映画館で公開と同時にAmazonプライムなどで期間限定でネット配信した。2日間にわたってレンタルが可能な仕組みで、料金は映画でのチケット代に近い1900円。通常、DVD化やテレビ放送、配信などは映画館での公開から時間を置いて行われることが慣例だが、Fukushima 50はこれを破った格好だ。

映画会社にとってネット同時配信は「禁じ手」

通常の映画配給では、興行収入を映画館と配給会社が半々で分け合う。興行収入が20億円の場合、配給会社は10億円程度を得る。配給会社はそこから宣伝費など諸経費を差し引き、もしそこで利益が出なくともDVDや配信権の販売などで補う。しかし、ネット同時配信の場合は、映画館と興行収入を分け合う必要がなくなり、配給会社や出資者により多くの取り分が残る。


東宝は映画館の営業再開に合わせ、感染予防の取り組みを顧客に呼びかけている(編集部撮影)

だが、映画会社にとって、Fukushima 50のような動きは「禁じ手」(映画会社幹部)だという。実際のところ、Fukushima 50以降、映画館で放映中の作品をネット配信する動きは非常に少ない。

その理由は大手映画会社が映画館も運営しているためだ。配給会社としては多くの利益を生むネット同時配信だが、映画館の運営会社にしてみれば優良コンテンツを独占できないことになる。映画館の需要を食いつぶしかねないため、多くの映画館を持つ東宝のような会社はネット同時配信に消極的にならざるをえないのだ。「配信でFukushima 50が大ヒットして、映画館がいらないということになるのは困る」(前出の関係者)。

東宝は「東宝が配給する作品は、最も投資回収率の高い『映画館』という窓口で興行を行うことを前提に製作している。配信を前提とした作品が増える可能性はあるが、(映画館と同時に)同時配信を行う予定はない。」(同社広報)としている。配給会社として最大手で、傘下に映画館を抱える東宝がネット同時配信に乗り出す可能性は低いようだ。

とはいえ、映画館を取り巻く環境や映画ファンのニーズはかつてないほど激変している。「コロナ後」の映画ビジネスをどう作り上げるのか。映画業界の雄・東宝の具体的な次の一手はまだ見えない。