同じ有料音楽ストリーミングサービスでもSpotifyとApple Musicでは異なる。正しくは「異なっていた」というべきかもしれない。Spotifyの長所を取り入れたApple MusicのSpotify化が進んでいるからだ。

Spotifyの良さはパーソナライズである。ユーザーの音楽の好み、気に入っているアーティストや評価した曲、音楽の聴き方などを学習し、ユーザーの好みに合わせた絶妙なプレイリストを提案してくれる。極端に言うと、日々パーソナライズが進む「メイド・フォー・ユー」セクションに作られるプレイリスト「My Daily Mix」を聴いているだけで、音楽を聴く欲求が満たされ、自分が知らなかった音楽も見つけられる。難しいこと抜きで、シンプルに音楽を楽しめる。

私も今の音楽ストリーミングサービスが大好きだ。ただ、Spotifyの長所は見方を変えると短所でもある。音楽に詳しくなくても簡単に音楽を楽しめる一方で、自分の音楽コレクションを築き上げるような音楽ファンのニーズは満たしてくれない。

例えば、私はCDを買っていた頃に「チャド・ブレイク」がクレジットされている曲を片っ端から聴いていた時期があった。プロデューサーであったり、レコーディングエンジニアだったり、キーボードを弾いていたり、チャド・プレイクの役割は様々。音楽もフォークからロック、ラテン、エクスペリメンタル的なものまで様々だったが、チャド・ブレイクが関わる作品はどれも面白かった。そんなオタク度の高い音楽の聴き方をSpotifyに求めるのは難しい。

でも、Beatsが提供していた音楽ストリーミングサービス「Beats Music」では、そのニーズがある程度満たされた。Beats Musicは音楽の専門家がキュレーションしたオススメやプレイリストを提供して、ヘビーな音楽ファンもうならせるものが多数あったのだ。AIは人では見つけられない相性の良い音楽を掘り出してススメてくれるが、AIでは提案できないオススメがあることをBeats Musicは証明した。AppleがBeatsを買収し、専門家によるキュレーションはApple Musicに引き継がれたはずなのだが、残念ながら今のApple MusicからBeats Musicの良さを見いだすことはできない。

Beats Musicのようであり、Spotifyのようであり、そしてiTunesも引きずっている今のApple Musicは悪く言うと中途半端。そう感じていたら、レコードを買っていた頃からの知り合いから「MusicSmart」というアプリを勧められた。作詞者/作曲者、プロデューサーやレコーディングエンジニア、参加ミュージシャン、レーベル、出版社、その曲に関する情報や解説文など、音楽の詳細データにアクセスできるアプリだ。秀逸なのはiOSのアクションに対応しており、Apple Musicで表示している曲から直接MusicSmartを利用できること。昔、作品としての質が高いレコードやCDには充実したライナーノーツが入っていて、それを読んで同じプロデューサーが関わった別の作品を聴いてみるなどして自分の音楽の世界を広げていた。それと同じことをApple Musicでできて、とても楽しい!

「チャカ・カーンより2年前にポインターシスターズが録音しようとしていた」といったトレビアも読める「MusicSmart」、サンプリングに使われた曲も確認できるのは昔にはなかった情報

しかも、MusicSmartではその曲のカバー、そしてサンプリングに使っている曲まで確認できる。例えば、チャカ・カーンの「I feel for you」から、それをサンプリングに使っているEminemの「Bagpipes from Baghdad」や電気グルーヴの「かっこいいジャンパー」を聴くということが起こる。そんなオススメをSpotifyや素のApple Musicから得るのは難しい。

○たかがメタデータ、されどメタデータ

とはいえ、プロデューサーが誰とか、レーベルがどことか、そんなところにこだわるのはシンプルに音楽を楽しみたい多くの人達から見たらうるさすぎる音楽オタクであり、ある意味迷惑な存在である。だから、SpotifyやApple Musicのような音楽サービスは音楽の詳細データを重視せず、プレイリスト共有のようなソーシャルな機能を充実させているのだろう。

詳細なデータを示しても確認する人はほんの一部。カジュアルに音楽を聴く今の音楽ストリーミングサービスの楽しみ方を考えると、カタい情報が重視されないのは分かる。でも、もの作りに関わった人達や会社も作品の価値の一部である。だから、本や雑誌には必ず奥付があり、スティーブ・ジョブズは初代Macintoshのケースに開発チームメンバーの名前を刻み込んだ。

The Vergeの「Metadata is the biggest little problem plaguing the music industry」という記事によると、音楽産業ではメタデータの重要性が認識されていない状態が長期間にわたって続いており、それによってアーティストやエンジニアが数十億ドル規模の収入を失っているという。レーベル、Spotifyなど音楽サービス、著作権を管理するASCAPやBMIとった団体のデータベースで統一されたデータ仕様がなく、音楽サービスで再生されてもメタデータの違いで支払われるべき著作権料が行き場を失うことが起こる。

例えば、ケイティ・ペリーの「Firework」には作曲者が5人クレジットされていて、それぞれが所属するDowntown Music (14.1%)、Peer Music (25%)、Sony/ATV (33.34%)、Ultra Music (2.5%)、Warner-Chappell (25%)が著作権料を分け合っている。そんな複雑な支払いが音楽ストリーミングサービスでも確実に実行されるようにメタデータの記述が定められなければならないのだが、現状はアーティスト名のミススペルすら見逃されているような状態だという。見方を変えると、統一されたメタデータを運用するしっかりとした基盤が整えば、レーベルやレコード会社の垣根を越えたコラボレーションが促進される。

6月3日には音楽出版・レコード大手Warner Music GroupがNASDAQ市場に上場、投資家の買い意欲を反映して3日の終値は公募価格を20%超も上回った。CDやデジタル音楽ダウンロードの売上が下降するようになってからはライブがアーティストの大きな収入源になっていたが、近年の音楽配信サービスの成長で、新型コロナ禍によるコンサート中止も不安材料と見なされなかった。音楽産業は新たな安定が見通せるようになってきた。だからこそ、これからの成長の基盤となるメタデータ仕様の統一、入力の正しさを検証し管理する仕組みの確立が重要になる。