サッカー日本代表・心を揺さぶられたベストゲーム
第8回:
2018年7月2日 ロシアW杯決勝トーナメント1回戦
日本2−3ベルギー

見る者の想いを背負い、世界トップクラスを目指して走りつづけてきたサッカー日本代表。その長い戦いのなかで、歴史を大きく動かした名勝負がある。このシリーズでは、各筆者がそれぞれの時代のベストゲームを紹介していく。

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 2018年7月2日、ロシア・ロストフ。筆者は、20年以上のスポーツ取材で、あれほど試合中に声を出し、興奮し、隣の席の見知らぬ記者と抱き合ったことはない。リミッターを外すだけの力があった。

 ロシアワールドカップ、ベスト8進出をかけたベルギー戦は、「マイ・ベストゲーム」と言える。

 後半途中まで、日本は2−0とリードしていた。胸を張れる戦いで、勝利が見えたところだった。そこで、ベルギーの猛反撃を食らう。後半24分から5分間で2点を返され、同点に。そして、アディショナルタイム。日本は、CKで勝ち切るチャンスから一転、強烈なカウンターを浴び、仕留められた。2−3で敗れ、史上初のベスト8の夢は潰えた。

 幕切れが劇的だっただけに、そこがクローズアップされるが、1試合を通じ、これほどサッカーの醍醐味を感じられたことはない。その8年前、2010年南アフリカワールドカップでもパラグアイと延長PKまでもつれたことを考えれば、その時のほうが記録突破には近づいたのだが、ベルギー戦の記憶は格別だ。

 日本人であることを誇りに思った。そして同時に、考えてしまう。

 我々、日本が勝つことはできたのか?

 日本は強豪ベルギーを相手に、序盤から一進一退の攻防を繰り広げている。1トップの大迫勇也を中心に前線からのプレスでパスを分断し、防御線を破らせない。ワイドから抉(えぐ)る相手にも、右サイドバックの酒井宏樹が、FWエデン・アザール、MFヤニク・カラスコを相手に、一歩も引かなかった。

 そして、卓抜としたボールプレーヤーたちが躍動する。前半31分には、MF香川真司が相手DFと入れ替わり、左サイドでボールを運ぶと、DF長友佑都を攻め上がらせ、左足クロスからMF乾貴士がヘディングで狙う。押し込む時間帯もあった。

 もっとも、日本が攻撃を浴びせるたび、ベルギーもパンチを打ち返してきた。GKティボー・クルトワ、MFケビン・デ・ブライネの2人のカウンター意識はとくに高かった。彼らの逆転攻勢への動きは機敏で、それは確実に日本を脅かし、フィナーレへの伏線となるのだが……。

 この時点では、お互いが”殴り合って”いた。

「前からいって、みんなで走って、ボールをつないで、自分たちが目指すサッカーをやり切った」

 長友は、自らの言葉をかみしめるように吐き出した。


原口元気のゴールで日本が先制したが...

 後半、カオスな展開の試合で優勢に立ったのは日本だ。後半3分、左サイドで、乾が戻っての守備。奪ったボールをMF柴崎岳につなげる。柴崎のスルーパスはベルギーDFにカットされたかに見えたが、裏を走るMF原口元気に通る。原口は腰を入れた右足シュートをファーサイドに打ち込んだ。

 その4分後、乾がクロスを送るもクリアされ、これを香川が拾い、再び乾へ。乾はミドルレンジから右隅にボールをコントロール。飛びつく名手クルトワをあざ笑うように、2−0とした。

 しかし、後半20分から試合は急転する。ベルギーは、長身巨躯のマルアン・フェライニ、爆発的走力のあるナセル・シャドリを2枚同時投入。日本を浮足立たせた。

「タクティカルなゲームではなかったね。我々は0−2でリードされて、解決策を探す必要があった。そこで、状況を変えられるのは、ベンチでの采配だったと思う。ただ、戦術うんぬんより選手個々の力量に委ねられていた」

 ベルギーのスペイン人指揮官、ロベルト・マルティネスはそう明かしている。机上の戦術で語れない。運命のようなものが、ピッチで蠢(うごめ)いていた。

 日本は、単純な高さとスピードにたじろぐ。クロスの対応に苦慮し、CKが続いた。後半24分、CKにGK川島永嗣が飛び出して弾くが、クリアはクリアにならない。エリア内で浮き球になったボールを、最後はヤン・フェルトンゲンにヘディングされ、川島の頭上を無情にも越えていった。

 さらに5分後、再びCKをクリアするも拾われ、左サイドをアザールに破られ、折り返しをフェライニに頭で叩き込まれた。

「日本はとてもいいチームだった。戦術的にとても整然としていた。我々は容易にスペースを見つけられなかった」

 クルトワが試合後に明かしたように、日本は組織ではよく守ったが、パワープレーに押し切られ、同点に追いつかれた。

 日本は劣勢に立った。しかし後半36分、交代出場したMF本田圭佑が再び、希望の灯をともす。右サイドでタメを作り、インサイドに走り込んで左シュートを浴びせる。そして、アディショナルタイムには、FKからぶれ球でクルトワを脅かした。

 そうして、最後のプレーになるはずだった左CKで、運命は転ぶ。

 本田が蹴った左足キックを、クルトワが難なくキャッチ。クルトワは素早く前に出て、カウンターの起点を探し、右を走るデ・ブライネへ。デ・ブライネは猛然と走りだし、日本の選手を置き去り、MF山口蛍を引きつけて右のムニエへ。瞬間的に、4対2の形を作った。中で待つFWロメル・ルカクがMF長谷部誠に対応されると、クロスをスルー。裏から走りこんだシャドリが叩き込んだ。

「ロストフの14秒」

 日本が散った瞬間を指し、この試合はそう形容される。

 たら・れば、で言えば、本田は側にいた香川とのショートコーナーを考えるべきだった。時間を考慮し、直接入れるよりも、リスクヘッジできる。攻め切る覚悟で、ショートを選ばなくてもよい。素振りさえ見せれば、近くにいたデ・ブライネがボックス内に下がり、カウンター体制を取ることもなかった。戦術的判断で、クルトワ、デ・ブライネの伏線を消すこともできた……。

 しかしこの一戦は、一点では語れない。あらゆる局面にサッカーが凝縮されていた。戦力差、試合運び、采配、どれも語るべき価値があるのだ。

 一方、現地にいた取材者としては、語れば語るほど無粋にも思える。強豪と死力を尽くして渡り合う。その姿は、心に訴えるものがあった。

「大会が始まる前、自分たちは期待されない存在だった。怖いのは日本サッカーへの無関心。大会が終わって、日本に誇りを持ってくれたと思う」

 主将である長谷部は、落胆と安堵が入り交ざった表情で語っていた。

 ロストフでのベルギー戦。それは、過去の集大成で、未来への足掛かりだ。