02年シーズンの名古屋とのラストマッチで、勝利をもたらすPKを決めたのも中山だった。(C)J.LEAGUE PHOTOS

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 5月28日発売のサッカーダイジェスト本誌では『Jリーグ歴代最強チームはどれだ?』と題し、現役選手や元日本代表など総勢50名に“歴代最強チームベスト3”を選んでもらった。選者50人の回答結果をポイント形式で集計し、堂々の1位に輝いたのは、史上初の両ステージ制覇を成し遂げ、“完全優勝”を果たした「2002年のジュビロ磐田」だった。

 本企画では選出チームのMVPやMIPの選手もセレクト。02年の磐田からは同シーズンでリーグMVP&得点王に輝いた高原直泰や司令塔の名波浩を選ぶ選者が多くいた一方で、チームの精神的支柱で、得点源としてはもちろん、前線からの精力的なディフェンスでも高い貢献を示した中山雅史の名前も挙げられた。磐田の今野泰幸は「何度も裏を狙う動きも質が良くて、相手からすると本当にやっかいなFW」、解説者の福田正博氏は「泥臭いプレーがアクセントになっていた」と称賛した。

 中山自身はこの02年シーズンを振り返り、「どっちかというと、僕はついていくようなタイプだった」と語る。「“ゴン・タカ”(中山と高原)は強烈で、誰も止められなかった」(福西崇史氏)という高原とのコンビについては「僕自身は“おんぶに抱っこ”だったかもしれない。ほぼあいつに任せている部分もあった」と回想。当時35歳という年齢で「とにかく精一杯やることをやらないと、このチームでは生きていけない」という危機感もあったようだ。
 
 試合でもトレーニングでも、必死にプレーした。年長者という立場を理解し、「フィジカル練習とか、いろんな苦しい部分でやっていれば、みんなもやらざるを得ないだろう」という責任感も自覚しながら日々を過ごした。

 記録したゴール数は、得点王を獲得した高原(26得点)と比べて、16得点と際立つ数字ではなかったかもしれない。ただ、随所で持ち前の勝負強さを発揮し、自らのゴールでチームに勝点と勢いをもたらしていた。

 圧倒的な強さを見せた02年の磐田は、一度も連敗をしなかった。黒星はわずか3つで、負けた後の試合は必ず勝利を収め、いずれの試合でも中山はゴールネットを揺らしている。

 4月に横浜に1-3と敗れた後の浦和戦(〇3-2)では、リードを許す展開で試合を振り出しに戻す2発の同点弾をゲット。その浦和に9月の対戦で1-2と屈するが、次の清水との“静岡ダービー”(〇2-0)で完勝に導く2ゴールを叩き込めば、1-2と競り負けた10月の市原戦の翌週に行なわれた仙台戦(〇3-2)でも1ゴールを記録している。
 
 ちなみに、多くの注目が集まる清水との“静岡ダービー”では、7月のゲーム(〇3-1)でも2ゴールを挙げれば、先述の市原戦での敗戦でチームは首位陥落も、その後、再びスタンディングのトップに返り咲く広島戦(〇1-0)で決勝点を決めたのも中山だった。

 その後の磐田は周知のとおり、連勝を重ねて一気にラストスパート。第2ステージ14節のホームでの東京V戦を1-0で勝利し“完全優勝”を達成する。すでにタイトルを手にしていたが、最終節の名古屋戦も3-2と勝ち切ってみせる。2-2で迎えた終了間際のPKの場面、このメモリアルシーズンのラストゴールをねじ込んだのも、やはり中山だった。

 ここぞという勝負どころで存在感を見せつけ、シーズンの頭から“完全優勝”だけを狙っていたチームを何度も救っていたのは紛れもない事実だ。もっとも、当の本人は「どうなんでしょうか。チームとして、かなりチャンスをくれているわけで、たまたまと言えば、たまたまかもしれません」と謙遜する。

 また、「大事な時に決めればチームの勢いがつくし、そういう重責を担っていた部分はあります」と言いつつも「ゴールを決めることができたのは嬉しいけど、それよりも外しすぎなんじゃないかという思いもある」という反省の弁も。

 現状よりも常に高みを目指すこうした貪欲な姿勢が、52歳となった今も現役を続ける原動力になっているのだろう。

取材・文●広島由寛(サッカーダイジェスト編集部)

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