楽天モバイルの「完全仮想化」は実現すると何が変わるのか(佐野正弘)

携帯電話事業に参入し、2020年3月に本格サービスを開始した楽天モバイル。基地局整備の遅れなどさまざまなトラブルが相次いだ一方、300万人は料金プラン「Rakuten UN-LIMIT」を1年無料で利用できるようにしたり、オリジナル端末「Rakuten Mini」を1円で提供するなどの大盤振る舞いぶりでも何かと話題となっているようです。

▲2020年3月3日に本格サービス開始を発表した楽天モバイルの三木谷浩史氏。同社は大盤振る舞いな施策やトラブルなど、さまざまな側面で現在も高い注目を集めている

その楽天モバイルが、従来の携帯電話会社との大きな違いとして打ち出しているのが「完全仮想化」です。同社のテレビCMでも完全仮想化を強く打ち出していることから、その言葉自体を耳にしたことがある人は多いかと思いますが、携帯電話業界に詳しくない人には何のことかさっぱり分からない......というのが正直なところではないでしょうか。

そこで今回はモバイルネットワークの仮想化と、そのことが我々に与える影響について解説します。

▲楽天モバイルは「完全仮想化」のモバイルネットワークを構築したことを強みとしてアピールしている

携帯電話の仕組みをおさらい

その前に、携帯電話のネットワークの仕組みをかなりざっくり説明しておきましょう。モバイルネットワークではスマートフォンなどの端末と、アンテナや基地局などを備えた「無線アクセスネットワーク」が電波を通じて無線で通信し、その情報を「コアネットワーク」に送って処理することでインターネットに接続したり、他社のネットワークと接続して音声通話をしたりする仕組みとなっています。

そして無線アクセスネットワークやコアネットワークに用いられる設備は従来、それぞれの目的に合わせて作られた専用の機器を用いて構築されてきました。エリクソンやノキア、ファーウェイ・テクノロジーズなどがそうした通信機器を提供する大手ベンダーとして知られています。

▲携帯電話のネットワークは従来、携帯電話会社が通信機器ベンダーから専用の機器を調達して構築していた。エリクソンなどがそのベンダーの代表例となる

ネットワーク仮想化とは

そうした携帯電話業界の現状を大きく変えると見られているのが、ネットワーク仮想化(Network Functions Virtualization、NFV)という技術です。これはモバイルネットワークに用いられてきた専用の機器を、汎用のサーバーと、各機能の代わりをするソフトウェアに置き換えてしまおうというものです。

NFVの発想自体は2012年頃より存在しており、2016年にはNTTドコモが商用ネットワークへの導入を進めるなど、既存の携帯電話会社もネットワークの一部で導入しているものです。ですが楽天モバイルは、アンテナなど物理的な機器が必要な部分を除く、全てのネットワーク設備をNFVにしてしまったところが大きく違っています。

▲NTTドコモは2014年にNFVの導入を発表しており、2016年には商用ネットワークの一部にNFVを導入している

なぜ携帯電話会社がネットワーク機器の仮想化を進めるのか

なぜ携帯電話会社がネットワーク機器の仮想化を進めるのかというと、理由の1つは機器調達やメンテナンスにかかるコストが抑えられることです。特定のベンダーから専用の機器を購入してネットワークを構築すれば、その分高い安定性が得られる一方、ベンダーへの依存度が高くなり調達コストを下げにくいという難点もあります。

ですがNFVでは汎用のサーバーを用いるため特定企業への依存がなくなり、その分安価な機器を調達できることから調達コストが大幅に抑えられるのです。調達コストが安ければネットワークを構築・運用する費用も安く抑えられるので、その分安い料金でサービスを提供できる可能性が高まるといえるでしょう。

そしてもう1つは、ソフトウェアを追加するだけでさまざまな機能を追加・変更できることです。従来、ネットワークに新しい機能を追加するにはハードウェアの追加や変更が必要でしたが、NFVではソフトウェアを変えるだけで済んでしまうのです。

例えば楽天モバイルは基地局設備にもNFVを用いており、現在は無線通信処理をしている設備を、ソフトウェアの追加でモバイルエッジコンピューティング(MEC)用のエッジサーバーにも活用しようとしています。

MECは5Gの特徴の1つであり、自動運転や遠隔医療などに欠かせない「超低遅延」を実現するのに不可欠な技術とされていることから、NFVで基地局設備をMECとしても活用できるようになることは、改めてMECを設置する必要がないことから、将来楽天モバイルの強みとなる可能性が高いのです。

▲「MWC 2019 Barcelona」で楽天モバイルが公開した無線アクセスネットワークとコアネットワーク用のサーバー。前者はソフトウェアの追加でMECとしての活用も念頭に置かれている

また、NFVの全面採用によって、極端なことを言えばアンテナより先のネットワークをクラウドとして展開することも可能になってきます。そうすれば、携帯電話会社は基地局だけを設置し、コアネットワークはクラウドから借りて携帯電話サービスを提供する、モバイルネットワークの「AWS」化も可能になるわけです。

実際、楽天モバイルは、NFVによって自社のネットワークをコンテナ化し、他の企業などに提供する「Rakuten Communications Platform」(RCP)を構築し、国内外の通信企業などに提供しようとしています。2020年6月3日にはNECと共同で、RCP上で動作する5Gのコアネットワークを構築することを発表するなど、モバイルネットワークのプラットフォーム化を積極的に推し進めようとしている様子がうかがえます。

▲楽天モバイルは仮想化されたネットワークをプラットフォームとして国内外の通信事業者に提供する「Rakuten Communications Platform」を展開。用途に応じて必要な機能を追加できる仕組みなどが設けられるようだ

仮想化技術はMVNOにも恩恵をもたらす可能性

ちなみに仮想化技術は、携帯電話会社だけでなくMVNOにも恩恵をもたらす可能性があります。なぜなら5G時代にはNFVに加え、コアネットワークを用途に応じて仮想的に分割する「ネットワークスライシング」という技術が導入されることから、無線アクセスネットワークとコアネットワークが必ずしも一体である必要がなくなるため、その気になれば自社だけでなく、他社が用意した仮想のコアネットワークを使って通信できてしまうのです。

実際、MVNOの団体であるテレコムサービス協会MVNO委員会は、MVNO(仮想移動体通信事業者)ではなく「VMNO」(仮想通信事業者)という新しい形態を提案していますが、これはまさに自ら仮想コアネットワークを持ち、それを何らかの形で携帯電話会社の無線アクセスネットワークにつなぎ込んでしまおうというものになります。

これによって従来のMVNOでは難しかったネットワークの高度なカスタマイズができるというだけでなく、1つの仮想コアネットワークで複数の携帯電話会社の無線アクセスネットワークをシェアすることも可能になり、例えば日本であれば複数の携帯電話会社の回線、あるいはモバイル回線とWi-Fiなど、ほかの無線通信を同時に使用したサービスなども提供しやすくなります。

▲一般社団法人テレコムサービス協会MVNO委員会「5G時代における二種指定制度に係る課題に関する意見」より。VMNOは仮想化技術をフル活用し、携帯電話会社の無線アクセスネットワーク(RAN)に自らの仮想コアネットワークをつなぎ込み、MVNOより自由度の高いサービスを提供できるのが特徴となる

NFVなどの仮想化技術がモバイルで広まっても、デバイスやサービスが突然大きく変わるわけではないことから、その変化を消費者が直接実感する機会は少ないかもしれません。

ですが、普及が進めばモバイルネットワークのあり方が大きく変わり、ベンダーへの依存度が強かった業界の構造そのものが大きく変化する可能性もあることから、いずれ消費者にも大きなインパクトを与えるものとなる可能性は十分考えられるでしょう。

そしてその変化を見据える上でも、楽天モバイルの成否が注目されているのは確かです。しかしながら、その成功のため同社に今強く求められているのは、基地局やアンテナを多数設置する場所を確保するなど、仮想化できない部分の努力であるというのは皮肉なことといえるかもしれません。

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