紅白に1回でも出場できればスゴいが…

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 昨年、70回を迎えた『NHK紅白歌合戦』の総出場歌手は708組(特別出演など除く)。そのうち41.9%は、1度しか晴れ舞台に立っていない。『紅白歌合戦と日本人』(筑摩選書)の著者である太田省一氏が語る。

「数多のヒット曲を持つザ・タイガースや吉田拓郎、THE ALFEE、安全地帯、Mr.Childrenなども1度のみ。フォーク系やバンド系は打診されても断わっていたからと思われます。一方、2000年代以降、上戸彩やえなりかずきのように曲が大ヒットしたわけではないものの、人気俳優が1度出場したこともありました」

 紅白の価値や選考基準は時代とともに変化する。

 紅白の視聴率は1984年の78.1%から2年後に59.4%と初めて60%台を割り、1989年には47%にまで低下した。人気回復策として、NHKは幅広いジャンルからの選出を始めた。

「1987年にはシャンソンの金子由香利、1988年には民謡の岸千恵子、1989年には舞台俳優の市村正親が出ました。1990年にはベルリンの壁が崩壊したこともあり、“世界紅白”と位置付け、シンディー・ローパーやポール・サイモンも呼ばれ、マルシアが故郷であるブラジルのサンパウロからの中継で歌いました」(太田氏)

 2部制となり2年目の1990年、1度のみの出場は16組にも上り、10年前と比べると4倍になる。

 1990年代半ば以降、歌手としてヒットを飛ばしたお笑い芸人も選出される。フジテレビ系の『HEY!HEY!HEY!』を機に誕生したH Jungle with t、日本テレビ系の『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』から生まれたポケットビスケッツ&ブラックビスケッツなどが1度のみ紅白の舞台に立った。

「NHKが民放発の企画を受け入れるようになった。芸人出場の先駆けは嘉門達夫です。1992年、『替え歌メドレー』を権威ある紅白で披露し、驚きました」(太田氏)

 1回のみ出場は1970年代36組、1980年代33組から1990年代70組と倍増している。

※週刊ポスト2020年6月12・19日号