アメリカではCOVID-19(新型コロナウィルス肺炎)の感染拡大が進んだのを受けて、国防総省が軍関係者に対して移動制限を発令した(最近になって緩和の発表があったが)。民間人についても、外出の制限あるいは自粛という話が出ているのは日本と同じである。すると、どういうことが起きるか。

○試験ができなくなる!?

航空自衛隊の場合、飛行試験の拠点は岐阜県の岐阜基地である。そしてメーカーの工場はというと、川崎重工は同じ岐阜基地に隣接する場所に工場を構えているし、三菱重工も御近所の愛知県豊山町だ。もっとも、豊山町と岐阜基地の間を移動しようとすると「県境をまたぐ移動」になってしまうけれど。

国土が狭い日本だからこういう話で済んでいるがU、アメリカになると話が違う。空軍の場合、機体の飛行試験はカリフォルニア州のエドワーズ基地、兵装関連の試験はフロリダ州のエグリン基地が拠点になっている。海軍の場合、機体の飛行試験はメリーランド州のパタクセントリバー基地(ここは訪れたことがある)、兵装関連の試験はカリフォルニア州のポイントマグー基地やチャイナレイク基地という具合。

軍の拠点がこの調子だから、メーカーについてもいわずもがな。同じメーカーの事業所でも、事業部門によって場所はバラバラで、広いアメリカの東海岸にも西海岸にも事業所がある、なんて事例は大手になるとザラだ。

すると、開発を担当しているメーカーの事業所と、軍の開発拠点と、試験を実際に行う場所が数千kmも離れている、なんてことが当たり前のように起きる。そこで「人の移動禁止」ということになれば、試験にも差し障りが生じる。

イタリアのカメリにはF-35の組み立て施設があるが、ここに派遣されているロッキード・マーティン社やプラット&ホイットニー社の社員は「出勤停止、テレワークで」という話になってしまった。事務仕事ならまだしも、実際に機体を作ったり検査したり飛ばしたりする作業は、テレワークではどうにもならない。

○試験の状況をモニターするために持ち出したアイテムは?

さて。前置きはこれぐらいにして。

先に名前が出てきたパタクセントリバーに本拠を構えているのが、米海軍と米海兵隊が使用する航空機の開発・維持管理を所掌する、航空システム軍団。通称「NAVAIR(Naval Air Systems Command)」である。なぜ海兵隊が出てくるかというと、米海兵隊は米海軍省の下にある組織で、海兵隊の航空機も海軍の予算に組み込まれているからだ。(余談だが、海軍と海兵隊では機体のシリアルナンバーも通算している)

そのNAVAIRでは、C-130T輸送機とKC-130T輸送機/給油機を対象とする、アビオニクス陳腐化対策のアップグレード改修計画(AOU : Avionics Obsolescence Upgrade)を進めていた。ところがそこに降って湧いたのが、COVID-19の感染拡大防止対策としての移動禁止令。

C-130T輸送機。写真の機体は米海軍のアクロバットチーム「ブルーエンジェルズ」の支援機だが、自ら飛んでみせることがよくある

試験を行う現場はテキサス州のフォートワースだが、飛行試験を担当するのはパタクセントリバーの第20試験飛行隊(VX-20)、担当メーカーはニューヨーク州オウィーゴのロッキード・マーティン社、そしてノースカロライナ州に拠点を構える米海軍航空戦センター・訓練システム部門(NAWC-TSD : Naval Air Warfare Center Training Systems DivisionNaval Air Warfare Center Training Systems Division)も関わっている。

アビオニクスの試験だから、例えば「どういう状況の時に、コックピットに設置したディスプレイの表示内容がどう変化するか」なんていう話が問題になる。普通なら、試験用の機材を据え付けた現場に関係者が集まって画面を見ればいいのだが、移動禁止令が出ているから、それができない。

そこで誰が考え出したのか、おなじみのGoProアクションカムが登場した。試験用の機材を設置して動かす現場にGoProアクションカムを持ち込み、画面の内容などを撮影して動画を録る。それを通信回線経由で、VX-20やNAWC-TSDやロッキード・マーティンの技術者がいる現場に送る。これならアビオニクスの動作を遠隔でモニターできる。

これが行われたのは、2020年4月7〜8日にかけてのこと。試験に使用したのは実機ではなくシミュレータ、つまりOFT(Operational Flight Trainer)だったそうだ。

メリーランド州、ニューヨーク州、ノースカロライナ州にいるエンジニアがGoProアクションカムを用いて試験を行っている様子 写真:U.S.Navy

手軽で安価、かつ必要なレベルの性能を備えた民生品と、データを送るための高速データ通信という2本の柱がそろっていたことで、こんな対応が可能になった。もちろん、こういうことができたのはアビオニクスの試験だからで、いつでも何でも同じ手が使えるわけではない。しかし、「移動ができないので試験はできません」と諦めずに、アイデアで解決した姿勢は賞賛されて然るべきだと思う。

余談だが、このAOUの試験を実施しているフォートワースの基地は、正式名称を海軍航空基地/統合予備役基地フォートワース(Naval Air Station Joint Reserve Base Fort Worth)という。以前はカーズウェル空軍基地といっていたが、体制見直しによって現名称に改められた。場所は、フォートワースの市街からしばらく西に行ったところ。

そして、滑走路を挟んだ西側には、F-35の製作・組み立てを担当しているロッキード・マーティン社の工場がある。実はこの工場、所有しているのは空軍で、正式名称は「空軍プラントNo.4 (Air Force Plant No.4)」。それをメーカーに貸し出して使わせる形をとっている。第二次世界大戦中の1942年に開設された、歴史のある施設だ。なんとこの工場、完成した時から空調完備だったそうである(!)

著者プロフィール

○井上孝司

鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。

マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。