陕西省を視察中、ライブ放送に突如登場してキクラゲをお勧めする習近平国家主席(写真:新華社/アフロ)

ネット上での生放送(ライブ)で商品のよさや利用体験を紹介しながら、その場で販売までしてしまう「ライブコマース(中国名:直播电商)」。この新しい商流が、コロナ禍によって加速度的に広がろうとしている。

中国ではもともと、2016年ごろから通信環境の整備などを背景に、美男美女によるライブ配信が非常に盛り上がっていた。だが一方で、日本と同様、見てくれる人が増えてもなかなか収益化に結び付かないという悩みもあった。

その解決策として、中国が持つ世界有数のEC(ネット通販)インフラや、中国でも実は昔からあったテレビショッピング文化を生かせば、自分の配信でファンにモノを売れば儲かるのではないかという発想が加わり、特に2018年後半から注目されるようになった。その市場規模は、2020年には9610億元(約14.5兆円)に達するとも予測される。

中国ITの"巨人"が相次いで参入

EC最大手アリババグループのタオバオは、ライブコマースにもいち早く参入している。「タオバオライブ(淘宝直播)」を2016年から運営。2019年の流通取引総額(GMV)は2000億元に達するなど、この領域でも圧倒的なシェアを誇る。

TikTokの本家・抖音(Douyin)や、そのライバルの快手(Kwai)、テンセントの微信(WeChat)などの参入も報じられ、市場として非常に前途有望だといわれていた。

ただし期待の一方、若い市場であるにもかかわらず、最大手のタオバオライブで6万人いるといわれる配信者の中でも、売り上げの6割が「口紅王子」こと李佳蒅(Austin)氏と薇娅(viya)氏の2人に集中する、極端に寡占的な市場構造や、視聴者が若い女性に集中するため、売れるのがコスメ・美容、女性向けファッションや食品など、単価が低い商品に限られているという課題も指摘されていた。

新型コロナウイルスの影響で1月後半から全国的に自宅待機を強いられた中国では、1〜3月に小売業界の売上高が前年同期比で約20%落ちるなど、経済が全体的かつ大幅に冷え込んだ。しかしそうした中、オンラインでの実物小売り(アプリ課金などを除く)は逆に5.9%増になっている。

特に状況が最も厳しかった2月は、ほとんどの人が外に出られず、娯楽に飢えている時期でもあった。ライバーに質問するとその場で答えてくれるなどのインタラクティブな仕掛けがあるライブコマースは、スマホゲームや代わり映えのしないテレビ番組に飽きていた人々の心をつかんだ。

さらにライブコマースは、春節が終わっても店を再開できない、開いても客が来ないという出品側のニーズもとらえた。国の基幹産業の一つである自動車業界では、1〜3月のライブコマース放送数は前年同期に比べ15倍となり、春節前はディーラーの1%しか使ったことがなかったものが、3月の調査では86%が経験があると回答している。

また、アリババが大規模な投資を行って以来、着々とデジタル化を進める銀泰百貨店でも、全国65店舗の5000人もの従業員が毎日200回以上のライブ配信を行い、実店舗の売り上げ減少を補った。結果として、3月のタオバオライブ上での新規開店数は前年同期比3倍、ライブ実施数も同190%増と盛況だった。

旅行需要の壊滅により窮地に立たされたオンライン旅行代理店最大手のTrip.comも、トップの梁建章会長が自らライブに登場。国内のビーチリゾートの豪華ホテルなどを1回で1000万元以上も売り切るなど、ライブは「コロナ後」の旅行需要を取り込むための仕掛けとしても使われている。

大手参入がライバーたちにもたらした変化

こうした裾野の広がりにつれて、トップライバーたちやプラットフォームにも変化が出てきた。

4月1日には、もともとIT業界の寵児でスマホメーカーSmartisanを創業した罗永浩氏が、抖音のライブコマースの配信者として参入。Smartisan時代の競合であるシャオミ(小米)ブランドのプロジェクターをはじめ、お掃除ロボや食用ザリガニなどを紹介し、1回で1.1億元も売り上げた。

彼のファンの8割は男性とされ、彼自身もIT業界出身であることから、商品も彼の得意分野に合わせて選ばれた。放送内容自体は初めてということもあり、つたないものだったが、ターゲットにしても商品にしても主流とまったく違うものを売った彼の配信は結局、累計4800万人が閲覧。今までの課題だった、ライブ配信のファン層の拡大にも成功したといえる。

この業績は、彼個人の力だけで成されたわけではない。実は、抖音は配信の数日前からアプリ内外で大量のティザー広告を出稿していた。

抖音としては、罗氏の配信をきっかけに自社のライブコマースシステムの知名度を上げ、参加者・購入者を増やしたいというもくろみがあった。自分たちの持つメディアリソースを大量に振り分けることで、この話題、ひいては抖音自身をホットな話題にすることを狙ったのだ。

取引の座組みにも波乱の兆しが見られた。

実はこれまで、抖音上で配信を行う大多数のライバーは、購入の段階になると外部のタオバオの自店に誘導して成約させていた。何もしなくても外部から送客してもらえるタオバオはもちろん、タオバオ内でライブの予告を見て知った客が抖音に流入するので、抖音側にも利益があったのだ。

そのため、この共生関係はしばらく続いていた。しかしこの日、罗氏が売った商品の半数は抖音の自社ECを通じて販売されたと報道されている。抖音側にとっては“独立戦争ののろし”ということだったのかもしれない。

また、毎日のように「昨日のライブで誰が何をいくら売ったか」がニュースになる現在の中国では、こうしたライバーたちの行為自体が話題づくり・宣伝としての意味合いも持つようになる。

例えば、前出の罗氏が抖音で初めてのライブ配信を行ったのと同じ日、トップライバーの薇娅氏はタオバオライブで1基4000万元(約6億円)の宇宙ロケットを800基以上売ったと話題になった。

このロケットは定価4500万元なので、500万元(約7500万円)引きは大変お買い得だということで、本当に予約者はその場で50万元の手付金の支払いを求められた。これもまた、独立を狙う抖音潰しのためのタオバオ側による話題づくりだったのだろう。

コロナ対策の英雄も「社会貢献」で参戦

ライブ配信は多くの機材がいるわけでもなく、最低限スマートフォンさえあれば始められる。そして、“誰でも成功できる”というハードルの低さをアピールしたいプラットフォーム側もある程度のアクセスを確保してくれるなど、始めやすい環境がある。

4月20日、陕西省金米村を訪れていた習近平国家主席が突然、当地特産のキクラゲを売る若者ライバーの放送に出現。「(ライブコマースは)貧困脱出だけでなく、農村自体の振興にもつながり、大変よろしい」と言い残した。その後数日のうちに、この村の特産キクラゲブランドである「柞水木耳」は12トン売れたという。

また4月28日には、新型コロナ対策の陣頭指揮を執った“時の人”鍾南山博士が、有名配信者とのコラボレーションで飲料メーカーのライブ配信に参加。1時間で835万の「いいね」を集め、100万元以上を売り上げた。

この配信も売り上げの一定比率を貴州省の貧困層に寄付することが約束されており、同省出身である鍾博士は社会貢献の意味合いで参加したという。それ以外にも、武漢への寄付を募る目的で国営テレビ局CCTVの人気キャスター4人がライブを行うなど、こうした「ライブ配信×公益」の例はここ1カ月ほどで急激に増えている。

これらの例は超大物の特例と思われるかもしれない。しかし、中国では農村地帯の貧困を解消しようと政府が号令をかけていたこともあって、昨年後半ごろから省や県などの自治体トップがライブで地元特産の農産物を売るために努力したという美談が何度か報じられていた。この動きはその延長線上にあるといっていい。

4月末には、広東省広州市の番禺区の区長と副区長が地元自動車企業「広州汽車」のライブ放送に参加した。田舎の農産物即売から始まった流れは、大都市や他業種にも広がっている。

こうした出演は基本的にはボランティアで、地元産業を助けるために政治家や有名人が一肌脱ぐ、という形になっているようだ。中国のような国では、政府の裏書きは確かな動員につながる。特に国全体の経済が苦しいこの時期、トップが自ら先頭に立ってセールスを行うのは、実際の効果も見込める面白い試みといえるだろう。

広東省広州市政府は、3月末に「ライブコマース発展行動計画(2020〜2022年)」を発表。その中で、2022年までの3年間に100のタレント事務所(MCN)、1000のブランド、1万の著名ライバーを育て上げ、広州を全国でも有数の“ライブECの都”とする、と宣言した。

華南地区はもともと衣服やスマホ、家電など軽工業の工場が多い。省別GDP(国内総生産)で長く1位を保ってきたにもかかわらず、テンセントを除いてめぼしいネット企業が生まれなかった広東省は、ITブームの面では若干流行に乗り遅れた雰囲気もあった。

今後は、こうした産地とサプライチェーンを持つ強みを生かして、経済をいち早く成長軌道に戻したいという意図が透けて見える。

ライブコマースは商流のニューノーマルとなるか

コロナの影響を受けて、会議、教育、エンターテインメントなど、さまざまなものが否応なくオンライン・ヴァーチャル化されている。一部のスタートアップのオフィス解約の動きに見られるように、この嵐が過ぎ去った後のわれわれの生活は以前とは違ったものになるだろう。それが「ニューノーマル」だ。

とはいえ、今までのすべてが否定され、何もかもが新しくなるというのも考えすぎではないだろうか。

4月29日の決算発表会見において、マイクロソフトのサティア・ナデラCEOが「たった2カ月のうちに2年分にも値するデジタルトランスフォーメーションが起きた」と述べたように、今見えている変化の兆しの多くは今までも存在はしていたが既存の仕組みを突破できなかったモノの芽吹きであり、ライブコマースもその一つだと言っていい。

とはいえ、「家を出られない」「人と会えない」という特殊な状況を追い風に急成長した、この新しい業態も決して万能ではない。ライブなので、視聴するのに必ず一定時間を消費するという特性は、日々の生活が忙しい人を遠ざける。質の低い配信者の大量参入によるライブコマース全体への評価毀損のリスクもあるだろう。

これから現れてくるであろう、こうした課題を乗り越えた先に、独特の楽しさを持ったライブコマースのまた新しい形が見えてくるのではないだろうか。