写真はわたしたちを現在という時間に固定する。ささいなことに見えるが歴史的かつ緊迫した瞬間を、特定の状況や文脈に結びつけるのだ。写真は問いを投げかけ、郷愁を呼び起こし、さまざまな方法でわたしたちの感情を刺激する。

「ジョージ・フロイドの暴行死が浮き彫りにした、「黒人の地位向上」という幻想」の写真・リンク付きの記事はこちら

デジタルのイメージは、わたしたちの顔を素晴らしい景色の上に重ね合わせる。写真はそこに写し出されたものの重要さを測るためのものではないが、それでも特定のイメージが被写体について何かを暗示することはある。ひとつの場所にとどまらず心の奥底に引っかかる写真は、さまざまな状況や時間の流れ、そして人々をつなぐ交差点のような役割を果たす。

ここに、写真家のスティーヴン・マトゥーレンが撮影した抗議デモの参加者の写真がある。上半身裸の黒人青年が地面に膝をつき、マラソンのゴールの瞬間のように両腕を宙に掲げている。イメージは驚くべき広がりをもつ。

場所はミネソタ州ミネアポリスの第3管区だ。黒人のジョージ・フロイド(46歳)が白人の警察官から暴行を受けて死亡した事件を受け、ここでは数千人規模の抗議集会が開かれた。

特に“珍しくない“事件

フロイドの死を招いた5月25日の事件は、米国では特に珍しいことではない。フロイドは地面に押さえつけられ、7分以上にわたって首を膝で圧迫され、最終的に窒息死した。

フロイドは自分を押さえつけていた警察官のデレク・ショーヴィンに向かって、何回も「プリーズ」と繰り返した。「息ができない」。だが、その願いが聞き入れられることはなかった。

フロイドの不当な死も、ショーヴィンの黒人への憎悪も、特に意外なものではない。非営利の報道機関マーシャル・プロジェクトの調査報道で明らかになったように、ミネソタ州での警察改革が完全に失敗に終わったことは明らかだった。

マーシャル・プロジェクトの記者は、「いくらかの変化はあったとしても、警察当局には悪質な行為に加担する警官を処罰する力も意思もなかった」と記している。ショーヴィンはそうした警察官のひとりにすぎなかったのだ。

繰り返された言葉

当局がまず公開した報告書では、フロイドには「医学的に異変が起きている」ようだったとの所見が述べられている。ただ、Facebookにアップロードされた動画は、実際に起きたことの恐怖を捉えていた。この国では黒人はこのようにして追い詰められ、命を奪われていく。

動画では、地面に倒され首を膝で押さえつけられたフロイドが「死にそうだ」と叫んでいる。救急車が到着すると、ショーヴィンはようやく膝をもち上げたが、フロイドはすでに死亡していた。ショーヴィンを含む事件に関与した警察官4人は直後に免職処分となり、ショーヴィンは29日に第3級殺人と過失致死の容疑で起訴された。

米国では民主主義の下で、黒人の不当な殺害行為が途切れることなく続き、いずれも大きなニュースになっている。5月27日にはフロリダ州タラハシーで、トランスジェンダーのトニー・マクデイドが警官に射殺された。ケンタッキー州ルイヴィルでは3月、救急救命士のブリオナ・テイラーが自宅で警察官に8回も撃たれて亡くなっている。

2月23日にジョージア州ブランズウィックで起きたアマード・アーベリーの殺害事件を覚えているだろうか。犯人の元警察官の父親とその息子は、5月になってようやく逮捕された。

関連記事:ジョギング中の黒人男性が射殺された事件の真相と、「最期の瞬間」の動画がネットで拡散したことの意味

2014年7月、白人警官に体を押さえつけられた黒人のエリック・ガーナーは、フロイドとまったく同じ言葉を叫びながら死んでいった。わたしたちは激しく動揺し、夏が来るたびにこの忌まわしい言葉を思い出す。

一度も与えられなかった正義を求めて

今回のマトゥーレンの写真が目を引くのは、こうした悲劇のすべてが背景に横たわっているからだ。

フロイドの事件が起きてから数日のうちに抗議活動は激化した。写真が撮られた場所にある警察署はデモ参加者たちによって焼き払われ、大統領はTwitterで「略奪が始まれば銃撃する」と報復を宣言した。この写真は真実の交わる場所がいかに複雑かを示唆している。

カメラがとらえた青年は、自らのためではなく、かつて一度も与えられなかった正義を求めて戦っている。背後の文脈はこの1枚が撮られた瞬間から離れていく。写真は焦点の合わない背景によって、特定の時間と場所につなぎとめられることを拒んでいる。青年はひざまずいているが不安定で、静止しているようには見えない。

彼を取り囲むのは過去に起きた人種暴動の影だ。1965年3月7日のアラバマ州セルマ。1992年のロサンジェルス。2015年4月のメリーランド州ボルティモア──。この写真は単なる事実の記録ではなく、むき出しの証拠なのだ。そこには怒りと気品、勇気があり、膝で首を押さえ続けられることに疲れた人間の姿が写っている。

そして、この写真は明白で恐ろしい事実も伝えている。前進していると思ったのは間違いだった。黒人の地位向上という幻想はきれいさっぱりと洗い流されてしまう。わたしたちは大した距離を歩いてきたわけではなく、道のりはまだはるかに遠いということを教えてくれるのだ。

※『WIRED』による「Black Lives Matter」の関連記事はこちら。

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◎過去に起きた事件

2020年5月:ジョギング中のアマード・アーベリーが射殺された事件の真相と、「最期の瞬間」の動画がネットで拡散したことの意味2016年7月:警官に撃たれ死にゆくフィランド・キャスティルの姿を、Facebookで300万人が見ていた2016年9月:写真家たちがとらえた「Black Lives Matter」

 
◎関連するムーヴメント

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