●eSIMサービスは今後も拡大。リモートワークでネットはどうなった?

インターネットイニシアティブ(以下、IIJ)は5月16日トークイベント「IIJmio meeting #27」を開催した。いつもは大阪と東京で、それぞれ参加者を集めて開催されるリアルイベントだが、今回は折からの感染症対策もあって、オンライン配信のみの開催となったが、いつも通りディープな話題が扱われた。イベントレポートをお届けする。

いつもは大きな会場を借りてユーザーが大勢集まって開催されるIIJmio meetingだが、今回はリモート開催ということで、プレゼンテーションを行うIIJのスタッフも全員、自宅からの参加という、フルリモートでの開催となった。若干音声が聞き取りにくかったり、スライドが見えづらいといった声もあったようだが、さすがはネットワーク一筋のIIJということで、配信全体としては大変スムーズに行われたと言っていいだろう。

冒頭は恒例のIIJmio Updateということで、IIJの堂前氏から、新サービスや新端末の紹介が行われた。まずは3月19日に正式サービスが開始された「eSIMサービス データプランゼロ」の紹介から。月額基本料金150円、データ容量は完全従量制で1GBあたり450円(最初の1Gのみ300円)と、低価格なデータ専用サービスだ。

IIJmioの顔というべき堂前氏。背景を見る限りご自宅からの接続なのだろうか


先行して提供されていた「ベータ版」が月間6GB、追加パケット通信量が1000円/1GB(ただし5GB単位)だったのに対し、パケットのGBあたり単価もかなり異なる。IIJでも社内でeSIMサービスのあり方について議論してきたが、様々なユースケースに合わせたサービスを用意するべきだ、という考え方に落ち着いているようだ。

eSIMサービスは今後も異なるサービスが用意されるようなので、IoT向けやつなぎ放題など、さまざまなプランを期待したい


また、緊急事態宣言と共に多くの企業が導入したリモートワークの影響でインターネット全体のトラフィックが増え、通信速度に影響が出たのではないかという説が一時期流れていた。これに対して、具体的にIIJが管理するネットワークのトラフィックを調査したところ、確かにトラフィックは増えているが、バックボーンやIX(相互接続点)に影響が出るほどではないという。では何が遅く感じられる原因なのか。その一因として、フレッツ網で使われる「PPPoE」で使われる「網終端装置」の混雑を挙げた。数年前からPPPoEの混雑は問題になっており、これを解消するため、現在IIJmioでは光回線接続サービス「IIJmioひかり」において、PPPoEに代わる「IPoE」接続形式を推進。IPoEオプションを無償化している。また、最近は家に固定回線を持たない人が増えているが、リモートワークや遠隔授業においては、モバイル回線よりも固定回線のほうが遅延が少なく、安定していることを指摘していた。

この話題、オチとしては「IIJmioひかり」のコマーシャルでした、というものだったが、安定性など様々な要因を考えると、筆者も個人的には固定回線の用意を推奨したい


●MVNOが音声通話サービスを出せないのはどうして?

続いて初心者向け講座「みおふぉん教室」として「格安スマホの音声通話をおさらいしよう」と題し、引き続き堂前氏から、MVNOと音声通話の関係についての解説が行われた。

MVNOの料金コースは、ほとんどのMVNOにおいて、音声通話付きのコースと、データ通信専用のコースに別れている。また、これにSMSのオプションが加わることもある。オプションになっているかどうかなどの差はあれど、基本的にはこのパターンばかりだ。MNOでは、データ通信専用端末でもない限り、基本的に通信機能での区分はしていない。どうしてこのような区分けになっているのだろうか。

具体的には資料のスライドを見ていただければわかるのだが、かなり込み入っている。そこで筆者の方で順番などを入れ替えつつ、ざっくりと要旨だけまとめてみた。細かいところが気になる方は、今回「てくろぐ」(https://techlog.iij.ad.jp/)にてスライド資料および、当日の配信データが公開されているので、そちらをご覧いただきたい(約26分)。

最初に、音声通話とデータに分かれている訳は、「携帯電話網の構造」と、「ドコモがMVNOに卸している契約形態」が原因となる。携帯電話網では、音声通話とデータ通信機能は別々の機能として扱われ、音声は回線交換機を通じて電話網へ、データはパケット交換機を通じてインターネットへと接続している。4GにおいてVoLTEが導入され、音声もデータとして扱われるようになったが、電話網へ接続するため、パケット交換機とは違う交換機を使用している(SMSは回線交換網を利用する)。

携帯電話がデジタル化し、パケット通信が可能になった2Gの段階で、音声通話とパケット通信は別物として設計され、4Gまでその構造を引き継いできた


そして、ドコモがMVNOに卸している4Gサービスでは、色々とサービスを制御したいMVNO向けに、MVNO側の設備とドコモの設備を相互接続する「第2種卸Xiサービス」(データ専用)と、ライトMVNO向けにドコモ側の設備だけを使わせてもらう「第3種卸Xiサービス」(音声/SMS)に分かれている(ちなみにKDDIはデータ専用サービスを卸していない)。歴史的に見れば、最初はデータ通信しか卸していなかったものが、音声通話も利用できるようにドコモ側がプランを拡張した、ということになる。

IIJmioでは音声コースでもデータ量の制御などを行うため、第2種と第3種の両方を同時に契約する手法を取っているとのこと。ちなみに「卸Xi」は「おろしくろっしー」と読む。ドコモの企画部にはラップを嗜む人でもいたのだろうか?


続いて、eSIMサービスで音声が利用できない件についてだ。まず、そもそも論として、通話用の電話番号(ナンバーポータビリティに対応する番号)は、基地局を持っている事業者(=キャリア)でなくては割り当てを受けることができないので、法律上、MVNOが電話番号を割り当てられるようにはなっていない。法律の改正が必要だ。

次に設備の問題だ。IIJmioのeSIMではフルMVNOサービスを提供しているが、これを実現するために、IIJとドコモは長年の折衝の末、第2種卸よりも、さらにMVNO側がさまざまな設備を受け持つ特別な契約を結んだ。ところが現在、ドコモ側にフルMVNO用に音声通話を卸売するプラン存在せず、これがある種の足かせになって、eSIMサービスに音声通話をつけることができない。

ならばMVNOが回線交換設備を持てばいいではないか、と思うだろうが、回線交換網はインターネットと異なり、電話事業者がほかの事業者と接続するには、個々に直接相互接続する必要がある。国内の固定電話業者だけでも22社、IP電話で20社、携帯電話で5社もあるため、かなり大変だ。さらに緊急通報「110」「119」「118」のために、全国600箇所以上と相互接続する必要もある。

これまではNTT東西の「PSTN」が事業者間接続のハブとなっていたが、IP網への以降に伴いPSTNが廃止される(2025年予定)ため、IP網を通じた直接相互接続へ移行する最中だ。実際には東京と大阪に設置されるIP-POI(相互接続点)を通じて接続する(方式は検討中)


ちなみに、「みおふぉんダイアル」のように、電話番号にプレフィクス(前付け番号)を付けて割引を受けるサービスは、プレフィクスにより、使用する回線交換機を指定できる。ここでドコモ以外の中継電話会社(みおふぉんダイアルの場合は楽天コミュニケーションズ)を指定することにより、ドコモより安い価格での通話が可能になる。いわば音声通話専用のMVNOのようなものだ。

つまりフルMVNOで音声通話を実現するには、「法律の改正」「MVNO側が音声設備を持つ」「各所との相互接続を行う」と、3つのハードルを越えねばならない。かなり大変だが、IIJとしては将来の実現に向けて努力を続けていくとのこと。eSIMだけでスマートフォンが使えるようになれば、SIMフリー端末が文字通り「買ってすぐ使える」ようになる。SIMという物理的な存在に縛られないスマホライフの実現に向けて頑張って欲しい次第だ。

●5G時代のサービス「VMNO」ってなんだ?

続いてIIJの佐々木氏より、「IIJのモバイル業界における活動とVMNO構想について」と題して、IIJと業界団体の関係や昨年のモバイル業界におけるホットトピックの解説、および「VMNO構想」についての説明が行われた。

IIJmioのTwitterアカウントも担当されている佐々木氏


まず通信事業における業界団体についてだが、銅線や光ファイバー網などを持つ旧第1種電気通信事業者の団体である「電気通信事業者会」(TCA)、プロバイダなどの第2種電気通信事業者の団体である「テレコムサービス協会」(Telesa)、インターネットサービスプロバイダの業界団体「日本インターネットプロバイダ協会」(JAIPA)、そしてCATV事業者による「日本ケーブルテレビ連盟」の4つがある。このうちIIJは「テレコムサービス協会」にのみ加入している。

IIJがJAIPAに加入していないというのはちょっと意外だったのではないだろうか


テレコムサービス協会の会長にはIIJの鈴木会長が就任しており、また協会に置かれた6つの委員会のうち、MVNO委員会の委員長にIIJの島上取締役が、さらに2つの分科会のうち運営分科会の主査を佐々木氏が請け負っている。MVNO委員会の発足した2013年から、IIJはメンバーの一因として、数々の勉強会や政策提言といった活動に積極的に参加してきたという。接続料の見直しや端末と通信の分離、レイヤー2接続機能の提供義務付け、eSIMの実現など、さまざまな提言が実現して、現在のMVNO業界があるわけだ。

数々の政策提言は着実にMVNO業界全体に影響している


さて、そんなMVNO業界が現在注力しているのが、5G時代のMVNOのあり方である「VMNO構想」だ。 VMNOは「Virtual Mobile Network Operator」の略称で、MVNOとは1単語入れ替わっただけなのだが、考え方はまるで異なる。

現在のネットワークでは物理的な機器が占めているコアネットワークが、5G(スタンドアローン)では仮想化が進み、外部向けに提供されているAPIを使ってサービスを構築できるようになる。こうなると、仮想通信事業者には、MNOが提供するAPIのみを使って事業を行う「ライトVMNO」と、自前で仮装基盤を作り、MNOからは物理設備(回線、基地局など)だけを借りて事業を行う「フルVMNO」の2種類が出てくると予想されている。

VMNOの設備構成は、自前で基地局などを持っている以外の部分は、仮想化を大胆に進めている楽天モバイルに似ているとも言える


ライトVMNOは現在のMVNOに似た形態になるが、フルVMNOの場合は複数キャリアの無線アクセスネットワーク(RAN)をまたいだり、ローカル5GやLoRa、Wi-Fiといったネットワークと5G網を活用した「ヘテロジニアスネットワーク」を構築することも可能になる。SIMひとつでドコモ網・au網・ソフトバンク網・楽天網の全てにアクセスできる契約や、自宅ではWi-FI、会社ではローカル5G、外では5G網と、異なるネットワークの中で最適なものに切り替えていくような契約もVMNOなら可能になるかもしれないというわけだ。

MVNO委員会は海外に向けてもこのVMNO構想を提唱する活動をしており、VMNO構想を実現するべく、広く賛同を得るよう、今後も提言を行っていくとのこと。速度以外にあまり具体的なメリットが見えてこない5Gだが、案外最もメリットがわかりやすくなるのは、MVNOなのかもしれない。

●現在各社が提供している5Gサービスとは何か?

最後に、IIJの大内氏より、「5G NSAについて」と題して、3月からスタートしたMNOの5Gサービスについての解説が行われた。

かなりディープな技術解説でしばしば登場される大内氏。最近では2018年開催のIIJmio meeting #19でフルMVNOの技術解説を担当された


まず「5Gとは何か」という問題から。5Gでは「超高速」「IoT多数同時接続」「高信頼/低遅延」という3つの機能を実現することに目標を置いて開発が進められてきた。この3つの機能を1つのネットワークで実現するべく、5Gでは「スライス」という概念が取り入れられている。各スライスは目標となる機能を1つずつ受け持つ形となる。

要するに「超高速で低遅延」ではなく、「速度最優先」のスライスと「高信頼性・低遅延」のスライスはそれぞれ別に実装される。目的ごとに3つのネットワークが共存するのが5Gということになる


5Gの全機能を実装したものを「5G SA」(SA:Stand Alone)と呼ぶが、仕様が策定されて、4Gを駆逐して5Gにすべてのネットワークが入れ替わるには大変長い時間がかかる。例えば4G LTEは導入からほぼ10年が経過したが、いまだに3Gは停波していない(NTTドコモでは2026年停波予定)。

そこで、まずは「超高速」に機能を絞り、4Gも利用することで5Gを早期に一部実現したのが、現在の5Gネットワーク「5G NSA」(NSA:Non-Stand Alone)だ。5G単独(Stand Alone)ではないのでNSA、というわけだ。現在日本で提供されている5Gはすべてこの5G NSAで提供されている。

4Gを利用し、5Gの一部の機能だけをカバーしたものを「5G NSA」と呼んでいる


5Gでは4Gよりも、利用する周波数帯域を大幅に拡張している。LTEではFR1(Frequency Range 1)と呼ばれる、6GHz以下の帯域しか使わないが、5GではFR2とよばれる、24.25GHz〜52.6GHz帯(いわゆるミリ波)も使用する。

さらに1つのチャネルが使用する周波数の幅(コンポーネントキャリア:CC)が、FR1では4Gの20MHz幅から100MHz幅へと5倍、FR2ではなんと20倍の400MHz幅に拡張されている。そして複数の周波数を束ねる「キャリアアグリゲーション」(CA)は最大16個、アンテナを大量に束ねて高速通信を行う「Massive MIMO」といった新技術も導入することで、4Gbps超という光回線並の高速通信が可能になる。

5G NSAでは4Gコアネットワークを使って5Gを利用するために「EN-DC」(E-UTRA NR Dual Connectivity)という方式を採用している。簡単に説明すると、基地局の報知は4Gの基地局が行い、データ通信は5Gの基地局が行うという方式だ。4Gの基地局は通常通りネットワークとの接続やSIMの認証といった接続手続きを行い、続いて隣にある5Gの基地局に接続できることが確認されたら、5G基地局に切り替えて高速通信を開始するという仕組みになる。

やや力技な感もある5G NSAの接続方式だが、これで問題になるのがアンテナピクト、すなわちスマホの電波表示のアイコンだ。5G NSAの端末は4Gと5Gの基地局に接続する場合、5パターンの状態があり得る。この仕様はキャリア内では統一されているようなのだが、SIMフリー端末では端末ごとに実装が異なる可能性があるため、注意が必要だ。

アンテナピクトは少なくとも5パターンの組み合わせに対応しなければならない


また、大内氏は4Gと5Gの周波数の組み合わせが非常に多岐にわたるため、やはりSIMフリー端末では対応しきれない製品が出てくるのではないかと危惧する。ある場所では接続できるが、別の場所では5Gが使えない、といった事態が発生する可能性が出てしまう。

4Gと5Gの組み合わせ一覧。現在日本で発売中の端末でもサポートする周波数帯が限られていることを考えると、低コストな端末ではすべての組み合わせをサポートしないということも十分考えられる


そして最後にエリアの問題だ。LTEも開始当初はごく一部のエリアでしか展開していなかったが、5Gも現時点では極めて限定された場所でしか使えていない。しかもミリ波を使うようになると、ミリ波の特性上、障害物などに大変弱いため、主に屋内での配置がメインになる。

さらに、5Gで使われる周波数帯の中には、固定衛星通信や航空機電波高度計と干渉する帯域があり、これらの通信に干渉しないようにすると、都心部ではほとんど設置できず、郊外中心になってしまうという。

赤い点が衛星通信の地上局、緑の点が5G基地局を置いても干渉しない場所の位置。都心部は空洞化してしまうのがよくわかる


こうした問題を解消するために、4Gで使用している帯域を5G向けに転用することも検討されているが、5Gの高速通信を実現するには広い帯域が必要で、4G用の電波を転用してもそれだけの帯域が確保できず、4G並みの性能しか出ない「なんちゃって5G」になってしまうという。エリアを取るか性能を取るか、悩ましい問題だ。

5G SAは、世界では今年中、日本でも2021年にはスタートする見込みだが、そうなれば高信頼/低遅延や同時に超多数の接続が可能になり、小消費電力な仕様の策定も進められるため、いよいよIoT機器が直接5Gで通信する世界が実現する。IIJも5Gを利用したMVNOサービスの開発を加速させていくとのことなので、前のセッションで触れられたVMNO構想と合わせて、IIJmioをはじめとするMVNO各社が5Gで実現するサービスの数々に期待したい。

初のオンライン開催となったIIJmio meeting #27だったが、これまでも同時中継自体は行われていただけあって、滞りなく終了した。残念ながら、次回開催の予定ははっきり決まっていないながらも、秋ごろに再びオンラインでの開催を予定しているとのこと。また、前述したように今回IIJのエンジニアによる公式ブログ「てくろぐ」で、各セッションの配信動画が公開されている(従来は非公開)。ぜひ一度ご覧になって、雰囲気を掴んでみてはいかがだろうか。