日産自動車は、再編計画の一環としてバルセロナ工場を閉鎖へ(写真は5月26日、バルセロナで撮影、ロイター/Albert Gea)

日産自動車が2020年3月期の連結決算で6712億円の最終赤字(前期は3191億円の最終黒字)に陥りました。世界的に自動車の需要が減少 。売上高が前年同期比14.6%減の9兆8789億円と大きく落ち込み、本業の儲けを示す営業損益段階でも405億円の赤字に転落したうえに、6000億円規模の構造改革費用を計上したのが主な要因です。

日産の最終赤字はリーマンショック後の2009年3月期(2337億円の最終赤字)以来、11年ぶりとなります。かつて経営危機に陥った際、資本提携を結んだルノーから送り込まれてきたカルロス・ゴーン氏がリストラに大ナタを振るった2000年3月期(6843億円の最終赤字)に次ぐほどの巨額赤字となりました。

今回の構造改革費用の大半は事業用資産の減損損失。投資金額を回収できないと認識した時点で固定資産の価値を減少させるのが減損の考え方ですが、要するに将来の台数需要見通しと比較して現在の生産能力が余剰であるためにグローバルな事業用資産が財務計算上5220億円分いらなくなったことを示しています。

剰生産能力を最適水準までスリム化

日産の世界販売台数が前年の552万台から493万台に減少したのは、グローバル需要が9200万台から8600万台に落ちた影響が大きく、これからの2年間もコロナショックで世界需要のさらなる急減は避けられません。もともと振るわなかったのに加えて、世界需要減少のトレンドに合わせて過剰になった生産キャパシティを最適なところにまでスリム化していく必要があるというのです。

確かにアフターコロナで2020年、2021年と世界中の耐久消費財需要は激減すると予測されている現状を考えると生産能力のスリム化は時宜にかなっていると考えるべきではあります。コロナによる長期の自粛の影響で収入が激減した世帯では、自動車を買い替えようという気持ちは沸きにくいでしょう。

これを1999年にゴーン前会長が発表した日産リバイバルプランになぞらえて“日産サバイバルプラン”と表現する人もいますが、本当に今回の構造改革で日産自動車は生き残ることができるのでしょうか。コロナショックという事情があるにせよ、私はこのタイミングで日産が巨額の赤字に陥り、構造改革を余儀なくされることに至ったのは、既存の自動車産業の“おわりのはじまり”を告げることを象徴しかねないニュースだと考えています。

日産はゴーン時代の「負の遺産」と指摘される過剰設備に加えて、幅広い車種を自社開発して販売する「フルラインナップメーカー」を志向したことで、実力以上のモデル数を抱え、経営資源が分散。開発に後れをとった結果、魅力的な新車を投入できずにいるという問題を抱えています 。

決算と同時に発表された事業構造改革計画によればインドネシアやバルセロナ(スペイン)の工場を閉鎖し、2023年までに最大生産能力を2割落としていくことが生産能力の最適化であり、そうやって費用を削減していくことで日米中のコアマーケットとコア商品に集中し利益を確保できる状態へと戻していく計画だといいます。

加えて電動化と自動運転の2つのコアテクノロジーに資源を集中することを表明しています。その日産がサバイバルを計画する2023年の自動車産業はいったいどのような世界になっているのでしょうか。

2023年に自動車産業は大きな転機を迎える

拙著『日本経済 予言の書 2020年代、不安な未来の読み解き方』でも詳しく解説していますが、実は自動車産業においてはこの2023年が大きな転機になると予測されていて、「レベル5」と呼ばれる一般道路でもドライバーを必要としない完全自動運転車が発売される節目の年になると予想されています。同時に地球温暖化を抑制するためのパリ協定の目標に沿って、2020年代を通じてガソリン車やディーゼルエンジン車の比率が減少し電気自動車(EV)が徐々にマーケットの主流製品へと移っていくことになります。

そしてこの2つの変化は日産にとどまらず世界の自動車産業の構造を大きく変えうる劇薬なのです。

日産やルノー、トヨタ自動車、GM(ゼネラルモーターズ)、フォルクスワーゲン(VW)といった世界の自動車メーカーが、これまでの100年間新たな競合の参入を阻んできた最大の参入障壁が内燃機関(エンジン)でした。このエンジンというテクノロジーの結集とも言える製品は、ベンチャー企業が大量生産できないノウハウの塊であって、その技術を持つことで世界の自動車メーカーは寡占状態を維持してきたのです。

ところがEVは違います。蓄電池、モーターといった駆動に必要な部品をそろえれば、理論上は異業種でも製造できます。実際、アメリカのIT大手グーグルのほか中国を中心に世界には新たなEVベンチャー企業が生まれ、つぎつぎと業界参入を始めています。

奇しくも日産が最終赤字を計上したのとほぼ同じタイミングで、アメリカのEVメーカーであるテスラはCEOのイーロン・マスク氏に750億円の成果連動型報酬を支払うことを決めました。その大半は株価上昇による報酬ではありますが、テスラの年間売上高も2.8兆円と日産の3割近くの水準まで近づいてきています。時価総額は16兆円とトヨタ(22兆円)にせまる勢いです。

日産がサバイバルを目指す2023年には部品さえ購入すればベンチャーでも完全自動運転のEVを発売できることになります。その時代、自動車のコア部品は電池と人工知能になると予測されています。

実はこれはかつてパソコンメーカーがさっぱり儲からなくなったときの事業構造変化と似ていると危惧されています。インテルのCPUとマイクロソフトのOSを購入すれば、誰でも同じ性能のパソコンを組み立てられる時代が来ると、IBM、東芝、NEC、富士通、ソニーといった大企業のパソコン事業は軒並み大きく収益性を下げる結果になりました。

世界の時価総額ランキング上位にはマイクロソフトとインテルが君臨する一方で、IBMはパソコン事業を中国のレノボに売却し、日本の各社ともパソコン事業を縮小し、売却し、最終的には生き残りをかけて合併していくことになりました。

ダイソンはEV開発から撤退

自動車はエンジンのみではつくれず、例えば衝突安全性能を確保するためには膨大なコストとノウハウが必要になるなど、参入障壁は高く、異業種企業が入ってきても、そう簡単には競争力を確保できないという見方もあります。2019年秋にイギリスの家電大手、ダイソンはEV開発から撤退すると発表しました 。

それでも、日産の構造改革計画の先にあるのは、自動車産業全体にとっては新しい競争原理にさらされる未来なのです。2020年代の自動車産業は、自動車を開発し製造し販売する部門の利益は激減する一方で、「CASE」と呼ばれる新たな事業フロンティアで市場は大きく発展すると予測されています。

それぞれC(コネクテッド)、A(自動運転)、S(シェアリング)、E(EV=電気自動車)の頭文字からとられた言葉なのですが、その4つのキーワードの下では自動車は製品としてではなく社会システムとして大発展を遂げることが期待されています。

自動車産業ではコロナショック以前から「100年に1度の大変革期」と言われてきました。自動車産業の競争軸がサービス領域にシフトすると、車を開発・製造し、販売するという従来のビジネスモデルでは十分な収益を上げられなくなります。

最大のキーワードはコネクテッドで、そこでは3つの巨大な事業機会が自動車産業を変えていきます。1つ目がIoT、5Gといったテクノロジーによって都市を走る自動車すべての情報が統合(コネクテッド)されることで、物流や人の流れが最適化されていく未来です。日本の鉄道が秒単位で正確に運行されていくように、都市全体の車の流れが秒単位で管理できる時代がやってきます。そのコントロールシステムが生み出す社会経済価値は莫大です。

2つ目の事業機会がエネルギーです。電気自動車が社会的にコネクテッドな状態になると、そのネットワーク自体が巨大な仮想電力会社としてのネットワークになります。これはクリーンエネルギーの未来の最大の都市インフラになると目されていて、太陽光で発電した電力を自動車の中に貯蔵して、必要に応じて電力網に戻していくような新たなエネルギーネットワークが世界中の大都市で誕生すると考えられます。

そして3つ目の事業機会は人工知能や全固体電池といった新たな自動車のコアパーツの製造です。これらの3つの事業機会は、そこで業界のリーダーとなればIT業界のGAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)同様、それぞれの分野でのグローバルリーダー企業の時価総額が100兆円を超えるビッグビジネスへと育つことが予想されます。

これらのことを考えてみると、ゴーン時代の「負の遺産」によって過剰設備を抱えているうえに経営資源が分散して、研究開発が後れを取り、これからのリストラで多額の構造改革費用が必要な日産は本当に厳しい局面を迎えることになりかねません。

2023年に向けて、過剰になった生産能力を減損削減することで、アフターコロナの世界で利益が上がる体質になるというのが今回の構造改革計画ですが、その3年間で自動車産業全体では、新しい事業機会に向けたグローバル巨大企業同士のイス取りゲームが繰り広げられていきます。

今、どれだけの規模でどれだけの資本を投下できるか

自動車ネットワーク事業でも、電力ネットワーク事業でも勝ち残るのは最大シェアを抑えた企業体連合でしょう。人工知能や全固体電池でも勝ち組になるのはその分野に最大級の研究開発投資を投下できた企業です。つまり今、自動車産業に求められているのは2023年の利益ではなく、2020年時点の規模であり、2020年時点でのキャッシュなのです。


そう考えると、カルロス・ゴーン氏を放逐し、ルノー連合という世界的な規模を持つ企業グループから距離を置く決断をした段階で、日産はこの世界的なトレンドからの離脱を決めたことになります。

もちろんサバイバルに成功すれば2023年以降、企業として生き残ることは可能かもしれません。日本のパソコンメーカーの中でNECや富士通がレノボに、東芝がシャープと同じ鴻海に買収されて曲がりなりにも生き残っているように、ないしはソニーから売却されたVAIOが生き残っているように、日産も利益の出る自動車メーカーとしての地位は確保できるかもしれません。

しかし規模を小さくした生き残り策は、日産自動車のこれまでの世界的なブランド地位を考えればやはり“おわりのはじまり”であり、日産よりも小さな自動車メーカーの前にも同じ未来がちらつきはじめていることを示唆しているのではないでしょうか。