黒川弘務氏と麻雀に行っていた朝日新聞社員の処分について社労士が解説します(写真:tawan ramtang/PIXTA)

朝日新聞社は5月29日、前東京高検検事長の黒川弘務氏の賭け麻雀問題に関し、同氏らとともに賭け麻雀を行っていたことが判明した社員を停職1カ月の懲戒処分としたことを発表しました。また、管理責任を問い、執行役員経営企画室長の福島繁氏をけん責としています。

世論の多くは、この処分に対し、刑法に抵触する可能性のある賭け麻雀をして、しかも、新型コロナウイルスで自粛が必要な時期にさえ行ったのだから、処分を受けて当然と考えるでしょう。筆者も、いち国民として同感です。

しかし、社労士としての視点から冷静に考えると、感情論だけで、この懲戒処分を正当化してしまうのは性急であると感じました。

今回の懲戒処分を3つの視点から考える

本件は、賭け麻雀の相手が、国の要職を務める検事長で、しかも定年延長議論の渦中の人物であったため、世間の注目を集めましたが、処分を受けた社員は、あくまでも民間企業に勤める会社員であり、労働法による保護を受けることができる立場にあります。

ですから、懲戒処分を行ったこと自体や、懲戒処分の重さが妥当であったかは、労働法や裁判例などに照らし合わせ、慎重に検討をしなければなりません。

読者の皆様の中にも、民間企業に勤める会社員の方は少なくないと思います。ですから、もし、自分が処分を受ける立場になってしまったら納得感があるのか、という観点も踏まえて、読み進めて頂けましたら幸いです。

今回の懲戒処分の妥当性を法的に検証するにあたり、考慮すべき論点は3つあります。先にキーワードだけ申し上げると、第1は「推定無罪の原則」、第2は「トカゲの尻尾切り」、第3は「行為と処分のバランス」です。

まずは、第1の「推定無罪の原則」についてです。

「推定無罪の原則」とは、裁判などにより有罪であることが確定するまでは、被疑者を無罪として扱うべきということです。国家における刑事法の運用に由来する原則ですが、企業において社員に懲戒処分を行う場合も同様に対応しなければならないとされています。

今回の賭け麻雀事件についていえば、警察が関係者の逮捕や書類送検を行うかどうかはまだ不明です。岐阜県と東京都の弁護士4名が、黒川氏および朝日新聞社の社員を含む記者3名、計4人に対する告発状を東京地検に郵送したということも報道されていますが、これによって、事態がどのように動くかも未知数という状況です。

このような中、先行して朝日新聞社は停職1カ月の懲戒処分を決定したわけですが、刑事責任が確定する前に、企業として懲戒処分を行うことは許されるのでしょうか。

この点、結論から言えば、今回の事件の場合は企業が本人から聞き取りを十分に行い、本人も賭け麻雀を行ったことを事実と認めているため、企業として懲戒処分を行うことは許されます。

社員が無罪を主張している場合

一方、例えば、「社員が痴漢で逮捕されたが本人は冤罪を主張している」とか、「社員が障害罪の容疑者として起訴されたが本人は正当防衛で無罪を争っている」というように、本人が犯罪行為を行ったことを認めていない場合には、企業は、原則として有罪判決が確定するまでは懲戒処分を控えなければなりません。

本人が逮捕されて物理的に出社できない場合や、保釈されているが出社を認めるとほかの社員に影響があるという場合は、判決が確定するまで起訴休職の扱いにするとか、転勤や配置転換などにより影響を緩和するといったような形での対応が必要です。

ただし、逮捕勾留が長引いて、起訴休職期間が満了したような場合は、物理的に労務の提供ができないということで普通解雇は可能です。結果的に無罪が確定した場合は、会社ではなく、国が賠償責任を負うことになります。

そして、社員が無罪を主張しているにもかかわらず、メディアの報道や世論に流されて短絡的に懲戒解雇をしてしまい、最終的に当該社員が無罪となったとき、企業は不当解雇による賠償責任を負う場合があります。

また、賠償問題だけでなく、「うちの会社は、社員を守ってくれず、信じてもくれない」と、当事者以外の社員も含め、労使の信頼関係に亀裂が入る可能性があります。

ですから、刑法上の有罪が確定する前に懲戒処分を行う場合は、本人に事実確認をしっかりと行い、慎重に企業としての懲戒処分を行わなければなりません。

社員の立場の人も、万が一、自身は無罪と信じていることで刑事責任を問われることとなったときには、自身の身分保障については、この「推定無罪の原則」を頭において、企業と折衝をしたほうがいいのです。

次に「トカゲの尻尾切り」についてです。

「トカゲの尻尾切り」とは、企業内で、より責任を負うべき者がいるはずなのに、現場の社員だけを懲戒処分して事を済ませようとすることです。

今回の賭け麻雀事件は、記者と取材先の関係を構築する中での延長線上で発生したものであり、手段は不適切であったにせよ、業務に起因したものでした。この点に関して、筆者が朝日新聞社の対応を評価できると思ったのは、朝日新聞社は、本人だけでなく、上長にも監督責任を問い、けん責処分を行ったということです。

また、「報道倫理が問われる重い問題と受け止めており、取材先との距離の取り方などについて整理し、改めてご報告いたします。(2020/05/29 朝日新聞コーポレートサイト)」として、企業としての改善を図ってく旨を表明している姿勢も評価できるでしょう。

朝日新聞社としても、記者と取材先の関係性を企業として適正に管理できていなかったことを自認したからこそ、自浄作用が働き、今回のような対応になったのでしょう。もし、朝日新聞社が、賭け麻雀をした社員個人を場当たり的に処分して終わりにするだけであったら、妥当な懲戒処分であったとは言えません。

あるトラック運送事業者では‥‥

残念なことに、世の中には、現実に「トカゲの尻尾切り」のような懲戒処分が行われるケースも存在します。

一例としては、あるトラック運送事業者が、社員の運転手に対し、交通事故を起こしたことを理由として、懲戒解雇処分を行いました。

処分を受けた運転手は、会社が無理な運行計画を命じたため、疲労が蓄積して事故の発生要因になったことを主張して裁判を起こし、その結果、裁判所は実際に過密な運行計画だったことを認定し、解雇無効の判決を出しました。

本件は、運転手が裁判を起こさなければ、無理な運行計画を立てた会社の責任は不問とされ、運転手1人が責任を負わされるところでした。

確かに、従業員の立場としては、会社の指示が違法、または不当なものであったとしても、その力関係から、断ることが難しいという現実が存在します。

会社の指示に従って業務を行ったにもかかわらず、結果的に自分だけが懲戒処分を受けるというような事態に直面したら、上記の例のトラック運転手の方のよう、勇気を出して裁判に訴えたり、あるいは労働基準監督署に相談するといったアクションを検討したりすることができます。

最後に、第3の「行為と処分のバランス」についてです。

懲戒処分といっても、「けん責」から「懲戒解雇」まで、その重さには幅があります。懲戒処分の重さは、非違行為の重大性とバランスが取れているものでなければなりません。

一般的には次の7段階とされています。処分の軽い順に記します。

訓戒
けん責
減給
停職(出勤停止)
降格
諭旨退職・諭旨解雇
懲戒解雇

中にはSNSやニュースサイトのコメント欄などで「なぜ解雇しないのか」という厳しい意見を投げかける人も見かけます。この点、朝日新聞社が、賭け麻雀を行った社員に対する、「出勤停止1カ月」という処分は、結論から言えば、妥当性があるというのが筆者の見解です。

しかし、例えば一般の事務職や、製造業の工場で働く社員が、賭け麻雀を行っていたことが発覚した場合、それが今回の事件と同様、仲間内のものであり、賭け金も大きくはなかったとしたら、出勤停止1カ月は重過ぎる処分と言えそうです。

出勤停止は、一般的な就業規則では、解雇や降格のように社員としての身分事態に影響を及ぼす処分を除いては、最も重い処分と位置付けられます。出勤停止期間中は無給となりますので、1カ月分の賃金が一切支給されないというのは、金銭的な意味でも非常に重い処分だからです。

その重い処分であることを踏まえても、今回は、賭け麻雀を行った当事者が、公正な報道を使命とする新聞社の社員であり、しかも、取材対象者と賭け麻雀を行っていたとなると、新聞社に対する信頼失墜など、会社イメージへの打撃も大きなものになります。

加えて、コロナの自粛期間中にも賭け麻雀を行っていたということですから、事の重大性はなおさらであり、確かに、最悪の場合は懲戒解雇も視野に入る中、本人の反省も踏まえ、出勤停止処分に留めたという朝日新聞社の判断は、企業秩序維持と本人に更生の機会を与えるバランスから、法的に妥当性のある結論と言えそうです。

同じ行為でも妥当か否かが変わってくる

このように、懲戒処分は、同じ行為を行ったとしても、行為者の職種や立場によっても妥当か否かが変わってくるものです。

ほかの事例においても、例えば私生活上の飲酒運転で検挙された場合、プロの職業ドライバーでは懲戒解雇が有効とされ、事務職員などでは懲戒解雇は厳しすぎるので無効とされる傾向にあるよう、業種や職種によって裁判所の判断も分かれています。

ですから、何らかの事情で、自分が懲戒処分を受ける立場になってしまったとき、客観的に見て、自分の行為や引き起こした結果の重大性や企業への影響と、処分の重さのバランスが納得いかない場合には、労働基準監督署や弁護士へ相談して、処分の見直しを企業側と交渉してください。それでもなお、企業が懲戒処分を強行した場合には、その取消をめぐって裁判などで戦うことになります。

総括しますと、結論として、今回の朝日新聞社の賭け麻雀を行った社員に対する処分は、法的な分析を踏まえても「出勤停止1カ月」は妥当性がありそうです。

本稿でお伝えしたかったのは、その結論に至るまでのプロセスです。企業による従業員に対する懲戒処分は、国が国民に刑事罰を課すのと同様、慎重に行うことが求められ、決して雰囲気に流されたり、恣意的な判断で行ったりして良いものではありません。

その点をご理解いただくとともに、万が一、自分が不当な懲戒処分を受けそうになったときには、身を守るための知識として、身につけておくといいでしょう。