Sansanが開発中の「オンライン名刺交換」の機能画面。Sansanのサービスの利用者であれば、「この名刺をSansanに登録」というボタンを押せば瞬時にSansanのアカウントに保存される(画像:Sansan)

名刺交換はオンラインで」。5月初め、新型コロナウイルス感染症専門家会議からの提言を受けて政府が発表した「新しい生活様式」の中に、こんな呼びかけが加わった。

商談や打ち合わせなどで社外の人と初めて会う際に名刺を交換するのは、日本では当たり前といっていい商慣習だ。だが、人との物理的な接触をできるだけ避けることが望まれる中、さまざまな場で不特定多数の人と接触することになる名刺交換に焦点が当たった形だ。

Sansanが開発した新サービス

3月ごろから多くの企業でテレワーク(在宅勤務)が広がる中、対面の打ち合わせができなくなり、「名刺交換はどうすべきか」という声が上がっていた。2019年6月に上場した名刺管理のクラウドサービスを手がけるSansanは、6月から「オンライン名刺交換」サービスを開始すると発表した。直近でSansanの顧客企業約6000社の3分の1近くが利用を表明したという。


名刺を受け取ると、受け取った側も名刺をカメラで撮影して送り返すことができる(左から順に操作が進む、画像:Sansan)

同社の寺田親弘社長は3月の戦略発表の場で、「オンラインの商談やイベントでも、出会った相手との情報交換を豊かにできる。時代に合わせて名刺交換の体験を改善していきたい」と語った。

Sansanが提供する法人向けの名刺管理サービスは、紙の名刺をスキャナーやスマートフォンで読み取ると、デジタルデータとなる。これを会社全体で共有すれば、社員の人脈が可視化され、営業活動などに使えるというわけだ。

だがビジネスのやり取りがオンラインに移行したことで、初めて会う人との名刺交換が難しくなった。そこでSansanが考案したのが名刺の画像データをネット上で安全に交換する仕組みだ。名刺データをアップロードしたSansanユーザーは、オンライン名刺交換用のURLかQRコードを作成できる。これを事前にメールや「Zoom」などのビデオ会議ツール上のチャットで送ったりする。

相手がそれをクリックすると、ブラウザで名刺交換のページが表れる。受け取る側もSansanユーザーであれば、「この名刺をSansanに登録」というボタンを押すと、受け取る側の会社のデータベースに格納される。受け取る側がSansanを使っていなければ、名刺画像をそのまま保存したり、スマートフォンの電話帳に登録したりできる。


Sansanの個人向けサービス「Eight」が提供している、ブルートゥースの通信で名刺データを交換できる機能(画像:Sansan)

Sansanの個人向け名刺管理アプリ「Eight」では、名刺交換をしなくても「友達申請」のような形でつながったり、自分と相手のスマートフォンを近づけるとブルートゥースを使った近距離通信で名刺データを交換できる機能はあった。だがあくまで個人向けのため、企業内での情報共有には向かなかった。

そもそもオンライン上でプロフィールを交換するだけにもかかわらず、紙の名刺の画像データがなぜ必要なのか。今回機能開発を統括したSansanの大津裕史CPO(最高製品責任者)は、「確かに紙の名刺を交換する場面は減るだろう。それでも名刺というフォーマット自体は残る。会社が発行したものだからこそ信頼性が担保される。画像を使わなければ、いくらでも偽造ができてしまう」と指摘する。

必要なのは名刺か、それともSNSか

コロナ後も紙の名刺は残り続けるのだろうか。大津氏は「名刺は会社からもらったものだから他人に渡すことに抵抗感がない。情報量もちょうどいい。仕事で100人に出会ったとして、全員に抵抗感なく渡せる。ただその100人全員とSNSでつながれるか。日本では距離感を絶妙に細かく使い分ける人が多いと思う」と説明する。


LinkedInの村上臣日本代表のプロフィール画面(画像:LinkedInのウェブサイトをキャプチャ)

一方で、「そもそも(内勤の人など)名刺を持っていない人は多い。名刺を持っていなくてもすべての人が社内外の人とつながれるようになれば、経済的なチャンスがもっと生まれる」と話すのは、アメリカ・マイクロソフト傘下のビジネスSNS世界最大手、「LinkedIn(リンクトイン)」の村上臣・日本代表だ。

リンクトインのユーザー数は世界で6億9000万人以上にのぼり、アメリカでは労働人口とほぼ同数、フランスでは労働人口の3分の2に匹敵する2000万人が登録する(日本の数値は非公表)。「アメリカでオンライン上にプロフィールがないのは、社会人として見えていないのと一緒。(転職などを考えれば)見つかる状態にしておかないといけない」(村上氏)。

日本ではリンクトインが「転職のためのもの」「SNS=遊び」といったイメージが根強く、思うようにユーザー数が伸びてこなかった。ただ村上氏は、「(コロナ禍でリンクトインが)名刺交換代わりという使い方も増えている。最初は対面じゃないと、という感覚もこういう状況なので変わってきたと思う」と言う。

2010年の日本進出以降、リンクトインは外資系企業の社員を中心に転職目的で使われてきた。ここ数年は、転職に限らないビジネス上の人脈作りや情報収集での活用が増えたという。外資系だけでなく、日系企業でも海外駐在経験者を起点に広がる動きもある。

ただ、紙の名刺なしに登録者やその経歴が本物であることをどう担保するのか。村上氏は、「基本的には相互監視的な仕組みがある。仕事で取引経験があったり、同じ会社で働いたことのある人に推薦コメントを書いてもらうなどして担保している」と説明する。

日本でも徐々に利用が拡大

村上氏は2017年にヤフーの執行役員からリンクトイン日本法人代表に転身。入社初期は、日本語対応や検索、つながりをおすすめするアルゴリズムなど、サービス面の改善を進めてきた。最近では「日本でのユーザーのエンゲージメントの伸び率は世界でもトップクラス」(同)という。エンゲージメントは、投稿やコメントなど、ユーザーのリンクトイン上での活動量を測る指標だ。

エンゲージメントを伸ばすため、リンクトイン自らニュースのキュレーションや記事配信を行う編集部を立ち上げたほか、「認定インフルエンサー」として楽天の三木谷浩史CEOやヤフーの川邊健太郎CEO、メルカリの山田進太郎CEOら、著名な経営者やビジネスパーソンを呼び込み、彼らの投稿によって集客や議論の活性化を狙っている。

「日本では会社への帰属意識が強い人が多いが、会社が倒産すると一緒に倒れてしまう。リンクトインでプロフィールを見るのは無料。自分に近い人を探してキャリアを見るだけでも刺激になるだろう。先行きに危機感を持ってリンクトインに来る人は増えている」と村上氏は指摘する。

コミュニケーションが会社ベースなのか、個人ベースなのかによって、名刺やSNSなどの使い分けも増えるだろう。テレワークや接触の抑制が進む中で、ビジネスにおける人とのつながり方が大きく変わるのは間違いなさそうだ。