9月入学が導入されると、こうした春の入学式風景も見られなくなるのだろうか。写真は2017年4月の東京大学の入学式(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

新型コロナウィルスによる休校が長期化したことを受けて急浮上していた「9月(秋季)入学」の導入が、見送られる方向に動き始めた。

休校中に生じた授業の遅れを解消することなどを目的に、学校の入学や始業の時期を後ろ倒しにする9月入学。一部の都道府県知事が前向きな姿勢を示したほか、4月末には安倍晋三首相が「前広にさまざまな選択肢を検討していきたい」と発言するなど、盛り上がりを見せていた。

だが、制度導入には慎重な意見が多い。全国市長会のアンケート結果によれば、8割超が移行に慎重、あるいは反対の意見を示した。現在は自民党内の「秋季入学制度ワーキングチーム」が2021年度の導入見送りを提言すべく、最終調整を行っている。

9月入学の早期導入はなぜ難しいのか。第4次安倍内閣で文部科学相を務め、現在同ワーキングチーム座長を務める柴山昌彦衆議院議員に、9月入学の課題と展望について尋ねた(インタビューは5月8日に実施)。

9月入学の実現は一筋縄ではいかない

――9月入学導入の目的は、休校による授業の遅れを取り戻すことにありました。

新型コロナによる休校が長引いた結果、学校の教育カリキュラムが非常にタイトになってしまった。さらに、自宅学習による学びの進度には個人や学校による差がどうしても出てしまう。私立など一部の学校は、休校中でもオンライン授業がしっかり行われており、塾に通っているお子さんも学習を進めている。一方で、十分な学習ができない状況に焦りを感じている人がいることも事実だ。

特に2021年に大学入試を控えている高校生にとっては、「入試の準備をしっかり行う時間が欲しい」と大きな関心事になっている。教育現場や学校の設置者である都道府県知事から「いっそのこと始業時期を遅らせるべきではないか」との声があがったのが議論のきっかけだ。

――柴山議員自身は、どんな立場なのでしょうか。

個人的には反対ではないが、解決すべき課題は非常に多岐にわたり、一筋縄には行かないだろう。省庁を横断して議論すべき問題であり、地方自治体や民間企業など、社会全体に理解してもらう必要がある。

自民党内では4月の終わり頃から、私を含めた文部科学相経験者を交えて率直に意見交換してきた。賛否ともに多種多様な意見が出てきたところだ。現在、党内にワーキングチームを設置してさまざまな方から意見を聞き、集中的に議論している。

これまでも東京大学が秋季入学の導入を検討した過去があり、文科省や文科相経験者の間ではメリットとデメリットがあらかた共有されている。

――過去に論じられたメリットとデメリットは何ですか。

9月入学のメリットは教育の国際化だ。特に大学においては近年、留学生の受け入れや送り出しが活発になっている。国際交流を一層活発にするうえで、海外の大学で主流の9月入学を制度化することが利点となる。

日本の大学は夏に長期休暇があるため、夏休みの前に学年を終えてしまったほうが学校運営上も利点があるのではないか、という指摘もあった。


柴山昌彦(しばやま・まさひこ)/1965年愛知県名古屋市生まれ。90年東京大学法学部卒業後、住友不動産に入社。00年に弁護士登録。04年に自民党の衆議院議員として初当選し、以後当選6回。18年10月に第4次安倍第一次改造内閣で文部科学相臣・教育再生担当相。選挙区は埼玉県第8区(写真提供:柴山昌彦事務所)

一方のデメリット。最大の問題が、日本におけるさまざまな就職慣行や、会計年度との整合性をとるのが難しいことだ。9月入学を求めている自治体を含め、採用計画は4月の新卒一括採用をベースに制度設計されている。公的な資格試験も同様だ。過去、9月入学に踏み切れなかった最大の理由がこれだ。

解決策としては、大学入学後の半年間は授業のない「ギャップターム」を設け、大学の入学時期だけを9月入学にするという案も出た。ただ、「入学までの時間を無為に過ごすことにつながるのではないか」との指摘もある。

保育園の在園期間を延長できるか

――実務面でも、多くの制度変更が必要になりそうです。

どこまで社会との調整を行うかにもよるが、教育に関する法律を見ただけでも変えなければならないものは複数ある。

例えば、現行の学校教育法の施行細則では「小学校の学年は4月1日に始まり、翌3月31日に終わる」と定められている。就学年齢や義務教育期間についての記述も、法律上明記されている。さらに、保育園への在園期間を延長させられるかなどを考えると、(2020年度や2021年度の9月入学導入は)非常にタイトなスケジュールになってくる。

ただ大学に限れば、実は制度的に9月入学を導入することがすでに可能だ。2007年の学校教育法施行規則の改正により、学校の設置者が学年の始期と終期を決められることになった。

――制度上は可能でも、一部の大学だけが導入すれば他大学や社会の制度との齟齬が生じるのではないでしょうか。

その通りだ。一部だけ導入するとかえって混乱を招くのではないかという懸念がある。留学生のニーズにあわせて秋季入学制度を一部導入した大学はあるが、全面移行には至っていない。

学習費や生活費負担への懸念

――今回の議論は、従来の国際化対応に向けた議論と分けて論じるべきだったのではないのでしょうか。

そもそも国際化に対応するための9月入学案は、入学時期を7カ月「前倒し」するというものだった。一方、今回議論になっているのは5カ月「後ろ倒し」するものだ。すると、浮かび上がる問題も異なってくる。

例えば、年度が延長された分の学習費、生活費の負担が増える懸念がある。さらに、医科大学の卒業が半年遅れることで、現在コロナの患者の治療で医療従事者が不足している中で、人材供給が滞ることにもつながる。こうしたことからも、「(現在のスキームは)理想形ではないのでは」といわれている。

さらに休校の状況が学校や地域によって一律ではないのも問題だ。学校によっては、5月中から授業を再開させている。対面授業が難しくても、オンライン授業を実施するなど、さまざまな工夫をしているところはある。9月入学を導入した場合、こうした学校の努力はどうなるのか。こうした点も含め、関係者から入念なヒアリングをしたうえで議論を行っていく必要がある。

――実際、オンライン授業に取り組んでいる教員からは「対面授業にない利点を見出した」と評価する声が聞かれますね。

今、私が非常に懸念しているのは、9月入学の議論によって、海外よりはるかに立ち遅れた日本の教育のICT化の取り組みが頓挫してしまわないかということだ。この機会を活用して、全国あまねくICT環境を整備することに努力を傾けるべきだ。

オンライン授業には、対面にはない特性が複数ある。黒板の前で先生が話しているのを聞く受動的な授業ではなく、子どもの特性に合わせて教育内容を変えることが可能で、グループワークなどもより深い議論ができるようになる。遠隔地から高度な専門性を持つ先生が授業を行うことで、教育の質を上げることにもつながる。教材がデジタル化すれば、算数や数学の授業で、図形などをディスプレイ上で立体的に表示し、理解を促進することも可能だ。

入学時期を変えても格差は埋まらない

私は文科相時代、教育のICT化を推し進めてきた。今は、義務教育を受ける児童・生徒1人に1台端末を配る「ギガスクール構想」と、Wi-Fi環境の整備を進めていく過程にある。あくまで過程なので、これが進んでいない地域の子どもたちが困っており、これまで後ろ向きだった自治体や教育委員会もようやく前向きに動き出したところだ。

入学時期を後ろ倒しにすれば、教育機会の格差が埋まるのかも疑問だ。むしろ、ICT環境を未整備のままにするほうが格差拡大を助長するのではないだろうか。教育の質の確保に向けて頑張っている皆さんの動きは止めてはならない。それでも、大学入試を公平に行うことが難しくなるといった問題が生じれば、別の対策を講じる可能性も排除されない。

――とはいえ、ICT環境整備に向けて迅速な対応をしている自治体はごく一部です。1人に1台端末が配られるのはいつ頃なのですか。

理屈のうえでは2020年度中に何とか対応を終わらせるべく、まさに準備を進めているところだ。2020年度の1次補正予算では、タブレット端末やWi-Fiの貸し出しに加え、機器を活用するための支援員を確保するための予算をつけ、一気に解決をしていく。