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新型コロナウイルス問題で、マスクを取得価格よりも高く転売することが3月から禁止された。以後約2カ月、検挙者は出なかったが、5月22日になって、およそ倍額で転売したとして、三重県の衣料品販売会社の社長が書類送検された。

報道によると、ネットで購入したマスク1000枚(1枚およそ80円)を、5枚セット税込み770円(1枚あたり154円)で店の客に転売した疑いがあるという。容疑を認めているそうだ。

法令上は、1年以下の懲役または100万円以下の罰金が科せられる可能性がある。

しかし、行政法にくわしい平裕介弁護士は、「仮に起訴しても、裁判所が犯罪成立に必要な『物価要件』を満たさないと判断する可能性があるだろう。現行法で罰するのは難しいのではないか」と疑問を呈する。

●要件は「マスクの価格」ではなく「物価」の高騰

高額転売禁止の根拠になっている法律は、オイルショックを受けて、1973年につくられた「国民生活安定緊急措置法」だ。不足する物資などを政令で指定し、譲渡の禁止などを定めることができる。

コロナ問題を受け、政府は政令を改正し、3月15日からマスクを規制対象にした。

ただ、根拠となっている同法26条1項では、「物価が著しく高騰し又は高騰するおそれがある場合において」という条件(要件)がついている。

「ここで問題になっているのは、マスクなど個々の『物資の価格』ではなく『物価』です。同法3条でも、この2つは明確に書き分けられています。

現状では客観的にみて『物価が著しく高騰・・・するおそれがある』状態というまでには至っていないと裁判で判断される可能性もあると思います」(平弁護士)

法制定時の状況はどうだったのか。参考指標の1つとして、消費者物価指数をみると、1973年は前年比11.7%、1974年は23.2%と大幅に上昇している。一方、2020年4月は前年同期比で0.1%の上昇でしかない。

「著しい物価の高騰のおそれという物価要件が本当に認められるのかが1つのポイントになると思います。物価要件(同法26条1項)の規定の仕方(文言)や、罪刑法定主義(同法37条等)の観点からも、物価要件は厳格に解釈・適用されるべきでしょう」(平弁護士)

●転売禁止、法改正で明確にすべき

コロナ問題では、アルコール消毒液などの転売も5月26日から規制された。

しかし、平弁護士が指摘するように「物価」が要件であれば、現行法下では捜査されることはあっても、処罰までは難しいということにもなりそうだ。

5月下旬になって、マスク転売での検挙報道が出てきたのは、アルコール消毒液の転売禁止に先駆けた「牽制」という側面があるのかもしれない。

「物資が行き渡るようにすることは大切ですが、他方で転売をする経済的自由の方を無視するわけにもいきません。

法治主義国家ですから、物価要件を満たすかという判断は捜査段階においても慎重に検討されるべきです。そのような検討がなされず、いわば『脅し』が目的となってしまうような捜査は、もちろん、やってはいけないことです。

急を要するなどの事情から、政令改正での対応になったのかもしれません。ただ、第二波、第三波が予想されることを考えれば、財産権など憲法問題を議論したうえで、法律の改正で早期に対応するのが妥当ではないかと思います」(平弁護士)

【取材協力弁護士】
平 裕介(たいら・ゆうすけ)弁護士
2008年弁護士登録(東京弁護士会)。行政訴訟、行政事件の法律相談等を主な業務とし、憲法問題に関する訴訟にも注力している。日本大学法学部助教(行政法専攻)。審査会の委員、公務員研修講師等、自治体の業務も担当する。
事務所名:鈴木三郎法律事務所