パワハラやセクハラがオフィスから舞台を移しています(写真:metamorworks/PIXTA)

「上司からとにかく業務の進行具合について細かく説明を求められます」

大手生命保険会社に勤務し、このコロナ禍で在宅勤務を続ける島本さん(28歳・仮名)は、上司の言動にうんざりしています。「ちゃんと仕事してるんだろうな? という圧が透けてみえます」

新型コロナウイルスの影響で、在宅勤務をはじめとしたテレワークに移行する会社員が急増。島本さんもその1人です。

緊急事態宣言後、正社員のテレワーク実施率は全国平均で27.9%。

パーソル総合研究所が、2020年4月10〜12日に全国2.5万人規模の調査を実施した「新型コロナウイルス対策によるテレワークへの影響に関する緊急調査」によると、労働者の約3割がテレワークで働いています。

第1回調査(3月半ばの時点)の13.2%と比べ、1カ月で2倍以上に増えました。国勢調査に基づいて簡易推計すると、テレワークを行っている人はこの1カ月で約400万人増、約760万人がテレワークを実施していることになります。

一方で、不慣れなオンラインでのコミュニケーションが原因となって、ネットやSNSでは、すでにテレワーク・ハラスメント(テレハラ)、あるいはリモートワーク・ハラスメント(リモハラ)という言葉が生み出され、その実態を伝える記事が増えてきています。

オンラインの「3密」状態

仕事ぶりが見えづらくなることで、任せている仕事が期日を守って納品できるかどうかをチェックすること自体は上司の役目です。最近は定期的な1on1ミーティングなどで、“部下の仕事の進捗状況をチェックしながら相談に乗る”といったマネジメントも推奨されています。成果物の出来栄えだけでなく、業務の進め方を確認するのも上司の仕事と考える向きがマジョリティかもしれません。

もっとも、そうした部下に寄り添うマネジメントの観点を持ち合わせていなかったとしても、部下を管理したがるのは上司の性でもあります。こうした中でリモート環境において管理を強めたくなる上司は、どうしても増えます。それがオンライン上の「3密」状態を発生させ、テレワーク・ハラスメントにつながるのです。

オンライン上の「3密」とは、上司が仕事について密に説明を求める「密説」、上司がリモート上でも密に監視する「密視」、上司が密に会議招集する「密会」というオンラインマネジメントにおける3つの密を指します。

冒頭で紹介した島本さんが、置かれているのがまさに「密説」の状況です。

「常にパソコンの前にいるかチェックされていている」「チャット等で定期的に話しかけられる」といった「密視」は、オンライン3密で最も数多く聞かれる事例かもしれません。中には「ずっとテレビ会議をつなぎっぱなしにさせられて、1秒の隙もなくひたすら監視されています」(江澤さん・仮名・食品メーカー勤務)であるとか、「2分に1回、上司にZoomで撮影されます」(原田さん・仮名・小売業勤務)といったかなり極端な「密視」の例もあります。

「サボってないかが気になるのかもしれませんが、そう思われていると感じた時点で、こちらからの信頼感もなくなりました。部下の監視に気をとられてばっかりで、自分の仕事はしなくていいんですかね」と、原田さんはあきれ顔です。この環境に辟易した原田さんの頭には転職もよぎっているとのこと。

「必ず遅い時間にオンラインミーティングを入れてくる。あれは絶対に、残業しているか確認するため」というのは人材サービス系で新卒2年目の菅野さん(仮名・24歳)。「メールかチャットで伝わる内容なのに、必ずテレビ会議を設定されます。超時間の無駄」と、新居さん(仮名・マーケティング勤務)はいら立ちを隠しません。やたらと会議を招集する「密会」はリアルな職場にも見られますが、リモートでより増えているようです。

マネジメントにおいて“部下の仕事ぶりを管理すること”が重要な任務であることは、先述のとおり。しかしそこには、少なからず性悪説的な視点も生まれがちです。

テレワークをうまく生かせるコツは、性悪説ではなく性善説に立脚し、業務プロセスより成果を重視することとされています。リモート環境において、そもそも業務の進捗をこと細かく管理するには限界があります。

プライベートが見えすぎる問題

仕事ぶりが見えづらいことが、テレハラの温床となってしまう一方で、見えすぎることで起きてしまうハラスメントもあります。

テレワークをしていると必然的にコミュニケーションは、SlackといったチャットツールやZoomといったテレビ会議ツールを使うことになります。これらのツール自体はとても便利なのですが、家にいながらカメラを通して話すわけですから、いろんなモノも映り込みます。これまで知りえなかった相手のプライベートが見えてしまうことで、リモート環境では仕事場と自宅との境界が薄れていくことになります。これがセクハラの温床になってしまうのです。

秋本さん(仮名・30代・女性社員)はPCセッティングや部屋の整備など不慣れなオンライン会議への対応で、テレワークを始めた当初は余裕がなかったのが、次第に上司の発言に疑問を感じるようになったとのこと。

「『在宅で少し太った?』とか『今日、すっぴんなの?』とか、いままで言われたことなかったようなことを指摘され……」と、違和感を口にしました。オフィスでの上司には信頼を寄せていただけに、「これって、やっぱセクハラですよね。ちょっと不快です」と残念そうでもありました。

にわかには信じがたいレベルのセクハラ発言というか、今どきのリアルな職場ではほぼ絶滅した発言です。

秋本さんのケースだけでなく、「素敵な部屋だね。全体を見せてよー」とか「必要以上に背景について聞かれる」といった内容もあるようです。パソコンの向こうに私生活が垣間見えるという新鮮さと生々しさを感じる一方、オンラインでは相手の表情がはっきりとはわからないし、周囲に目撃される可能性がない。それだけに、対面では見せられない思い切った言動に出やすい。こうした気軽かつ大胆に発言してしまいやすい環境は、リモートならではです。

子どもが近くにいると嫌な顔をされる

「リビングでビデオ会議をやってたんですけど、子どもが部屋から出てきて映りこんじゃって。上司に嫌みを言われました」「泣き出した子どもの世話をして、仕事やミーティングが中断したとき、すごく嫌な顔される」などなど……。プライベートが見えすぎる問題で、最も悩ましいのが子育てとの両立が見えてしまうことかもしれません。

今は学校もほとんどが休校ですし、とりわけ家族全員がステイホームしているわけですから、子どもが不意にテレビ会議などに登場してしまうのは仕方ないのに、そこをとやかく言われてストレスを抱えて、凹む人もいるようです。

子育て家族への理解がない。そうした部下の在宅勤務環境に配慮できないテレハラ中でも最もベーシックなものとしてあげられるのは、上司が電波環境の悪さにいら立ちをみせることのようです。

「自宅の接続環境、回線速度が悪いことで、嫌みを言われた」「回線が途切れて聞き取れなかったので聞き返したら、すごくイライラされた。その経験から聞き返せなくなった」などなど、部下からすると、どうにもできないことに苛立つケースが多く聞こえてきます。起こっている事象は、電波環境起因のテレハラですが、その根底にあるのは上司の理不尽さ。リアルな職場で起こっていたハラスメントとなんら変わりません。

日頃から理不尽な上司に対して、テレワーク環境で決行した部下たちの「謀反」もあります。そういった意味では、部下からのコミュニケーションに上司が痛む「逆のハラスメント」ともいえます。

とあるコンサル会社の課長、岩下さん(仮名)は、定例の課会のためメンバー全員をテレビ会議に招集したのですが、9人のメンバー全員が頑なに画面を共有してくれなかったと話してくれました。「テレワーク体制になってから、ずっと同じ状況です。エヴァンゲリオンのゼーレ状態っていうか。ちょっとマニアックな例えですが。とにかく無機質な会議で……」と、岩下さんは自嘲気味に話してくれました。

「新世紀エヴァンゲリオン」に登場する会議風景は、確かに話題になりました。声は聞こえるものの、画面には“サウンドオンリー”と書かれた文字が見えるだけ。まさに画面を映さないZOOM会議状態です。

「よほど嫌われてたんでしょうね」

「何回か、画面を映すように求めたんですが……。よほど嫌われてたんでしょうね」という岩下さんが直面している状況は、事由の小ささゆえに厄介です。岩下さんもとりたてて必要以上には責めにくい。リアルなオフィス環境で働いていた時から脈々と存在したコミュニケーション課題のツケが回ってきたようです。

岩下さんは「今から挽回できるのか。でもコロナ禍を機に、改めてマネジメントに向き合います」と、最後は開き直った口調で語っていました。
緊急事態宣言が解除されたとしても、いったん火がついたテレワークの流れは止まらないでしょう。

実際のところ、今回、急に在宅勤務をはじめた「にわかテレワーカー」の多くが、そのメリットを実感しています。通勤時間がなくなる、集中して効率的に作業できる、介護や子育てと並行しながら仕事ができる――。パーソル総研の同調査でも、新型コロナが収束した後もテレワークを続けたいと回答した人は53.2%と過半数に達し、20代と30代の若者世代では6割を超えています。

コロナウイルス感染防止の観点だけでなく、これまで進みが遅かった働き方改革推進の文脈からも、テレワークを社会に根付かせていくことは重要です。しかしテレハラが広がっていくと、せっかく広がったテレワークが下火になりかねません。

ハラスメント対策を手がける「ダイヤモンド・コンサルティングオフィス」はテレワークにおけるハラスメントの実態調査を実施。テレワークで上司とのコミュニケーションに不快感を覚える部下は、なんと8割に上ることがわかりました。しかも職場への出社時と比較してストレス等が増えたと感じる会社員が66.4%。すでにテレワークアレルギーの兆候も表れています。

昨今は、なんでもハラスメントにつながってしまいがちな時代ですが、テレワークでもとうとうハラスメントが登場してしまいました。くしくも2020年の6月からパワハラ防止法が施行されます。より一層力を入れたハラスメント対策が必要になる中、コロナ禍に端を発したオンライン空間でのハラスメントへの対応も求められていきます。

アフターコロナのニューノーマルという言葉が話題になっています。オンラインベースの職場コミュニケーションにも新しい常識は求められるのでしょうが、その根本にあるのが普遍的な人と人との信頼関係にあることは言うまでもありません。