中国への「口撃」を強めているトランプ大統領(写真:Leah Mills/Reuters)

新型コロナウイルス感染症によるパンデミックをめぐる米中間の批判合戦は、この1週間でさらにエスカレートの度を増している。意趣を含んだ厳しい言葉の応酬や罵倒が日常の出来事になり、舌戦が台湾や南シナ海での深刻な緊張を一段と高める懸念が高まっている。

重要な医療機器やハイテク機器製造において、中国に依存するサプライチェーンからの「デカプリング(分断)」の要請は、中国の通信大手企業ファーウェイが、アメリカが設計したテクノロジーを使用するのを阻止するため、新しい対応策が取られることで具現化した。

大統領選の「宣伝材料」に

中国の習近平国家主席と、アメリカのドナルド・トランプ大統領の2人は、パンデミックにより共に国家元首としての正当性と政治家としての将来への挑戦に直面し、危機を招いた責任の転嫁に忙しい。

中国政権は、その主張の信憑性に広く疑問を抱かれているにもかかわらず、自国の統治システムの優位性を喧伝し、世界的なリーダーとしての地位を確固とするための積極的なキャンペーンを展開している。極端なケースではアメリカ軍をやり玉に挙げ、ウイルス蔓延を外国人の責任にする排他的な宣伝も行った。

大統領選が差し迫っているトランプ大統領にとっては、「宣伝」の緊急性はより高い。こうした中、パンデミックを全面的に中国の責任とし、大統領選民主党候補のジョー・バイデン前副大統領を「北京バイデン」と呼んでいる。

この戦略は、4月17日の共和党の機密メモでも説明されている。メモでは、立候補者に民主党を「中国にやさしい」と非難させ、新型コロナウイルスを「数万人の命を奪った、中国の隠蔽による奇襲攻撃である」と主張するよう指示している。

「この選挙は中国に対する国民投票になるだろう」。ピーター・ナバロ大統領補佐官はテレビのインタビューでこう話している。

1月15日にトランプ大統領が中国との貿易協定に署名したときは、状況はまったく異なっていた。貿易協定は、アメリカの好景気を背景に、「アメリカ・ファースト」を掲げた大統領再選戦略の最重要項目だった。その後の2カ月間、トランプ大統領は中国と習近平国家主席に対して、新型コロナウイルスへの対処を含め、称賛を送り続けた。

だがその後、株式市場の大崩壊、のしかかる景気後退、そして新型コロナ感染率の上昇がトランプ大統領を襲った。

「新型コロナとその後の経済崩壊が彼の大統領選に大打撃となり、トランプ大統領は完全にパニックに陥った」と元オバマ政権で国家安全保障会議アジア上級部長だったジェフリー・ベイダー氏は話す。「トランプ大統領は新しい悪役を見つける必要があった。中国側のコロナの取り扱いについての一連の陰謀論を考え出す必要に迫られていた。背後には、大統領関係者によって組織された偽情報キャンペーンがある」。

情報機関にも証拠裏付けを求めている

ニューヨークタイムズ紙などによると、トランプ大統領は、アメリカの情報機関にキャンペーンを裏付ける証拠を探すよう強く求めている。この点、筆者も情報機関の高官に確認している。

「トランプ大統領が次に取った手段は、CIA(中央情報局)、NSA(国家安全保障局)、およびDIA(国防情報局)を含むアメリカの情報機関すべてに、中国が新型コロナウイルス感染症に責任があるかどうかを知るため、それぞれの機関が持つ情報ファイル――通信傍受、ヒューミント(諜報で得た情報)などあらゆるもの――を調べ上げることを課した」とこの高官は語る。

「この種の任務が課せられると、いきなりまことしやかな、操作され、誇張された『機密情報』とやらがいつもどこともなく出てくる」。

当局者はトランプ大統領に課せられた圧力を、イラク侵略を正当化するために、9月11日のアメリカへのテロ行為と、イラクとアルカイダ間の結び付きの証拠をCIAに対して求めた、ディック・チェイニー元副大統領の圧力と並べて語る。

「パンデミックがどのようにして生じたのかを決定することの重要性を否定することはできないが、同様にパンデミックへの対処におけるトランプ大統領の拙劣な対応やリーダーシップから人々の目先をそらす手段として、情報機関を政治的に利用しているという見方から逃れることは困難だ。もちろん、これらすべてが1つの目的、つまりトランプ大統領の再選に役立つことが意図されている」と高官は語る。

アメリカの外交専門誌『フォーリン・ポリシー』には、元CIA高官3人が珍しく共同執筆を寄稿し、トランプ政権による情報機関の政治化に関して次のように主張している。

アメリカがパンデミックに直面している現状において、こうした政治化が行われていること自体が特に懸念される。情報機関に問われている重要な質問事項――新型コロナウイルスは自然界のものか、それとも中国の研究室から流出したものか? 中国政府は伝染病の範囲と規模をどの程度事実を曲げて述べていたか?――への回答は、特に中国に関して、アメリカの安全保障政策の将来に多大な影響を与えることになるであろう。

こうした質問に対してトランプ大統領が求めている回答は知っている。われわれが分からないのは、アメリカの情報機関でキャリアを積んでいる分析官が、真実が分かったときに、その真実を語ることが許されるのかだ」。

中国は故意に感染症を広め始めた

アメリカのマイク・ポンペオ国務長官が先頭に立って、今週世界保健機関(WHO)に送られた、同機関が中国寄りの業務遂行をしていることを批判した4ページの書状を含め、トランプ政権は中国を非難するグローバル・キャンペーンを仕掛けている。

トランプ大統領と側近補佐官たちは、当初中国政府が新型コロナに関する情報を抑止した、またはウイルスそのものが中国の研究所から流出したものだと主張し、同国政府に責任を転嫁することを試みていたが、最近では非難の度合いを強めて、中国政府が故意に感染症を世界に広めたという大胆な告発に動いている。

この1週間の自身のツイートで、トランプ大統領は中国を、「世界中に広めた痛みと殺戮の惨状から逃れるために必死の努力をしている」と批判。反中国政策の主要人物である大統領補佐官であるナバロ氏は先週、ABCニュースに対し、「中国は、数十万という中国人をミラノやニューヨークなど世界各地に旅客機で送り込み、新型コロナウイルス感染症を拡散させた」と語った。

この論法は、当初、チェイニー副大統領の元副大統領首席補佐官であり、現在は政府の中国政策に最も重要な影響力を持つ、保守系シンクタンクであるハドソン研究所の上級副社長であるルイス・“スクーター・”リビー氏により公表されたが、ほとんど顧みられることもなかった。

リビー氏は、4月29日に発刊された保守系誌『ナショナル・レビュー』のエッセイで、習近平中国国家主席と共産党の指導部は当時、複数の重要問題を抱え、脅威にさらされていたと主張する。例えば、香港での抗議活動、独立派台湾政府の再選、中国のイスラム教徒抑圧の暴露、そして中でも最も影響が大きいのはトランプ政権の厳しい貿易政策による中国経済のつまずきである。トランプ大統領が再選に向かう中、習近平国家主席に対する反対意見が党内で高まりつつある、と彼は書き記している。

中国での新型コロナの発生は、習近平国家主席にとって、新たな挑戦となった。「新型コロナウイルスが主に中国国内で猛威を振るっている限り、中国経済の成長だけを妨げ、中国政府だけが汚名を被る事態を招くこととなる。習近平中国国家主席にとっては困難が増し、悪夢のような展開が待っていた。 その間ずっと、世界経済は予想どおに飛躍し、中国から顧客を奪い、中国が長い間求めている栄光を横取りするかに見えた」。

しかし、パンデミックは中国にとって僥倖となる可能性も持っていたとリビー氏は主張する。新型コロナウイルスが蔓延すれば、中国政権内部の悩みは拡散し、また一方で「新型コロナウイルス感染症で経済が弱体化した国々は、中国製品に対する依存度を高めざるを得なくなる」と説く。トランプ大統領の再選はもはや確実ではなくなり、アメリカ経済の弱体化はアメリカの国防支出に影響を与えるに違いない。

イラク戦争時と同じ「創作問題」か

リビー氏の語るところでは、習国家主席は単にチャンスを利用する以上のことを実行した。

中国政権は、故意に「数万人の旅行者を新型コロナに感染させ、中国から離れさせ、当時不用心だった国々へ送り込んだ」。そして、これはすべて、習近平国家主席の側近による、世界支配の探求の一部であると彼は結論付けている。「彼らの間では、中国の優位性を示すための情熱がたぎっている」。

リビー氏が、こうしたシナリオを描くことは、特に珍しいことではない。過去においては、イラクが大量破壊兵器を製造しており、911のテロ攻撃に関わっているという誤った主張を支持するようCIAに圧力をかけたときのチェイニー元副大統領の交渉担当者だった。

こうした主張に異議を唱えた外交官を失墜させる計画を企てたことで、リビー氏自身は2007年に偽証罪と司法妨害の有罪判決を受けている。しかし、驚く展開が待っていた。チェイニー元副大統領からの嘆願を受けてもジョージ・W・ブッシュ元大統領が拒否したにもかかわらず、リビー氏は2018年4月にトランプ大統領によって恩赦を受けている。

情報機関高官は、イラク戦争時にリビー氏が果たした役割と比較して「リビー氏の投稿には、前回と同じ創作問題を繰り返している感触と匂いがする」と話している。

「これもまた、リビーのすり替えマジックで作り上げたファンタジーだ」と、アジアで長い経験を持つ別の元情報機関高官は話す。同氏は中国の指導者たちがウイルス拡大に関心を持っていたとするリビー氏の考えも退ける。

「共産党の正当性、習国家主席の立場、そして何よりも中国の将来にとって、たとえ成長率がかなり鈍化しているとしても、持続的な成長が不可欠だ」と前情報機関高官は話す。

「その点、新型コロナの感染拡大は、中国の経済成長をさらに抑制し、中国に不利益をもたらす形でサプライチェーンの見直しを加速するだけだ。中国の指導者たちはそれを理解している」。

安倍首相が演説したハドソン研究所

中国をめぐる懸念についての発言が増える中で、ひときわ全体主義国家として、世界支配を見据えた長期計画を持っていると中国に対して悲観的な見方をしているのが、ハドソン研究所である。

トランプ大統領との近さをアピールするマイケル・ピルズベリー氏や、リビー氏などの執筆陣は、ハドソン研究所を拠点としている。2019年10月にポンペオ国務長官がそうしたように、マイク・ペンス副大統領も2018年後半にハドソン研究所で、自身の主要な中国に対する強硬政策の演説を行っている。

ハドソン研究所はまた、安倍政権がホワイトハウスに近づく必要があるときに、好んで使うチャネルとなっている。安倍晋三首相はハドソン研究所で数度公式演説を行っているが、同研究所に紹介したのは個人的な友人であるリビー氏である。安倍首相のもう1人の友人であるケネス・ワインスタイン所長は、次期駐日アメリカ大使に指名されている。

トランプ大統領の中国観は、主に貿易不均衡問題に対する執着と彼のネオ孤立主義者としての衝動から作られているようだが、ポンぺオ、ナバロ、リビー各氏の中国観は、中国に対する脅威から根付いたものだ。

「特定のイデオロギーを持つ者にとって、今回の騒動は抵抗を克服するために好都合であった」とジェフリー・ベイダー氏は話す。

「トランプ大統領は選挙戦に臨むにあたって政策が必要だったので、今の流れに乗っている。筋金入りの保守派は、大統領が選挙戦で勝てるかどうかまでは分からない。しかし、11月までにできる限り多くのことを実現しようとしている」