かつて松坂屋だったギンザシックスも臨時休業中(筆者撮影)

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【緊急リポート 百貨店の断末魔】

いち早く再開し攻める高島屋は百貨店の今後を占う“試金石”

 J・フロントリテイリング

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 百貨店業界の勢力図に最近、大きな動きが出ている。売上高トップが入れ替わったのだ。盟主・三越伊勢丹ホールディングス(HD)に代わって、その座に就いたのは大丸松坂屋百貨店を擁するJ・フロントリテイリング(以下=Jフロント)。19年度売上高で、三越伊勢丹HDの1兆1191億円を抜き、1兆1336億円を計上。わずかながらJフロントが上回った。

「三越伊勢丹HDが3月決算、Jフロントが2月決算なので、新型コロナウイルスの影響の度合いを考えれば、手放しで喜ぶような状況にはないが、トップに立ったのは歓迎すべきこと。数年前まではあちらが圧倒的な強さを誇っていたのですから」

 声を弾ませるのは大丸松坂屋の中堅社員。だが、同じ大丸松坂屋でもベテラン社員の見方は違う。

「今や、Jフロントの百貨店事業の売上は全売上の63%しかない。“脱百貨店”をうたったのは初代社長の奥田務さんですが、その流れはますます加速している。近い将来、百貨店ではなく、不動産業に分類されることになるのではないか」

 このベテラン社員の言葉はどこか怒気を含んでいる。その理由は、彼が松坂屋出身だからだ。

「松坂屋は完全に大丸に好きなようにされている。基幹店の銀座松坂屋はギンザシックスに建て替えられ、松坂屋の『ま』の字もない。しかも、百貨店の直営売場もなくなり、完全にテナントビジネスに鞍替えしてしまったのです」

■ケチのつき始めは村上ファンドに狙われた松坂屋

 2000年代半ば、村上世彰氏が率いる村上ファンドのターゲットとなったのが松坂屋のケチのつき始めだった。筆頭株主に躍り出た村上ファンドにさんざん振り回され、収拾するために大丸に救いの手を求めたのだった。07年、大丸と松坂屋は経営統合。Jフロントが発足した。

 Jフロントの初代社長は前述の通り、奥田務氏。実兄はトヨタ社長や経団連会長を歴任した奥田碩氏だ。2代目社長が山本良一氏。そして、この5月28日に3代目社長に就任するのが好本達也氏。いずれも大丸出身だ。

「しょせん、松坂屋は負け犬。経営統合は救済合併だったと、今さらながら思い知らされています」

 それにしてもなぜ、新型コロナの対応に追われる真っ只中のタイミングで社長を交代したのだろうか。発表があったのは4月10日のことだ。

「奥田さんがJフロント社長を務めたのは6年。山本さんはそれを超える7年になり、年齢も69歳になっていた。若返りを図らなければ、この非常時は乗り切れないという判断があったのです。とはいっても、好本さんもすでに63歳と決して若くはないのですが」(前出・中堅社員)

 好本氏は大丸の基幹店の心斎橋店に20年近く勤務。現場を隅から隅まで知り尽くしている人物だけに、脱百貨店とは逆行する起用にも思える。

「企画畑での経験も豊富だし、2013年に事業会社の大丸松坂屋の社長に就いてからは、山本社長の右腕として、店舗の開発や不動産事業を精力的にこなしてきた。ギンザシックスや、昨年秋、86年ぶりに建て替えた心斎橋店本館は好本さんが中心になって手がけたものです」(中堅社員)

 今回の人事で注目されるのは好本氏の社長起用だけではない。Jフロントの執行役常務で経営戦略統括部長などを務めていた澤田太郎氏を取締役執行役専務兼大丸松坂屋社長。取締役兼執行役常務でパルコ社長だった牧山浩三氏を取締役兼執行役専務に昇格させたのだ。なお、牧山氏は引き続きパルコ社長を兼任する。

■パルコ社長の牧山氏が専務昇格の人事の意味

 この人事を前出の松坂屋出身のベテラン社員が次のように解説する。

「これまでは山本さんの一頭体制でしたが、好本社長と専務2人のトロイカ体制が組まれることになります。大丸出身で好本さんとともに心斎橋店本館の建て替えに奔走した澤田さんの昇格は順当といえる。ポイントはパルコ出身の牧山さんの重用でしょう。松坂屋の扱いとはえらい違いです」

 ファッションビルを運営するパルコがJフロントの傘下に入ったのは、まだ奥田務氏が社長だった2012年。ゴタゴタの末のJフロント入りだった。

 もともと、パルコの筆頭株主は不動産大手の森トラスト。そこに割り込んできたのが流通大手のイオンだった。パルコ株を買い進め、子会社化を目指したのだ。当初、森トラストはイオンに同調する動きを見せていた。

「イオンが親会社になることに猛反発したのがパルコの経営陣。まったくカラーが違うというわけです。それでイオンは買収をあっさりあきらめてしまった。それを知ったJフロントが『ではうちが』と言い出し、パルコ側も同意。森トラストは自身が持つパルコ株約33%をすべてJフロントに譲渡したのです」(森トラスト関係者)

 この買収は脱百貨店を目指すJフロントに絶好のアイテムを与えることになった。不動産開発に関して、パルコのブランド力とノウハウは大きな武器となったのである。

「昨年、Jフロントの新規事業でもっとも動いたのがパルコだったといっても過言ではない」と中堅社員は話す。

 19年度だけで錦糸町パルコ、サンエー浦添西海岸パルコシティ、川崎ゼロゲート、11月には新生・渋谷パルコが開業。Jフロントの不動産事業を牽引している。

 こうして従来の事業からどんどん離れていくことが生き残りの道だとしたら、いずれ「百貨店」という言葉は消えゆく運命なのだろう。

(田中幾太郎/ジャーナリスト)