7年間の介護ののち「墓じまい」した学者が考えた、死との向き合い方 万葉学者、上野誠の見解

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-著書『万葉学者、墓をしまい母を送る』は、中学2年生のときに祖父の湯灌をした体験に始まり、長じては郷里(福岡県)に住む母を赴任先の奈良に呼びよせ、7年にわたる介護と葬儀に至るまでの過程を克明に描いたエッセイ集です。いずれにも共通しているのが「送る側」の心情です。

私がこの本を書いた理由は2つあって、1つは私自身、大学生になって初めてのレポートが万葉集の『挽歌(亡くなった人を追悼する263首)』だったことです。卒業論文も挽歌だったし、修士論文も博士論文もそうでした。死と向き合うのは、私にとって学術上の課題でもあるわけです。

もう1つが、歴史書に載っている歴史というのは、どんな戦争があったとか、誰が大臣になったというような、誰もが知っている大きな歴史です。

しかし、歴史というのは大きな歴史だけではなく、誰も知らない小さな歴史もいっぱいあるわけです。その中で最も小さいのが自分と家族の歴史です。個人の歴史は微々たるものですが、必ず大きな歴史に繋がっています。

この10年、20年で世界の情勢が大きく変わったように、個人の生活にも大きな変化が起きました。特に死生観や葬儀のあり方をめぐる考え方の変わり様は顕著です。私は文学者として、また民俗学に関心がある者として、小さな歴史を書き残しておきたいと思ったのです。

「墓じまい」の真意

―平成4年に郷里の墓じまいをされました。実家のお墓は2階建てで、納骨室に大人が5人も入れるくらいの大きさだったとか。

昭和5年に祖父が建てた墓です。祖父は事業で成功を収めた人だったのですが、当時の郷里には、経済力を誇示し、競うかのようにお墓を大きくする風習がありました。

上野家の墓は他家に負けない大きなものでしたが、祖父が亡くなり(昭和48年)、父が亡くなると(昭和62年)、今度は私と兄とで墓を管理しなければなりません。しかし、大理石をふんだんに使った墓はちょっと修理するだけでもとんでもない出費になります。これはもう維持できません。

私は先祖をお祀りする気持ちは失いたくないと思いますが、お墓に振りまわされて生きるのもよくないと思いました。それで兄と話しあい、母に進言して墓をしまうことにしたんです。

―たいへんな費用がかかったとのことですが。

墓石は産業廃棄物になるので、粉砕しないと処分してもらえないんです。撤去するだけで、ゆうに一軒家を解体するくらいの費用はかかりました。

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その後、上野家の墓は福岡市の郊外にある霊園に移すのですが、この本を書き終えた後、母が亡くなった後ですが、霊園に用意した墓もしまって合同供養墓地に移しました。お骨は合同供養塔に納骨してあります。

―祖父の代ではどこよりも大きなお墓だったのに現在は合同供養墓地に……、何か理由があったのでしょうか。

無名性を獲得するためです。墓石には故人の名前が彫られますよね。それだといつまでも無名にならないんです。

これから長い年月が経てば、いつかは私を知らない子孫が出てきます。私は忘れ去られて、そのときようやく「ご先祖さま」と一括りで呼ばれるようになるんです。それが無名性の獲得です。そのために合同供養墓地に移したんですが、親戚には、お墓がなくても、みんな心の中でお祈りしましょうと提案し、納得してもらいました。

「送る側」がとるべき姿勢

―万葉学者という観点から、お母さまの葬儀や墓じまいを経験しての気づきや発見などはありましたか。

この20年を振り返っても、日本社会は大きく変わり、個人が重んじられる社会になりました。例えば、かつてのお葬式と言えば、ご近所中が手伝って盛大に営んだものです。しかし現代は家族葬に見られるように、家族や個人を大切にするようになりました。

葬儀は「厚葬」と「薄葬」の2つの主義から成り立っています。厚葬は弔いに重きを置き、葬儀にもお墓にもお金と手間をかける考え方です。薄葬は故人が亡くなるまではしっかりケアするけれど、亡くなったら葬儀などは簡素化し、浮いたお金を残った家族が有効に使うという考え方です。現代はまさにこの薄葬思想が行き渡った時代と言えると思います。

―読者の中には介護の真っ最中という人もいます。母を送るまで7年間介護をした経験からアドバイスをいただけますか。

介護をするときは、介護をする側が幸せでないと、介護される側は幸せな最期を迎えられないことでしょうか。

母親にとっての幸せは何かと考えたら、私が一生懸命に仕事をして、なおかつ元気でいることだと思ったんですね。だから私は、介護をしているあいだは一度も講義を休みませんでした。私が講義を休んだら母親は心配します。心配事を抱えていたら、幸せな最期を迎えられないじゃないですか。

葬儀のときも私は休講にしなかったんですよ。いつもと同じように講義をするのがいちばんの親孝行であり、いちばんの回向だと思ったからです。

それと、切り詰めなければならないところはありますが、できる限り生活の質を下げないこと。介護のために犠牲を強いられていると考えたら、母親に優しくなれません。自分は介護を“してやっている”のではなく、幸せなエンディングを迎えるために見守っているのだと考えることが肝要です。(取材・文/降旗学)

『万葉学者、墓をしまい母を送る』講談社/1400円

『週刊現代』2020年5月23・30日合併号より