日本映画で初のキスシーンを演じた男優が大坂志郎さん。ドラマ「大岡越前」などで活躍した昭和の名脇役にそんな一面があったとは意外である

▼出演作は「はたちの青春」。終戦直後の1946年のきょう公開された。大坂さんの感想が面白い。「接吻(せっぷん)とは消毒臭いものでした」。カメラに映らぬよう、ごく小さなガーゼにオキシドールを染み込ませ女優の唇との間に挟んだとか

▼驚くことにこのシーンは連合国軍総司令部(GHQ)の指導で挿入されたという。欧米流の感情表現を控える日本人の意識改革も、民主化の一環だったのかもしれない

▼GHQの意図はどうあれ、キスシーンは常に映画の華。中でもイタリア映画「ニュー・シネマ・パラダイス」は圧巻である。戦争で父を亡くした少年と映写技師の物語。少年は検閲でカットされたキスシーンのコマを欲しがり技師に叱られる

▼数十年後、技師の葬儀で元少年に渡された形見の品が、そのコマを編集したフィルムだった。50本近い名画のキスシーンが一気に展開されるラストは嵐のよう。触れ合いなしに生きられぬ人の悲しさ、いとおしさに胸をかきむしられる

▼コロナ禍で人と人が十分に触れ合えず、もどかしい日が続く。が、日本が欧米よりはるかに低い死亡率を保つのは、キスやハグを控えお辞儀で済ませる文化も一因とか。消毒した手を心の中でしっかり取り合い、一歩ずつ前へ進みたい。