テレビ会議などのテクノロジーを活用したテレワークが世界的に定着していく可能性も(写真:ロイター/アフロ)

未曾有の新型コロナ危機を経て世界の経済はどう変わるのか。「コロナ後」に向けて政府や企業はどう対処すべきか。財務省財務官や経済協力開発機構(OECD)事務次長を歴任し、現在は国際金融情報センター理事長を務める玉木林太郎氏に聞いた。

――過去の経済危機と比べて新型コロナ危機はどのような違いがありますか。

コロナのパンデミック(世界的流行)は公衆衛生上の危機として始まったが、これが経済のサプライサイド(供給側)のショックとなり、サプライチェーン(供給網)の寸断で供給と需要の接点が失われてしまった。もともと需要不足という状態ではなかったが、感染拡大抑制のための行動制限によって需要も急激に落ち込んだ。

2008年のリーマンショックのような金融システムの危機ではなく、当時の経験を頼りにできない。1929年からの世界恐慌の教訓も役に立たない、まったく別の顔を持った危機といえる。

このパンデミックが厄介なのは、世界の人々の間に危機がある限り、全員にとっての危機も終わらないということにある。世界のどこかで感染拡大が残っていれば、それが世界経済全体が危機を脱するうえでの制約になる。日本だけが影響を受けないということはありえない。パンデミックが終息するという事態をどう捉えるべきか、その判断は非常に難しい。

ソルベンシー軽視の市場に違和感

――国際通貨基金(IMF)は「大恐慌以来の大不況」と表現しました。

IMFは毎年4月と10月に世界経済見通しを発表するのが決まりとなっており、まだコロナの影響に関するデータが少ない中で無理をして出した印象も否めない。

2020年の世界の実質GDP(国内総生産)成長率はマイナス3%としたが、年後半からは回復に転じるというのが今回のベースシナリオ。だが、このシナリオは必ずしも有効ではないとIMF自身が認めている。先行きの不確実性は極めて強く、あまり思いわずらっても仕方がない。

むしろ気になるのは、経済活動の実感と金融市場の動きが乖離していることだ。小さなニュースでも好感して株価が急騰する。(旅客が激減した)アメリカの航空会社の社債が飛ぶように売れる。中央銀行の流動性供給によって市場のマネーが増えていることが背景にあるとしても、ソルベンシー(財務健全性)を気にしない投資の拡大には違和感を覚える。この乖離はいずれどのような形であれ、収斂されていくはずだ。


玉木林太郎(たまき りんたろう)/1953年生まれ。1976年東京大学法学部卒業後、大蔵省入省。財務省国際局長、財務官、OECD事務次長などを経て2017年10月から国際金融情報センター理事長(撮影:今井康一)

金融市場の投資家は年後半からの景気回復を前提に、とにかく足元の相場の流れに乗り遅れまいと短期主義で動いている。だが、5年、10年、20年先といった長い目で世の中を見ると、違った姿が浮かび上がってくる。景気が回復することは重要だが、もっと大事なのは、今回の危機を経て、世界経済が質的に大きく変わろうとしていることだ。今までの経済に戻ろうとしているわけではない。

従来のビジネスモデルが無効に

――どのような質的変化が見込まれますか。

例えば、ロックダウン(都市封鎖)が終わっても、かつてのような国際的な人の移動やインバウンド需要の復活は見込みづらい。アメリカからの出張者や中国からの旅行者がすぐに元の水準に戻ることはないだろう。また、テレビ会議などのテクノロジーを活用したテレワークが普及し、働き方や街の姿が大きく変化しているが、これもまったく元通りになることはないと思われる。


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経済活動の質的な変化によって、これまでのビジネスモデルの多くが無効になっていく。昔に戻ればいいという企業は脱落し、変化に対応して新たなビジネスモデルに転換できた企業が生き残る。そうした新陳代謝が激しくなっていくのではないか。

質的な変化は、地球規模の課題である「気候変動」との関係でも言える。コロナで得た教訓の1つは、公衆衛生の専門家の意見に世界が耳を傾けたということだ。気候変動の世界ではこれまで、国際的な専門家でつくるIPCC(気候変動に関する政府間パネル)による科学的知見と予見を基に議論がなされてきたが、世界はあまり真剣に耳を傾けないできた。

気候変動もパンデミックと同様、世界の全員にとって危機が終わらないと、終わったことにならない。コロナ危機を経て、気候変動に対する考え方にも変化が出てくるだろう。

――経済の質的変化の中で新陳代謝が激しくなるということですが、資金繰り支援や官民ファンドの立ち上げを含め、企業に対する公的支援の拡充が日本でも求められています。

私はOECDの事務局に在籍していた2013年に、各国企業の銀行借り入れに対する公的信用保証の比率を調べたが、日本は圧倒的に高かった。リーマンショック後に企業の倒産を防ごうと公的支援を強化したためだ。

それで倒産は減ったが、結果的に企業の新陳代謝が少なくなった。競争力を失った低賃金のビジネスやゾンビ企業の多くが生き残り、人材のシフトもあまり進まなかった。公的支援の拡充にはそうした弊害もある。

今回はリーマン時をはるかに上回る公的支援が行われようとしている。社会の安定のために公的支援は重要だが、単なる延命だけでは非効率を温存することになりかねない。今回はビジネスモデルを問う危機でもあり、公的支援を新たな将来の姿につなげていくことが必要だ。

気候変動と整合的な投資を

――公的支援を含めた巨額の財政出動は、将来の負担増となって国民に跳ね返ってくるという現実もあります。

未曾有の経済危機にある今は、財政規律や将来の負担増について語ることは適切ではないともいわれる。

しかし、将来に向けてビジネスモデルが変化していく中、財政支出も昔と同じような公共投資をしていては資金が無駄になるだけだ。欧州連合(EU)が推進する「欧州グリーンディール」のように、経済成長だけでなく、長期的な課題である気候変動とも整合的な投資を拡大していくことが求められる。

将来の負担増についてもしっかり語る必要がある。今回はリーマン時をはるかに上回る財政支出が見込まれる。危機が終息した後、積み上がった巨大な債務を誰がどう払うのか、誰が得をし、誰が救済され、誰がツケを払うのかという議論を避けることはできない。


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――コロナ危機の中で世界的な格差の拡大も懸念されています。

大きな問題は、新興国におけるリスクの高まりだ。公衆衛生上の脆弱性から新型コロナの感染が急拡大しているうえ、国境封鎖によって経済的なダメージも深刻化している。

崩れる新興国の発展モデル

その中で新興国からの資金流出が加速しているのに加え、外国からの直接投資も大きく減少している。コロナ危機を受けてグローバルなサプライチェーンの見直しが進んでいるためで、新興国に工場をつくることのリスクが懸念されている。いろいろな意味でこれまでの新興国の発展モデルが崩れつつあるといえる。

先進国から新興国への大きな資金の流れが逆転して新興国が危機に陥るという事態は、(アジア通貨危機やロシア、ブラジル債務危機など)1990年代にもあった。IMFによる支援体制の強化を含め、先進国の貯蓄を新興国や途上国へ流す枠組みを検討する必要があるだろう。

――原油価格の急落も新興国に大きな影響を及ぼしています。

石油収入によって国家財政を支えている中東産油国のレジーム(政治体制)が大きく揺らいでいる。石油や天然ガスの価格が安くなったからといって、気候変動対策、脱炭素の必要性が高まる中、需要の伸びには限界がある。長期的に価格低迷が続く可能性は高い。ロシアを含めた産油国の体制がドミノ的に不安定化する事態も潜在リスクとして想定しておくべきだろう。