【数土直志の「月刊アニメビジネス」】劇場公開からネット配信に「泣きたい私は猫をかぶる」決断の成否は?

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(C) 2020「泣きたい私は猫をかぶる」製作委員会

新型コロナウイルス感染症の拡大は、日本の様々なエンタテインメントにも甚大な影響を与えている。早くから劇場運営の縮小・一部休止などを実施した映画業界もそのひとつだ。4月の国内映画興行収入は前年比96パーセント減と発表されている。
 もうひとつの映画業界への影響は、相次ぐ公開延期である。アニメでも「名探偵コナン 緋色の弾丸」「シン・エヴァンゲリオン劇場版」「劇場版ポケットモンスター ココ」などの大作を含めて、3月末から7月にかけて多くの映画が公開延期を決断した。

「泣き猫」配信スタートの驚きと、失うもの
 そうしたなかでアニメ業界を驚かせたのが、「泣きたい私は猫をかぶる」のNetflixでの全世界同時配信でのリリース決定である。もともと本作は20年6月5日に東宝映像事業部配給で全国公開を予定していた。しかし他の多くの作品と同様に公開延期となり、新たな劇場公開スケジュールを決めることなく、6月18日より世界配信を決定した。
 「泣きたい私は猫をかぶる」は、猫に変わることができる女子中学生・ムゲと彼女が憧れる同級生・日之出賢人とのファンタジックなラブストーリーだ。18年に初の長編映画「ペンギン・ハイウェイ」が大好評を博したスタジオコロリドの長編第2作、監督にベテラン佐藤順一と新鋭の柴山智隆を起用、脚本はヒットメーカーの岡田麿里と、相当力の入った期待作である。

配信後にあらためて劇場公開されるかは現時点では不明だが、もし公開されなければ興行収入はなくなるし、仮に公開されても当初予定していた興行収入を下回る可能性は大きい。さらに世界配信により、国内外の多くの賞レースに映画としてエントリーするハードルは高くなる。
 国内外のオリジナル企画のアニメーションにとって、映画祭やアワードは作品のプロモーションで大きな役割を果たしている。そこで業界関係者・専門家に見られ、ときには受賞することでメディアに露出し評判を高める。それが海外配給の拡大につながっていく。

劇場公開を待てない理由とは
 そうした点で「泣きたい私は猫をかぶる」は、配信先行を決断しやすい環境にあった。本作の世界配給権は当初よりNetflixが購入していたと考えられるからだ。おそらく劇場公開からあまり期間をおかずに、世界同時配信のスケジュールは当初からあったのだろう。そのうえで旬であるタイミングで作品を世に出したいという制作側の想いを汲んだかたちだ。
 実際に新たな公開タイミングを探るのは至難の技だ。現在、配給会社による映画公開スケジュールの再調整は、困難を極めているとみて間違いないからだ。3月から7月まで4カ月あまりで公開延期になった作品は、単純に後ろに4カ月スケジュールずらせばいいわけでない。なぜなら夏には夏映画、秋には秋映画、年末年始にも……、すでに当初から作品が用意されている。それぞれの作品はそのシーズンに合わせた戦略で動いている。通常でも配給スケジュールはいっぱいいっぱいとされているので、新たな枠を空ける余裕はほとんどない。
 必然と大作映画が優先され、直近の公開スケジュールからはじき出される、あるいは興行規模を縮小する作品が相次ぐはずだ。通常であれば突然の配信先行決定は認めがたいはずの配給会社が受け入れた理由でもあるだろう。

世界同時配信発のメリット
 「泣きたい私は猫をかぶる」は、先の見えない不確実な映画興行より確実に世界の多くの視聴者に届く配信を選択したかたちだ。
 さらに「泣きたい私は猫をかぶる」のようなオリジナル企画の青春アニメは、鑑賞者を増やす点で配信がより威力を発揮するとも考えられる。近年国内では、一般層も視野に入れたオリジナル企画の長編アニメの興行成績はあまり伸びない傾向が強い。いずれも傑作であるにも関わらずである。劇場興行に比べて鑑賞のハードルがより低い配信は、実はこうしたタイプの作品に向いているのではないか。
 海外アニメファンにとっては、日本と同時展開はキャッチーだ。テレビアニメは日本と同時に視聴できるようになったが、映画ではまだ日本とのリリース時差が大きい。新鮮な気持ちでいち早く鑑賞できることは、プロモーション効果を発揮するだろう。今回の世界同時配信リリースは決して悪い選択ではない。

今後どんなかたち、どのタイミングになるか分からないが、劇場上映の機会もあるのでないだろうか。Netflix作品でも長編映画「ROMA/ローマ」などは、配信後に日本国内で劇場公開されている。映画祭での特別上映なども期待できるだろう。映画だからこそスクリーンで見たいというファンのニーズには応えるはずだ。
 日本、海外とも長編映画の劇場公開と配信同時展開や配信独占は、今かなりデリケートな問題として浮上している。「泣きたい私は猫をかぶる」のようなやりかたを、すぐに多くの作品が追随できるわけでない。それでも劇場映画とは何なのか、長編映画はどうウィンドウを展開すべきなのか、新しい視点で日本のアニメビジネスに一石を投じている。