メキシコ〜グアダラハラは直線距離にして約500キロ。東京〜大阪以上に離れている。所要時間は1時間15分。そこからスタジアムまで行く時間を考えれば、どんなに楽観的に予想しても、観戦は後半開始からがギリギリだった。

 55分前、飛行機はようやく離陸。すると機長はこうアナウンスした。
「大丈夫です、ご安心ください。試合には必ず間に合います。通常のルートを変更し、スピードを上げて飛行するので、グアダラハラ空港までいまから25分で到着します!」

 乗客からは拍手が湧いた。しかし、それでも空港到着は試合の30分前だ。頭から見ることは難しいと考えるのが自然だった。

 飛行機は25分後、つまり試合開始の30分前に、グアダラハラ空港に到着。タラップを降りバスに乗り込めば、驚くことに、そのバスはそのままスタジアムに直で向かった。高速道路を走っているわけでもないのに、ものすごいスピードで。

 これはどういうことかと、前方を眺めれば、白バイが先導していた。しかも走っている車線は逆車線。ハリスコ・スタジアムには余裕で到着した。ドラマチックな出来事を、喫煙所で一服しながら、周囲の人に話した記憶がある。W杯とは何か。その答えが詰まったような移動劇だった。日本では羽田空港から、大阪の吹田スタジアムや長居競技場に、55分以内(実際には45分ぐらい)で到着するなんてことはあり得ない。あり得ないことが起きた。その現場に立ち会った興奮は、いまなお息づいている。

 フランス対ブラジルを忘れることができない、一番の理由である。ブラジル対トルコ戦には絶対になかった魅力である。