世界を動かすビジネスエリートのなかで「デザインスクール」の出身者が増えている。デザインスクール出身で、Takramディレクター・ビジネスデザイナーの佐々木康裕さんは「MBAで学ぶ論理思考や戦略思考は、長らく重宝されてきた。しかしそれでは差別化ができなくなっている」という――。

※本稿は、佐々木康裕『感性思考 デザインスクールで学ぶMBAより論理思考より大切なスキル』(SBクリエイティブ)の一部を再編集したものです。

写真=iStock.com/Drazen_
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Drazen_

■論理や戦略に"プラスアルファ"が求められている

「『正解』がある問題に答えることだけが得意な優等生タイプで、社会に出て苦労している」
「昔は『正解』を出せばよかった。今はもうすでに『正解』が出し尽くされている」
「このまま目の前の課題を解決するだけの『カイゼン思考』を続けていてよいのだろうか」

日々の仕事で生み出すアウトプットに対して、何か物足りなさを感じている人は多いように思います。まだ日本が成熟された社会になる前は、「正解」を出せることがビジネスパーソンとしての評価につながりました。

目の前に解くべき問題が山積しており、その問題に対してロジカルに取り組むことで、「正解」をクリアに導き出すことが可能でした。だからこそ、ビジネススクールのMBAプログラムで学ぶような論理思考や戦略思考は、誰もが「正解」を出せるメソッドであることから、長らく重宝されてきました。

■「正解」を出せればいい、そんな時代は終わった

しかし、今はVUCA(Volatility:変動性、Uncertainty:不確実性、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性の頭文字を取った言葉)と呼ばれる時代です。

この変化が激しい時代では、問題そのものの定義や発見が難しくなっています。解くべき課題や問題が日々更新されているため、ある時の「正解」が数年、いや数か月単位で「正解」でなくなってしまってもおかしくはありません。

冒頭の方々の感じている物足りなさの原因はここにあります。問題そのものの更新をせずに「正解」を出したところで意味が無くなっているのにもかかわらず、今もなお「正解」を出すメソッドである論理思考を続ける。

それにより出てきたアウトプットは、いわゆる「芯を食っていない(的外れで・凡庸な)」ものになり、見向きもされずに葬り去られてしまいます。

それでも、論理思考で導き出した打ち手において、生まれ備わったセンスによってうまく差をつけられる人は中にはいると思います。ただ、そのような人はごく一部です。ここにビジネスパーソンが今、感じている壁が隠されていると私は考えています。

■時代は、MBA(経営学修士)からMFA(美術学修士)へ

実は、世界、特にアメリカに目を向ければ、2000年代にはすでにこの問題は指摘されていました。

2005年にアメリカで出版され、世界的ベストセラーとなった書籍『ハイ・コンセプト』において、著者であるダニエル・ピンクは、これからの時代は「MBAからMFAへ」と主張しています。

論理思考を代表とする「左脳的思考」を持つMBA(Master of Business Administration/経営学修士)人材よりも、デザインスクールが提供するMFA(Master of Fine Art/美術学修士)人材の方がビジネス上の価値が高まっていることを実例とともに紹介し、ビジネスパーソンが今後、右脳的思考を身に付けることの重要性を説いています。

ちなみに、私自身もこの『ハイ・コンセプト』を読んだことがきっかけで、当時考えていたMBA留学から方針転換をし、デザインスクールへの留学を選びました。『ハイ・コンセプト』では、これからの時代に必要な右脳的資質の一つに「デザイン」が挙げられています。

デザインと言われるとビジネスと関係ないように思われますが、Airbnb共同創業者ブライアン・チェスキーとジョー・ゲビアの2人やダイソンの創業者など、いま世界を動かすビジネスエリートたちがデザインスクール出身であることからも、デザインの力がいかに強烈なのかは見てとれます。

■組替え、新しい組み合わせで強烈なアウトプットを生む技法

近年、日本でもビジネスにおけるデザインの重要性が言われるようになりましたが、誤解されている部分もあるのでここで少し付け加えておきます。この文脈でいうデザインとは例えば「ファッションデザイン」など、一般的に認識されている「見た目」や「スタイリング」を意味するものではありません。

常に斬新かつ人の心を惹く発想をするデザイナーたちは、何もまったくの0から新しいアイデアを創出しているわけではなく、むしろ既存のものを組替え、新しい組み合わせをつくることによって、強烈なアウトプットを生み出しています。

その組替えや再結合の技法のみを抽出し、ビジネスにも応用しようというのが、この文脈でいうデザインです。ですので、本書では芸術の話は一切出てきませんし、ここでいうデザインはあくまでビジネス上の限界を超えるための手段にすぎません。

先ほどのAirbnbの共同創業者の2人やダイソンの創業者なども、意識しているかは定かではありませんが、彼らの思考の原点にはこの「技法としてのデザイン」があり、それがビジネスのフィールドでも発揮されているのです。

ビジネスにこの「技法としてのデザイン」が重要だという流れは、世界的には先程も述べた2000年代から言われるようになり、同時期には、それまでは純粋なデザイナーを養成していたデザインスクールがビジネスパーソン向けのカリキュラムを展開する流れが生まれました。

■センスは不要、枠にはまらない優れた発想は凡人でもできる

著書『感性思考』では、いま世界のビジネスエリートが殺到する米国・デザインスクールで叩き込まれる1年間のプログラムを一冊にまとめました。

もちろん、このプログラムは純粋なデザイナーになるための授業ではなく、テーマはあくまでビジネス、デザインはその限界を突破するための手段です。

このプログラムの特徴は、いわゆる「センス」は不要であるという点です。一般的に「正解」の枠に収まらない優れた発想は、一部の天才のひらめきによるものと思われがちです。

たしかにそのような天才は、感覚だけで大勢の心を惹きつける大胆な発想をします。しかも多くの場合、彼ら自身はなぜその発想ができたのか言語化することができない。なので、我々凡人にはどうにもできないように思いがちです。

しかし、そのような創造的なアウトプットが生まれる背景には一定の法則があり、方法論化することができます。それが「組替えという意味でのデザイン」です。

このようないわゆる「センス」があるといわれるような人の思考を、そうではない人でも実践できる「方法論」として落とし込んだのが、『感性思考』で紹介するデザインスクールの講義です。

■最も重要なのは「感性を大切にする思考法」

センスなどなくとも、強烈なアウトプットが生み出せる。そのための基本マインドから15のフレームワークまで、論理思考では決して成し得ない他者に差をつける思考法を身に付けていただきます。

もっと言ってしまえば、センスだけで勝負している人は時代が変わってしまった途端、急に通用しなくなってしまうことがあります。

『感性思考』で紹介する思考法は、方法論であるがゆえに時代の変化にも対応できる、一生もののスキルです。では、その強烈なアプトプットを生む思考法は従来の論理思考とどのように違うのか。それが本書タイトルにもなっている感性を大切にする思考法です。

なぜ、デザインスクールで学ぶ「感性思考」を身に付ければ突き抜けたアウトプットが生み出せるのか、イメージできないかと思います。

■感性思考で生まれ変わった子供用歯ブラシ

一例として、実際に私がデザインコンサルティングファーム出身の講師から学んだ、アメリカにおける子供向け歯ブラシの事例を紹介します。

長らく、子供向けの歯ブラシは、小さくて細いのが一般的でした。これは、大人より子供の手は小さい。だから小さくて細いものがいいというロジックから生まれた発想です。

また、各メーカーはおそらく数字的なデータも集めていたのではないかと思います。しかし、「データ」はあくまで過去の出来事の集積です。過去のものを積み上げて出てくるアウトプットは当然、過去のものとは変わらず、「平凡」の烙印を押されてしまいます。

これに対し、あるデザインコンサルティングファームが別のアプローチを取りました。論理やデータを基に考えるのではなく、子供が歯磨きをしている様子を実際に観察したのです。

この観察により、論理やデータからでは決して気づくことはできない発見がありました。子供はそもそも大人に比べて手が器用ではありません。

ですので、子供向けに小さく作られた歯ブラシをうまく扱うことができず、歯を磨こうとするたびに自分の顔をパンチしてしまっていました。

それまでは何十年にもわたって、子供向け歯ブラシ=手のサイズに合わせて小さなサイズ、というロジカルな公式をもとに業界全体が製品展開をしていましたが、逆に、それは子供の歯磨きの実情には合っていなかったのです。

■論理やデータからは生まれないから強烈な差別化を図れる

そこで、そのデザインコンサルティングファームは「太い」歯ブラシを子供用として考案しました。すると、手が不器用な子供でもうまく扱うことができ、発売後わずか18カ月でマーケットシェアでナンバー1を取りました。

佐々木康裕『感性思考 デザインスクールで学ぶMBAより論理思考より大切なスキル』(SBクリエイティブ)

これが人の心の通っていない乾いた「ロジック」に対して、心の通った「感性」を大切にする思考法の一例です。

一つ付け加えておくと、この場合に特に重要だったのは、従来の小さな歯ブラシを子供がうまく扱えていないことを発見できた点です。このような自分だけの情報をつかみ、それを基にアウトプットをするからこそ、それが強烈な差別化になるのです。

このような「一般的にこう思われていたけど、実はこうだった」というインサイト(発見・気づき)はロジックからは出てこず、今回のような人間の感性にアプローチするからこそ出てくるのです。

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佐々木 康裕(ささき・やすひろ)
Takramディレクター&ビジネスデザイナー
早稲田大学政治経済学部卒業。イリノイ工科大学デザイン大学院(Institute of Design)修士課程(Master of Design Method)修了。グロービス経営大学院客員講師(デザイン経営)。総合商社でベンチャー企業との新規事業立ち上げ等を担当後、経済産業省でBig DataやIoT等に関するイノベーション政策の立案を担当。2014年、デザインコンサルティングファームTakramに参画。講演やワークショップ、Webメディアへの執筆なども多数。ダイヤモンド社と共同で、ビジネスリサーチとデザインリサーチを統合し“Creative Knowing”を研修プログラムとして実施。大手家電メーカーやシンクタンクの戦略アドバイザー、ベンチャーキャピタルMiraiseの投資家メンターも務める。著書に『D2C 「世界観」と「テクノロジー」で勝つブランド戦略』(NewsPicksパブリッシング)がある。
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(Takramディレクター&ビジネスデザイナー 佐々木 康裕)