Jリーグ27年からチョイス!
『私のベストチーム』
第8回:2012年のサンフレッチェ広島

 開幕前の下馬評は、おそろしく低かった。なかには降格候補に挙げる識者もいたほどだ。

 無理もない。


J1優勝を喜ぶ森崎兄弟、佐藤寿人、そして就任1年目の森保監督

 2006年途中より指揮を執り、サンフレッチェ広島に魅力的な攻撃スタイルを植えつけたミハイロ・ペトロヴィッチ監督が2011シーズンをもって退任。2012年、広島の新たな指揮官に就任したのは、監督経験のない森保一だったからだ。

 Jリーグ黎明期の広島を支えたクラブのレジェンドであり、ペトロヴィッチ監督の下でコーチを務めた経験もある。U−20日本代表やアルビレックス新潟でもコーチとして実績を積んだ。情熱的で生真面目な性格は指導者向きとも言えた。

 だが、いかんせん監督としての能力は未知数。43歳の青年監督に多くを期待するのは酷と言えた。

 加えて、当時の広島は財政的な問題を抱えており、戦力補強もままならなかった。前年のチーム得点王だった李忠成(→サウサンプトン)が欧州移籍したのをはじめ、多くの外国籍選手やベテランがチームを去った。


 一方で新加入は、千葉和彦(←アルビレックス新潟)と石原直樹(←大宮アルディージャ)のみ。戦力ダウンの印象は拭えず、優勝候補に挙げる者など皆無だった(当時、専門誌で広島担当記者を務めていた筆者でさえも……)。

 もっとも、そうした負の状況に陥りながらも、選手たちに悲壮感はなかった。

「キャンプの段階から、ある程度やれる手応えはあった」と佐藤寿人が振り返ったように、低い下馬評とは裏腹に、確かな自信を備えてシーズンに臨んでいたのだ。

 開幕戦の相手は、前年まで広島を指揮していたペトロヴィッチ監督率いる浦和レッズだった。

 因縁のチームをホームに迎えた一戦で、広島は完成度の違いを見せつけて1−0と勝利。「キャンプでやって来たことが間違いじゃなかったと証明できた」と森崎浩司が振り返ったように、この勝利が広島にとってのターニングポイントとなった。

 確かな自信を手にした広島は、スタートダッシュに成功。前半戦を2位で折り返すと、第18節で首位に立ち、その後、ベガルタ仙台とのデッドヒートを制して悲願のJ1初優勝を成し遂げている。


 何より強みとなったのは、森保監督が植えつけた守備力だった。

 ペトロヴィッチ監督時代はリスクを負った攻撃を売りとしたが、その分、失点も多かった。しかし、森保監督は前任者の攻撃スタイルを継承しながらも、守備の強化を実現。「簡単に点を獲られない安心感があるからこそ、攻撃も思い切ってリスクのあるプレーができた」と佐藤が言うように、守備の安定が攻撃面にもいい影響をもたらしていた。

 この年、広島はリーグ2位の63得点を記録し、失点もリーグ2位の34失点。ロマン派の前任者のスタイルに現実的なエッセンスが加わった「ハイブリット型のチーム」に進化を遂げたのだ。

 もちろん、スタイルだけでなく、それを実現しうるタレント力も備わっていた。戦力ダウンしたとはいえ、GKには西川周作、DFには水本裕貴、中盤には森崎兄弟(和幸・浩司)、青山敏弘、高萩洋次郎と、20代中盤から30代前半にかけた脂の乗り切った選手たちが主軸をなした。


 そして、なにより頼もしかったのは佐藤の存在だ。キャプテンとしてチームを牽引し、エースとしてゴールを量産。22ゴールを奪って得点王に輝くとともに、文句なしのMVPを獲得している。

 また、新加入の千葉の存在も大きかった。3バックの中央に君臨して相手の攻撃を封じるとともに、卓越したビルドアップ能力を駆使し、攻撃の起点も担った。後方からつないでいく広島スタイルは、この男の加入によって、その質はさらに高まった。

 その個性的な面々を、巧みにまとめ上げた指揮官のマネジメント能力もやはり見逃せない。主力を固定した前任者とは対照的に、森保監督は常にチーム全体に目を配り、サブ組にもチャンスを与えた。士気を下げず、モチベーションを高め続けたアプローチこそが、必然としてチーム力の向上につながったのだろう。

 優勝を決めた第33節のセレッソ大阪戦では、レギュラーの千葉とミキッチが出場停止となったが、代わって出場した塩谷司と石川大徳が出色のプレーを披露。この年の夏に水戸ホーリーホックから加入した塩谷はこれが3試合目の出場で、石川はこの試合でプロ初ゴールを決めている。経験の少ない選手が大一番で活躍できたのも、森保監督の確かなマネジメント能力を証明する出来事だった。


 その指揮官から最も信頼されていた森崎兄弟は、森保監督のことを「いじれるくらい距離の近い監督」と評す。「ミーティングとかで噛んだりすると、みんなクスクス笑い出す」(森崎和)ほどだったと言う。年齢が近かったことも距離を近くした理由だろうが、選手にいじられる監督など、世界中を見渡してもそうはいないはずだ。

 ただし、その距離間の近さがチームに一体感をもたらしたことは間違いない。

「監督は普段はいじられるけど、練習ではピリッとした空気を作ってくれる。そういう雰囲気で最後までやれたから、優勝できたんだと思います」

 この年、体調不良からの復活を遂げた弟の浩司は、森保監督の存在こそが優勝の最大の要因だと強調した。

 シーズン終盤はプレッシャーからか勝ち点を積み上げられず、足踏みを強いられた時期もあった。対策を講じられると勝ち切れない試合も少なくはなかった。その意味では「最強」のチームとは言えないかもしれない。


 それでも、この年の広島が筆者にとって「ベスト」と言えるのは、強かっただけでなく、底抜けに明るいチームだったからだ。とにかく、取材に行くのが楽しみで仕方なかった。

 千葉と森脇良太の”お笑いコンビ”を筆頭とするおちゃらけ軍団は、ピッチに立てば別人のように頼もしく映った。千葉の活躍は前述したとおり。森脇に至ってはこの年、三度のアディショナルゴールを記録する勝負強さを見せつけている。オフではおふざけが過ぎても、オンではとことん勝負師となる。それは選手も監督も同じだった。

 いじられ監督とやんちゃな選手たち--。2012年のサンフレッチェ広島は、明るさと強さが同居した愛すべきチームだった。