広島ユース出身の柏木(左)と槙野(右)。のちに日本代表へと成長した。(C)SOCCER DIGEST

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「身の丈に合った経営をしなければならない。そうすると、とてもつらい決断でしたが、主力選手を含め年棒が高かった選手を多く放出せざるを得ませんでした。そうして短期的に人件費は落とせたけれども、一方で長期的に考えなければならないとも思いました。ただ主力を放出するだけではなくて、そのなかでサンフレッチェはどういうチームを目指していくのか。当時は組織の柱となる理念がなかったんです。だから、みんなで議論して考えた。そうして、できたクラブ理念が『サッカー事業を通じて、夢と感動を共有して地域に貢献する。そして日本一の育成・普及型クラブを目指す』ことでした」

 久保社長は下部組織の強化に着手。就任早々、かねてよりクラブと交流のあった高田郡吉田町(現安芸高田市)により吉田サッカー公園が整備されると、トップとユースの選手が同じ施設で練習できるようになり、その後、広島市内に新しい選手寮も建設。ユースの監督はS級ライセンスを持っている指導者を就かせるなど、アカデミーへの投資は惜しまなかった。
「ユースとJrユースを強くすると決めた時、『7年後に代表選手を出す』ということを目標に掲げたんです。そのために、ユースは全国一を目指し、サンフレッチェユースで『やりたい!」と思える土壌を作ろうと。S級を持っている人がコーチをやっているので、そういう意味では非常にレベルの高い組織になっている。新しい寮を作ったのも、昔のボロボロの寮に父兄を呼んだら、『こんなところに息子は嫌だ』と言われましてね(笑)。『これはいけん!』ということで、新しい寮を建てたんです。その寮でも大事にしていたのは、『サッカー選手である前に、まず社会人たれ』ということ。とにかく勉強をさせるために色んな講師を呼んで、社会人としての基本は身につけさせました」

 安心して両親に送りだしてもらった選手たちは、恵まれた環境の下で伸び伸びと成長した。結果として、05年に駒野友一がA代表に招集され、その後も槙野智章や柏木陽介など、広島ユースから多くの選手が日本代表になった。昨季、A代表に選出された荒木も、「(トップチームは)グラウンドの横で練習しているので良いお手本でした」と環境の重要性を説く。
 久保は「だんだん実って、育成型クラブのベースが今ではできたんじゃないかなと思います」と胸を張り、そして、こんな想いも明かしてくれた。

「僕は料理人もつけてちゃんとした食事を用意して、息抜きに『ビリヤードをしたい』と言われれば、ビリヤード台も買った。選手とはコミュニケーションもよく取って、オーナーと選手という関係以前に、触れ合う機会を多く持ってきた。本当に”家族的”で、色んな形でサポートするようにしているから、ウチのチームの選手は『居心地が良い』と言うんですよ。だから、離れても帰ってくる。例えば、川辺とか荒木もそうだよね。これからも広島で育った選手たちがもっと増えてくれると嬉しい」

 Jリーグによると今季、広島のホームグロウン選手人数はJ1で2位の15人で、チームの半数を超える数だ。ホームグロウン選手とは、12歳から21歳の間、3シーズン自クラブで登録していた選手を指す。つまり、その人数が多い事実は、育成の賜物とも言える。昨季にはユース出身のGK大迫敬介やDF荒木隼人がA代表に選出された。久保の掲げた理念は、年々、実りある成果を出しているのである。

(文中敬称略)

取材・文●志水麗鑑(サッカーダイジェスト編集部)